なぜ裁判官は保釈を却下し続けるのか…!「大川原化工機冤罪事件」の遺族弁護団が指摘する「巨大組織の異常な同調圧力」

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「大川原化工機事件」は、2020年3月に同社幹部らが外為法違反容疑で逮捕されるも、後に検察が起訴を取り消した前代未聞の冤罪事件である。この事件で逮捕・勾留された元顧問の相嶋静夫氏(享年72)は、勾留中に重度の胃がんが発覚した。無実を貫く相嶋氏側は再三にわたり保釈を請求したが、裁判所は「証拠隠滅の恐れがある」としてことごとく却下。相嶋氏は適切な治療を受ける機会を失い、逮捕から約11ヵ月後の2021年2月7日、病床で無念の死を遂げた。「人質司法」が命を奪ったのだ。

この司法の暴走に対し、遺族らは前代未聞の法的措置に踏み切った。相嶋氏らの逮捕・勾留・保釈却下に関わった「37人の裁判官の判断」は違法であったとして、国を相手取る国家賠償請求訴訟を起こしたのである。

裁判所という聖域に潜む「病理」の正体とは何か──。本訴訟の代理人弁護団の一員である二人の弁護士、井桁大介氏と元裁判官の吉田京子氏に話を聞いた。

前編記事『裁判官はミスを認めると精神が崩壊する…!【大川原化工機冤罪事件】の遺族が裁判官37人を提訴、”真面目なエリート”が侵された「不治の病」とは』より続く。

「人事権」という呪縛

裁判官のマインドにおいて「無罪推定の原則」は、守るべきルールではなく、もはや存在しないに等しい形骸化した言葉に過ぎない。この歪んだ認識を強固なものにしているのが、彼らを縛り付ける呪縛……「人事権」だ。

裁判官は最高裁によって、どれだけ多くの事件を早く処理したかで評価される。否認事件に付き合うより、身柄を拘束して自白させたほうが裁判は早く終わる。さらに、転勤や出世を気にする環境下では、組織の意向や過去の慣例に反して「保釈」を出すことには強い心理的ブレーキが働く。

この異常な組織原理がいかに強固であるかを示す、象徴的なエピソードがある。

相嶋氏の胃がんが発覚し、転移まで判明した後の7回目の保釈請求の際、一人の裁判官がついに保釈を認める決定を出した。弁護側が一部の検察側証拠について争わないと意見を変えた直後のことだった。実務経験10年ちょっとの、若手から中堅に差し掛かる世代の裁判官である。

ところが、検察がこの決定に不服を申し立てた結果、ベテラン裁判官を含む3人の裁判官たちは即座にこの保釈許可を取り消し、決定文にこう記した。

〈被告人の保釈を許可した原裁判の判断は、その裁量の範囲を逸脱した不合理なものである〉

「『裁量の範囲を逸脱した不合理なもの』。これは極めて異常な言葉です。保釈を認めること自体が『あり得ない非常識な判断だ』と、組織の論理で叩き潰されたわけです。こんな決定を突きつけられれば、以後の裁判官は萎縮し、誰も保釈など出せなくなります」(井桁弁護士)

たった一人、良心に従って保釈を認めた裁判官の判断は、巨大な組織の同調圧力によって「不合理」と切り捨てられた。その1ヵ月後、相嶋氏の命の灯火は絶たれた。

「裁判所というあの環境にいて、自分がおかしいと気づくことができる人はまずいません。私自身も裁判官時代は完全に『裁判官マインド』で、自分が正しいと信じて日々令状を出していました。あの環境の中にいる限り、自分がバイアスに支配されていることは自覚できないのです」(吉田弁護士)

相嶋さんが絶対に譲らなかっ た信念

大川原化工機事件は、単なる裁判官個人のミスではなく、日本の司法システムそのものが抱える致命的な欠陥を浮き彫りにした。ではもし、相嶋さんが検察の描いたストーリーを認め、事実ではない自白をしていればどうなったであろうか? 間違いなく、すぐに保釈は認められていたはずだ。そうすれば、病状を悪化させることもなく、病院で適切な治療を受け、今も存命だったかもしれない。

しかし、相嶋さんは自らの自由や命と引き換えにしてでも、真実を曲げることを拒み続けた。

なぜ、相嶋さんはそこまでして検察の「嘘」を認めなかったのか。相嶋さんの長男は、父が最後まで検察に抗った理由をこう推察している。

「父は根っからの理系の人間でした。科学の世界では『1+1=2』という答え以外はあり得ないんです。たとえ警察や検察から、どれほど高圧的に『1+1は3だろう』と迫られても、絶対に譲ることはできなかったのだと思います。父にとって、検察が仕立て上げたストーリーは、科学的な事実を捻じ曲げた、文字通りの『御伽話(おとぎばなし)』でしかなかった。その嘘を認めることは、技術者としての死を意味していたのだと思います」

しかし、日本の司法システムにおいては、この「1+1=2」という普遍の真実が、組織の論理(ストーリー)の前にかき消されてしまう。

明らかに裁判所が抱えるシステムの問題

井桁弁護士は、この国家賠償請求訴訟の序盤戦で、国に対して求める対応を次のように語る。

「この事件は犯罪の嫌疑が皆無として起訴が取り消された訳です。つまり100%間違っていた事件なのですが、37人もの裁判官が間違った判断をし続けた。これは明らかに個別の裁判官の問題ではなく、裁判所が抱えるシステムの問題です。私たちはこの裁判を通じて、『この欠陥だらけのシステムについて、あなたたち国はどう考えているのか』ということを、正面から明らかにしてほしいと思います」

一部の悪意ある人間が引き起こした悲劇であれば、その個人の責任を追及すれば済む。しかし、日本の「人質司法」はそうではない。システムそのものが、誠実な裁判官たちを「1+1=3」と信じ込む無自覚な加害者に仕立て上げ、国民の自由と命を奪い去っていくのだ。

誰もが立派で、誰もが自分の判断は正しいと確信しているのに、全員が間違える。この「司法の認知バイアス」という底知れぬ闇にメスを入れない限り、我々は常に、ある日突然「極悪人」に仕立て上げられ、命まで奪われるリスクに晒され続けることになる。

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