スパゲティをゆでるときは塩なしでOKです
ナポリタン、ペペロンチーノ、カルボナーラ……と種類豊富なスパゲティ。レシピにはたいてい「スパゲティは塩を加えたお湯でゆでる」とある。うどんなど、ほかの麺には入れない塩をなぜ入れるのか。
――スパゲティをゆでるときは、塩をたっぷりと鍋に投入しますよね。それはなぜですか?
先生 塩を入れるのはコシを強くするためといわれています。一般的なゆで方は、麺の重量の10倍程度の水を沸騰させ、そのお湯の約0.5〜1%の塩を加えてゆでるというものです。
しかし、塩を入れてゆでたスパゲティと塩を入れずにゆでたスパゲティとでどのような違いがあるかを調理学の専門家で官能テストをしたことがありますが、塩を加えても加えなくても麺の食感には変化は認められませんでした。つまり、この程度の塩の量では、口触りに変化は見られない、ということです。私自身、大学の授業でも自宅でも塩は1グラムも入れていませんよ。
――塩を入れなくても本当に麺のコシは変わらない?
先生 機械でゆでた麺の弾力性を数値的にチェックしましたが、結果は同じでした。
――本来、「塩なし」でいいのに、麺をゆでるときに塩を加えるのが常識化しているのはなぜなのでしょうか?
先生 麺を作るときに、スパゲティの麺はうどんのように塩を使っていないから、ゆでるときは塩を加えようという発想で、定着したのかもしれません。
――スパゲティとうどんの麺の違いは?
先生 スパゲティとうどんは小麦粉の種類や製造方法が違います。日本のうどんやそうめんに使われている中力粉は、麺を延ばしやすい展延性に優れています。小麦粉に含まれるグルテンというタンパク質に塩を混ぜてこねると弾力性がぐんと増します。だから、うどんやそうめんは手でこねてコシを出すんです。そしてゆでるときは、すでに塩入りなので追加では入れません。
――スパゲティもこねる?
先生 実は、これが違うんです。スパゲティは粘弾性の特に強い強力粉という小麦粉で作ります。中力粉のグルテンタンパク質が約8%なのに対し、強力粉にはそれが12〜13%と多く含まれています。だから強力粉を使って、手で薄く延ばし細長い麺状にするには弾力性が強すぎて作業が大変難しいのです。塩を入れてこねる必要もないのです。特にスパゲティは、デュラム小麦という品種のセモリナ(粗びき)粉を原料にし、水を加えてまとめた生地を機械にかけて押し出す方式で麺状に成形し、乾燥させているんです。
――ゆでるときにたくさんの塩を加えるレストランもあるようですが、なぜなのですか?
先生 家庭とは違う味を演出するため、塩味を強くしてインパクトを出しているのかもしれません。また、スパゲティの麺の中にわずかに存在するグルコース、アミノ酸、無機質などの味を塩が引き立てるという説もあります。しかし家庭では健康上、減塩のためにも塩を加えすぎないほうがよいでしょう。
――では、麺のコシを強くするにはどうすれば?
先生 スパゲティのほどよい硬さは、タンパク質(グルテン)が加熱によって変性して固まることでつくられます。さらに麺の中のでんぷんが水を吸って糊化し、モチモチした食感ができる。これらの硬さとモチモチ感が合わさり、コシがつくられます。それにはゆで方が要点になります。
――ゆで方の注意点を教えてください。
先生 コツは、ご存じのように表示された時間より少し早めに上げて「アルデンテ」にすることです。アルデンテとは中心にわずかに芯が残り、歯ごたえのある状態。かんだときに中心にいくほど硬さが増し、これがスパゲティ独特のコシになります。
――「わずかな芯」とは?
先生 麺を1本とって折ったときに、まだ水分が届いていない「黄色い」芯の部分が絹糸大だとちょうどいい。木綿糸程度の太さではゆで時間が少し足りません。最適のゆで時間をわずか数10秒過ぎただけでも、中心まで完全に水分が染み込んでしまい、アルデンテではなくなってしまいます。
――塩よりゆで時間を気にすべきなんですね。
先生 その通りです。あとは、ゆでるお湯の温度と量が大事です。お湯の温度が低いと麺の表面のでんぷんが溶け出し、ゆで湯にドロリと粘りが出てしまうのです。お湯の量が少ないとスパゲティを入れた瞬間、鍋の中の湯の温度が急激に下がり、同じことが起こります。結果、湯がうまく対流しなくなり、湯の温度が均一にならないので、ゆで具合にむらが出てしまいます。
一方、ぐらぐらと沸騰したたっぷりのお湯なら、表面のでんぷんはすぐに糊化し、プリプリとした食感になるのです。
結論:麺のコシには、お湯の温度・量とゆで時間が関係しています
ゆで湯に塩を入れ、麺に塩味をつけておくことで、塩分があるソースとのなじみがよくなるという役割も塩にはあるらしい。ゆで湯に塩を入れるか入れないかは、味の好みで判断してよさそうだ。
先生:長尾慶子/東京家政大学大学院家政学研究科教授
東京家政大学大学院家政学研究科教授。専門は調理科学。最近はアレルギーを抑える調理法や、トマトやナスなどの食べ物で活性酸素から体を守る抗酸化レシピの開発の研究などをしている。
(大塚常好=文 市来朋久=撮影 塩出尚子=撮影協力
先生:東京家政大学大学院家政学研究科教授 長尾慶子)