【バドミントン】悲願の初優勝。結成3年目の「イケシオ」は五輪に出られるか!?
全日本総合選手権最終日の12月11日、混合ダブルス決勝で垰畑(たおはた)亮太/浅原さゆり組をストレートで破って初優勝を果たした潮田玲子は、ペアを組む池田信太郎に同意を得るような表情をしながら、笑顔で話した。
「表彰台の一番上に立った時、信太郎さんと『久しぶりだね』って話したんです。全日本総合の表彰台には(小椋久美子とペアを組んだ)女子ダブルスで5年間立ち続けたけど、それとはまた違った感じで気持ちよかったですね」
池田もまた、坂本修一と組んだ男子ダブルスで全日本総合を2回制覇しており、07年世界選手権では銅メダルを獲得した実績もある。
潮田と池田は09年4月にペアを組み、9月の全日本社会人では初優勝を果たしていたが、全日本総合は2年続けて敗退し、頂点には立てずにいた。
日本では過去に存在しなかった混合ダブルスの専門ペアとなった池田と潮田。男子ダブルス、女子ダブルスとは微妙に違うスタイルにも苦労したが、最も大きな問題は練習相手がいないことだった。
全日本合宿では男子ダブルスの選手に相手をしてもらうこともあるが、感覚は微妙に違うし、相手もなかなか全力ではプレイしてくれない。結局は海外のナショナルチーム合宿に参加させてもらい、遠征試合を多くして実戦で慣れていくしかなかった。
そのうえ、結成時から注目されたふたりは、国内の試合では「勝って当たり前」とも見られる。そんなプレッシャーが、全日本総合のタイトルを逃し続けた要因でもあった。
今回は世界ランキングも五輪出場圏内といえる13位まで上げての初優勝への挑戦。さらに「日本一になってからロンドン五輪に臨みたいから、ここで勝たなくては」という思いもあった。そして「プレッシャーはいつも感じているが、今大会はそのプレッシャー以上に自分たちができるという自信もあった」と池田が言うような強い気持ちで臨めたのだ。
決勝では、「昨日の苦戦で吹っ切れた」と潮田がいうように、しっかりとゲームを支配してストレートで勝利。それでも、もたついた部分はあった。海外の混合ダブルスのスタイルとは違う日本人ペアの戦法に戸惑うシーンもあり、準決勝では第1ゲームを先取される苦しい展開だった。
準決勝の後に「あの相手なら圧勝していなければダメ。まだいい試合がたまにしかできない」と酷評していた全日本の朴柱奉(パク・ジュボン)ヘッドコーチだったが、決勝の後には「潮田はレシーブが良かったし、池田もスマッシュを打つコースがイメージできていた」と評価した。
「表彰台の一番上に立った時、信太郎さんと『久しぶりだね』って話したんです。全日本総合の表彰台には(小椋久美子とペアを組んだ)女子ダブルスで5年間立ち続けたけど、それとはまた違った感じで気持ちよかったですね」
潮田と池田は09年4月にペアを組み、9月の全日本社会人では初優勝を果たしていたが、全日本総合は2年続けて敗退し、頂点には立てずにいた。
日本では過去に存在しなかった混合ダブルスの専門ペアとなった池田と潮田。男子ダブルス、女子ダブルスとは微妙に違うスタイルにも苦労したが、最も大きな問題は練習相手がいないことだった。
全日本合宿では男子ダブルスの選手に相手をしてもらうこともあるが、感覚は微妙に違うし、相手もなかなか全力ではプレイしてくれない。結局は海外のナショナルチーム合宿に参加させてもらい、遠征試合を多くして実戦で慣れていくしかなかった。
そのうえ、結成時から注目されたふたりは、国内の試合では「勝って当たり前」とも見られる。そんなプレッシャーが、全日本総合のタイトルを逃し続けた要因でもあった。
今回は世界ランキングも五輪出場圏内といえる13位まで上げての初優勝への挑戦。さらに「日本一になってからロンドン五輪に臨みたいから、ここで勝たなくては」という思いもあった。そして「プレッシャーはいつも感じているが、今大会はそのプレッシャー以上に自分たちができるという自信もあった」と池田が言うような強い気持ちで臨めたのだ。
決勝では、「昨日の苦戦で吹っ切れた」と潮田がいうように、しっかりとゲームを支配してストレートで勝利。それでも、もたついた部分はあった。海外の混合ダブルスのスタイルとは違う日本人ペアの戦法に戸惑うシーンもあり、準決勝では第1ゲームを先取される苦しい展開だった。
準決勝の後に「あの相手なら圧勝していなければダメ。まだいい試合がたまにしかできない」と酷評していた全日本の朴柱奉(パク・ジュボン)ヘッドコーチだったが、決勝の後には「潮田はレシーブが良かったし、池田もスマッシュを打つコースがイメージできていた」と評価した。
