「このままではすしが消える」。

 ミシュランガイドで星を獲得するような飲食店のスターシェフたちが5月18日、水産庁長官と農林水産大臣に水産物の資源を守るよう求める提言書を出した。沿岸でとれた魚をおいしく食べる日本の食文化が危機に直面しているという。何が起きているのかを聞いた。

技の継承にも暗雲

 「海外から日本の魚を食べるのを楽しみに来るインバウンドのお客さんは多い。魚さえあれば、心に刺さる料理を出せるのに、魚自体が本当に少ない」。鈴木憲和農林水産大臣を前に「日本橋蛎殻町すぎた」の主人、杉田孝明さんが身を乗り出すようにして訴えた。

 江戸前寿司の名店「すぎた」でも「魚の量が少ない上に、昔みたいに質のいい魚は望めない」。そのため、沿岸の天然魚を調理する「技の継承」が難しくなっているという。

 農林水産省を訪れたのは、一般社団法人「Chefs for the Blue」の5人のシェフたちと代表の佐々木ひろこさんだ。魚食の未来に危機感を持つシェフたちが2017年に作った団体で、今は日本を代表する飲食店のオーナーシェフら42人が参加している。

 それというのも、魚介料理は日本の外食産業を支える大きな柱だからだ。佐々木さんによると、東京・大阪・京都でミシュランの星を獲得した飲食店339軒のうち、すし・日本料理・天ぷらの和食系の店は約65%に上るという。

 和食に限らず、フレンチや中華、イタリアンでも、魚介料理を看板にする店は多い。三つ星を獲得した東京のフレンチ「カンテサンス」のオーナーシェフ岸田周三さんも「開店20周年になるが、価格の高騰だけでなく、年々いい魚を手に入れられなくなっている」と危機感を隠さない。

自主管理で大丈夫?

 佐々木さんらは昨年5月、全国の飲食店に魚介類の調達状況についてアンケートを行った(有効回答数1301)。10年前に比べて魚介類が「とても減った・減った」と答えた店は95・2%に上り、今後についても72・7%が「危機感がとても大きい」と答えている。

 そんなシェフたちが特に国に訴えたのは、天然魚、とりわけ沿岸漁業を守る取り組みだ。例えば、江戸前のすしだねで、一般的に使われるマダイやクロマグロ、ヒラメやアカガイなど62種類の魚介類のうち、獲り過ぎを防ぐ漁獲可能量を国が設定しているのは9種類のみ。大半の魚種が漁業者の自主管理にゆだねられており、漁獲量が減った魚種も多いのに、「資源回復のために、科学的に根拠がある効果的な取り組みが少ないのではないでしょうか」と佐々木さんは疑問を投げかける。

マイワシやサバ、大半が魚油や肥料に

 また、マイワシやサバ類の漁獲の大半が、実は食べられていないという驚きの数字もある。例えば、主要32漁港のマイワシの出荷量のうち、食用に向けられるのはわずか18・8%。サバでは40%だ。脂がのる未成魚の時期に採ってしまい、多くは養殖・漁業用の餌や魚油・肥料などに充てられ、アジアやアフリカに輸出されてもいる。スーパーなどでノルウェー産のサバが目立つのはそのためだ。

 日本料理「てのしま」の林亮平さんは「日本には世界一とも言える魚食文化があるのに、地元の魚がスーパーに並ばない現状がある。天然魚の価値をもっとわかってもらう必要があると思う」。

 シェフたちの訴えに国はどう答えるのか。国は、陸上養殖やフードテック、ホタテの輸出など、新たな施策に力を入れるが、資源管理に対する反応は今ひとつ鈍いように思えた。「うちの職員は天然魚をあまり食べてないんだ」と鈴木大臣がもらしたほどだ。水産庁では「沿岸の漁業管理は地元の自治体に任せているので」と消極的に思える発言もあったという。

 「世界から注目される日本の魚食文化は、外貨を稼ぐ大きな力となる。水産は流通や加工、雇用も加えたら、かなり大きな付加価値を生むバリューチェーン。その価値を最大化するためにも持続可能な漁業の形を考えてほしい」と佐々木さんは訴える。

 天然魚の入手が難しくなった要因には、資源管理だけでなく、温暖化などの海洋状況の変化、市場を通さない流通増など様々な要因がある。要因分析と対策を求めて、シェフたちは昨年も提言を出したが、国の動きは鈍く、資源の減少に歯止めはかかっているようには思えない。

 国内の一流店であっても天然魚の江戸前ずしが食べられない。そんな悲しい未来が来てしまう前に、何か手を打つ必要がある。(デジタル編集部・大森亜紀)