この記事は以下の動画を基に、動画投稿者の承諾を得た上で、AIライターが執筆しております

「やばい、これ今日中に終わらない」
「このラーメン、やばい」
「あの映画、まじでやばかった」

--一日に何度、私たちはこの言葉を口にしているだろうか。

危険を伝え、絶望を吐き出し、感動を叫ぶ。たった三文字で、正反対の感情までも飲み込んでしまう万能語。しかし、この「やばい」という言葉に、約300年におよぶ裏社会の歴史が刻まれていることをご存知だろうか。
YouTubeチャンネル「たろーです【歴史解説】」が公開した動画『「やばい」には意外と長い歴史があったという話』は、この何気ない一言の意外なルーツを紐解いている。

始まりは江戸のいかがわしい裏路地だった。

動画によれば、「やばい」の起源には有力な説が二つあるという。
一つは、江戸時代に存在した射的場「矢場(やば)」を語源とする説だ。表向きは弓矢で的を射る健全な娯楽施設。しかしその裏では、違法な売春が密かに営まれていた。当然、役人の取り締まり対象である。「あそこは矢場だから近づくな」--危ない場所、関わってはいけない場所を指す隠語として、街の人々の間で囁かれるようになった。

もう一つは、牢屋や看守を意味する「厄場(やくば)」に由来するという説。看守が近づいてくると、囚人たちは小声で「やば、やば」と仲間に合図を送った。命綱のような警告音が、いつしか言葉として独立していった、という見立てだ。
いずれにせよ、「やばい」は最初から日陰の言葉だった。光の当たらない場所で、危険を察知するために生まれた言葉なのである。

犯罪者の隠語が、若者の口癖になるまで

明治を迎えても、「やばい」は依然として犯罪者社会の言葉であり続けた。一般の人々の口に上ることはほとんどなかった。
転機は1970年代。若者文化の中に、この言葉がじわりと染み出してくる。1980年代には「かっこ悪い」というニュアンスが加わり、そして1990年代--ついに意味が反転する。「すごい」「最高」「感動した」。称賛の言葉として、若者たちはこれを使い始めたのだ。
危険を意味していた言葉が、なぜ最上級の褒め言葉になったのか。

「やばい」の核心にあるもの

動画では言語学者の分析を引用し、ひとつの答えを提示している。「やばい」の本質は、**「自分の想像や対応できる力を超えている」**という感覚にあるのだ、と。
考えてみれば、たしかにそうだ。命に関わる危険も、息を呑むほどの絶景も、人生で初めて味わう美味も--どれもこれも、自分の処理能力を超えてくる出来事である。脳が追いつかない。言葉が見つからない。そんなとき、私たちはとっさにこう叫ぶ。
「やばい」と。危険と感動は、表裏一体だったのだ。

反射的に呟くその一言に

江戸の裏路地で生まれた隠語が、令和の私たちの日常を支配している。約300年の旅路を経て、「やばい」は究極の感情表現として完成した。
明日、あなたが何気なく「やばい」と呟くとき--その言葉の向こうに、矢場の暖簾をくぐる客たちと、牢の暗がりで息を潜める囚人たちの気配を、少しだけ感じてみてほしい。

きっと、いつもの会話が違って聞こえるはずだ。