「セクシャリティな部分」は秘密じゃなかった?

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 野太い笑い声の響く夜の新宿2丁目で、かつて街中に名を轟かせた美少年がいた。「ひろしげ」と名乗り、親はいなかった。弟の学費を稼ぐために、高校に行かず、バーで働いていた。柔和な笑顔の裏にどこか陰を感じさせ、夜毎の勤めに疲れると店のソファで寝息を立てていたという。20年後、家族思いのその男は、芸能界で地位を築き、突如、逃げるように身を引いた。

 12月9日、俳優の成宮寛貴さん(34才)が引退を発表した。発端は『フライデー』が報じた、成宮さんのコカイン吸引疑惑。自室でコカインのみならず大麻やケタミンまで使用していたという友人男性A氏の証言に加え、コカイン吸引現場とされる写真も公開された。

 直筆文書で引退を表明した成宮さん。違法薬物疑惑には具体的に触れず、セクシャリティな問題に言及するというものだった。だが、彼のコメントには矛盾と謎がある。

◆2丁目時代は隠していない

 母子家庭で育った成宮さんは、中学時代に母親を亡くし、弟と共に祖母の元へと引き取られた。

「母の生命保険が1億円近くありましたが、大半を失い、兄弟に残されたお金は僅かだったそうです。中学卒業後、芸能界を目指して今の事務所に入りますが、当然、すぐに仕事は入らない。低家賃のアパートで暮らし、冷蔵庫は中古、段ボールの上にテレビを置くような貧しい生活が続きました」(成宮さんを知る芸能関係者)

 頼るべき家族はいない。15才にして世の辛酸をなめた成宮が行き着いたのが、新宿2丁目だった。最近は観光名所としても知られ、女性客も多い2丁目だが、20年前は世界有数の“ゲイタウン”の側面が色濃く残っていた。冒頭、「ひろしげ」と名乗った美少年こそ、成宮さんである。

「彼、とある有名ゲイバーで働いていたのよ。甘え上手で、目が合うとニコッと笑うの。そりゃモテたわよ。男女問わず複数のパトロンがついていて、女優たちもご執心だったというのは有名な話。彼の稼ぎで、弟さんは後に超名門の私立大学に進学できたのよ」(2丁目のあるゲイバー店主)

 10代後半になると、タレント業に専念した。2002年にドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)でブレークし、映画『あずみ』、『オレンジデイズ』(TBS系)と話題作に立て続けに出演。だが人気に比例するように、私生活は乱れていった。

「夜な夜な六本木や西麻布のクラブ、新宿2丁目に繰り出し、浴びるように酒を飲んでいました。弟の学費に目処がついて以降、給料は全てお酒と好きなファッションに消えていく感じ。刹那的な生き方をしていました」(前出・芸能関係者)

 成宮さんと飲んだ人間が一様に驚くのは、彼が2丁目時代を隠そうとしないことである。

「一緒に2丁目のゲイバーに行った時も、“おれの古巣がさぁ”とか普通に話していました」(成宮さんの知人)

 成宮さんは過去のインタビューでも、自ら2丁目について触れていた。2002年『週刊女性』で成宮さんの“元恋人”を名乗る男性が登場。2丁目時代の交際模様を肉体関係まで踏み込んで告白すると、翌月、『フライデー』の取材に成宮さんが応じ、否定せずにこう話している。

《もちろん、言い寄ってくる男の人はたくさんいましたよ。可愛がってくれるし、自分のことを必要としてくれるというか、一人じゃないっていう気になれるんです》
《2丁目時代は、いまの僕にとって必要不可欠(中略)僕にとって2丁目は大事な経験だから、特に隠したいとは思わないです》

 今回の薬物疑惑報道に関して、ネット上ではメディアが成宮さんの性的指向を「アウティング」(本人の了承のない暴露)したことを問題視する声が溢れているが、成宮さんの性的指向については既報で、本人も言及しているのだ。

 だからこそ、引退コメントにある《人には絶対知られたくないセクシャリティな部分もクローズアップされてしまい》のくだりについてさまざまな憶測が飛ぶ。

※女性セブン2017年1月1日号