炒飯と焼き飯の境界線
■深まる炒飯と焼き飯の謎。いったい何が境界線なのか!?
東日本では「炒飯(チャーハン)」、西日本では「焼き飯(ヤキメシ)」。この呼称の違いは東西において、幾度となく論争を呼んできた。
そこで今回、われわれはその境界線を探るべく、全国47都道府県(の東京事務所)に対し調査を行なった。
まず調査から浮き彫りになったのは、世代による呼称の違いである。「年配層は焼き飯と呼ぶ」という回答が秋田、山梨、愛知、三重、島根、広島、山口、高知、宮崎から寄せられた。全国津々浦々に「焼き飯シニア」は存在するようだ。
一方、「焼き飯」が優勢な西日本エリアでも「定食屋や食堂が焼き飯、中華料理店は炒飯」(奈良、広島)、「中華料理店は炒飯、家では焼き飯」(宮崎)と専門店の味を炒飯と称する「炒飯中華店思想」エリアもある。
さらに細かく見ると、「卵原理主義者」とも呼べそうな先鋭的な者も存在する。もっとも「卵が入っているのが炒飯」(熊本)と言う者もいれば、「卵を先に炒めるのが炒飯」(山口)と、投入順に言及する者まで、主義主張は微妙に異なるようだ。
この油をまとったコメの山は、かくもれんげを持つ者を熱くさせる。煮詰まって――いや、炒まってしまう前に、山の頂に向かおうではないか!
さて「炒飯」と「焼き飯」の境界線である。まず、両者の間に線が引かれたのは、太平洋側。「炒飯が多い」三重と「焼き飯が多い」和歌山の間、紀伊山地が文字通りの分水嶺となっている。
ちなみに三重県人は比較的自己主張の穏やかな県民性と言われる。和歌山や滋賀といった「焼き飯領」と県境を接しているにもかかわらず、明確な態度を示したのは三重が「炒飯領」であることの証左であろう。
紀伊山地の西に焼き飯領、東に炒飯領を望みながら境界線は、北の鈴鹿山脈に伸びる。この山脈こそが炒飯と焼き飯においての「天下の険」である。その稜線は、日本一の湖である琵琶湖と「天下分け目」の関ケ原の狭間を抜け、滋賀と岐阜の県境を南東に走る伊吹山地へと続く。
さらに北方には、福井、石川、富山へと続く両白山地が連なる。福井、石川での呼称は「どちらも同じくらい」。富山も態度を明確にはしなかった。つまり、北陸三県は「炒飯」と「焼き飯」における日本海側の要衝とも言える。
山は文化においても分水嶺である。日本の中央を走る山々を分水嶺として、今日も東で「炒飯!」、西で「焼き飯!」との雄たけびが天下にこだまする。本日も高々とれんげを掲げ、あの山に突撃だ!
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東日本は圧倒的に「炒飯」。西日本は「焼き飯」優勢。
九州は両方(どちらも同じくらいに呼ぶエリアが多い)。
境界線は、北陸三県から鈴鹿山脈を通り、紀伊山地へと流れる、いわば「炒飯・焼き飯ベルト山脈」。東が「炒飯領」、西が「焼き飯領」である。
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■「炒飯」「焼き飯」はみだし小ネタ
▼明治期に開港した港町には「かける系炒飯」が存在!
函館、新潟など、明治期に開港しながらも大規模な中華街のない港近辺では、“かけチャーハン”や“カレーチャーハン”など「かける系炒飯」が確認できる。「かけ焼き飯」とは呼ばれない。
▼漬物を使うと「炒飯」になる?
京都のしば漬け、秋田のいぶりがっこなど、漬物が盛んにつくられる地域では、地の漬物を生かした炒飯が多数ある。「焼き飯」の呼称が多い京都でも、漬物使用のものは「チャーハン」と呼ばれる。
▼中華街がある街は「炒飯」が優勢だった!
日本における中華料理の源流、横浜・神戸・長崎の中華街近辺では、やはり「炒飯」優勢。「焼き飯」の呼称が定着している兵庫県ですら、中華街のある神戸・南京町近辺では「炒飯」との声も多く聞かれるという。
▼テッパン系の店では「焼き飯」だ!
大阪では、鉄板のあるお好み焼き店や焼き肉店などの「焼き」専門店で、「焼き飯」が供される。平皿に盛られ、お玉や茶碗でドーム形に成形されることはない。焼き肉店の定番はキムチ焼き飯、お好み焼き店ではソース味の焼き飯も。
▼餃子の街は「炒飯」が優勢!
宇都宮や浜松など「復員兵の手により、餃子が広まった」とされる都市周辺では「炒飯」の呼称が優勢。もっとも餃子専門店が多く、「炒飯+餃子」が食べられる店は限られている。
▼「焼きおにぎり」と区別するため「炒飯」と呼ぶ?
島根県の隠岐地方では、味噌を塗った焼きおにぎりを「焼き飯」と言う。区別するためか、隠岐では「炒飯」の呼称が一般的。
(文・松浦達也 協力:47の都道府県東京事務所の皆さん)

