中村敬斗〈後編〉「ブラジル戦の同点弾を娘とスタンドで見ながら胸が熱くなった」(三菱養和サッカースクール・生方修司)【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】
【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】
【前編を読む】中村敬斗〈前編〉中1でやってきた中村は「ミスター貪欲」だった(三菱養和サッカースクール・生方修司)
FW中村敬斗(フランス2部スタッド・ランス/26歳)
中村がW杯メンバーに選ばれると三菱養和SCとしては、前回カタール大会に参戦した相馬勇紀(町田)に続くW杯戦士となるが、彼らを指導した生方チーフコーチは「(町田の)相馬、望月ヘンリー海輝と3人で本大会に行ってほしい」と熱望。固唾をのんで5月15日の代表発表を見守る──。(前編から続く)
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──2017年U-17W杯の直後の12月、中村は高2でガンバ大阪入りすることが正式決定した。
「ガンバのスカウトだった青木良太(現強化担当)が養和出身で、敬斗が中学生の頃から熱心に見てくれていました。高校生になった時には『ウチが取りに行きます。どうしてもほしいんで』と言ってくれて、熱心に追いかけてくれました。当時東京ヴェルディの監督だった永井秀樹(神戸GM)も僕の大学時代の後輩なんで、興味を持ってくれましたけど、本人は関東で対戦してきたチームに行くことには抵抗があったのかもしれない。全く知らない関西のガンバの方がいいと思ったのかもしれません。加えて言うとガンバはレヴィ・クルピ監督が2018年から指揮を執ることが決まっていた。セレッソ大阪で香川真司(C大阪)や柿谷曜一朗(解説者)を早くから使ったブラジル指揮官が敬斗をもの凄く気に入って『すぐに来てほしい』と言ってくれた。それも大きかったと思います」
──そのクルピ監督は半年も経たないうちに解任され、宮本恒靖監督(JFA会長)と交代。その体制で中村選手はU-23に落とされました。
「まさに天国から地獄ですね。そこからオランダのトゥウェンテに行くまでの1年間は、本当に苦労したと思います。でも宮本監督には守備強度が足りないことに気づかせてもらえた。今となれば本人も凄く感謝していると思います。U-23の担当だった森下仁志監督(東京Vコーチ)にも親身になって指導してもらえ、2019年にはYBCルヴァンカップのニューヒーロー賞をもらえた。副賞のお菓子を全部、養和に持ってきてくれたのは、今も僕らにとっていい思い出です」
──2019年のU-20W杯直後の渡蘭後も短期間でベルギー、オーストリアを転々とするなど、苦しい時間が長かったですね。
「『ガンバに戻ってこい』という話もあったようですけど、敬斗は弱いところは絶対に見せない人間。『今の環境でやるだけなんで』と常に前向きでした。コロナ禍の頃は本当に辛かったでしょうけど、僕も点を取った時には『おめでとう』『ボールに足が乗ったシュートだったね』とメッセージを送って励ましたりはしていました。養和時代から書いていたサッカーノートにも『何歳でこのリーグに行く』と明確な目標を設定していたので、その通りに行かず悩んだこともあったと思いますが、本人は上だけを目指して努力を続けていましたね」
「この試合に全てを賭けます」
──それが実り、第2次森保ジャパン初陣だった2023年3月のウルグアイ戦でようやく日本代表デビューを果たしました。
「『おめでとう、ついに来たね』と伝えましたが、そこから敬斗は1年間で4ゴールと立て続けに点を取って地位をつかんだ。シュート力と決定力が彼の強みなんです。そこから継続的に呼ばれ、2025年10月のブラジル戦でも値千金の同点弾を叩き出した。敬斗に招待してもらって娘と2人で味スタのメインスタンドでその瞬間を見ていましたけど、彼は心から大舞台を楽しんでいた。『サッカーを楽しむ』という養和のポリシーを実践してくれていて、胸が熱くなりました」
──3月のイングランド戦の活躍も圧巻でした。
「試合前にも連絡を取りましたが、『この試合に全てを賭けます』と返ってきた。自分はフランス2部にいる分、ひとつひとつの代表戦で活躍しないと2026年北中米W杯の代表メンバーに選ばれないという危機感が強かったんだと思います。その決意がプレーに出た。敬斗と佐野海舟(マインツ)という同い年の2人が、別次元の存在感を示したことも本当に嬉しかった。『うまい選手』から『戦えてハードワークできる選手』に変貌したなと痛感します」
──中村・佐野海舟両選手はJクラブ出身ではありません。
「そうなんです。Jクラブにいるエリートでなかった分、自分の力で何とかしなければいけないという自覚を持ってサッカーをしてきたんでしょう。敬斗は本当に謙虚で自分に厳しい。リスペクトできる選手です」
──養和からは中村の4学年上の相馬、ひとつ下の望月ヘンリー(ともに町田)もいて、彼らも代表候補です。
「2022年カタールW杯に滑り込んだのを見ても分かる通り、勇紀は運を持っている男です。左右両足で蹴れますし、FKで点を取れる多彩さもあるので、森保監督も最後に入れたいと思う選手だと思います。ヘンリーは日本人離れした身体能力を備えた選手ですが、もともと優しくてすぐに泣く子だった。1つ上の敬斗とはユース時代に一緒にやったことがなかったので、2024年夏にスタッド・ランスが来日して町田と対戦した際、初めてマッチアップできて、本人も感慨深かったでしょう。養和としては、ぜひ3人に揃ってW杯に行ってほしいですね。クラブは昨年50周年を迎え、僕も指導して36年が経ちましたけど『心を育てること』には注力してきました。3人とも、非常に優れた人間性を備えた選手たちです。彼らが大舞台に立つ日が来ることを心から願っています」
(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト、絹見誠司/日刊ゲンダイ)
▽なかむら・けいと 2000年7月28日生まれ、26歳。千葉・我孫子市出身。小5までJ柏のジュニアにプレー。中学から三菱養和SCに所属。18年にJ・G大阪入り。19年7月にオランダ1部トゥエンテに移籍。ベルギー1部シントトロイデン、オーストリア1部リンツを経て23年8月、フランス1部スタッド・ランス(現2部)に完全移籍。代表僚友FW伊東純也と共闘した。同年に日本代表初招集。24年1月のベトナム戦で53年ぶりの「代表デビューから国際Aマッチ出場6試合6得点」を記録した。
▽うぶかた・しゅうじ 1986年10月13日生まれ、57歳。神奈川・横浜市出身。岩崎中学1年からサッカーを始めて国士舘高ー国士舘大。卒業後に三菱養和会に社員として入社。巣鴨スポーツセンターに勤務してユース監督などを歴任しながらFW永井雄一郎(浦和やカールスルーエなど)FW田中順也(柏やスポルティングなど)、J町田所属の日本代表FW相馬勇紀、同DF望月ヘンリー海輝らを育てた。
