「同性愛について科学は何を語ってきたのか」 [著]ピーテル・R・アドリアンス、アンドレアス・デ・ブロック

 科学のあるところ必ず哲学あり。男性の同性愛に関する科学研究の歴史という重要かつ複雑な題材を導きの糸として、そのことを深く再認識させてくれるのが本書だ。科学哲学者がどんな問題にどうアプローチし、そしていかなる貢献を果たせるのかを示す格好の例証になっているのである。
 たとえば、同性愛は生まれつきか、それとも環境の影響によるのか。こうした「生得性」について問うには、一見すると行動遺伝学や発生生物学の成果に目を向ければよさそうだ。しかし、科学史をたどり、各分野の細部に迫ると、この問いに答えるのは容易ではないことがわかる。日常的な意味での生得性に相当する概念は理論や領域ごとに大きく異なり、何をもって生まれつきとするのかの合意が得られる見通しはまずない。著者たちは丹念な検討を通じてそのことを示したうえで、生得性という混乱をもたらしやすい概念を用いて何かを主張すること自体を避けるべきだとの結論を下す。
 どこに概念の落とし穴があるか、見誤りやすい論点は何かを特定する。論争含みのテーマについても単なる整理に終始することなく、何が望ましいかを自らの立場として積極的に打ち出していく。こうした点に、著者たちの科学哲学者としての手腕が光る。
 それが際立つのが精神医学史を主題とする章だ。同性愛を病理や障害として理論化するか、あるいは正常や健康という概念のもとに捉えるのか。定義や概念をめぐるこうした問いは、一歩引いた視点から眺めれば、たちまち価値と規範の色合いを帯びてくる。そのことをクリアに示すのも、哲学者の大事な役割にほかならない。
 他の章もスリリングだ。動物のオス同士の交接はヒトと同じ「同性愛」と呼べるか。同性愛を進化論の枠内でどう扱うか。同性愛の研究自体に社会的な危険性はないのか。科学史と密着して展開する充実の一冊。
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Pieter R. Adriaens ベルギーにあるルーベン・カトリック大哲学研究所准教授▽Andreas De Block 同研究所教授。
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宇丹貴代実訳