【江崎 びす子】「ギャルの神格化」に覚える違和感…「無敵で明るく常にポジティブ」令和時代のギャル像に隠された「誤解」

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「ギャルマインド」に強い違和感

ここ最近はやや落ち着きを見せつつあるものの、数年前まで「ギャルマインド」という言葉がやたらと持ち上げられていたことは記憶に新しい。

自分軸、自己肯定感、ポジティブ、他人に流されない強さ。そうした要素を雑にひとまとめにして、「今こそ必要なのはギャルマインドだ」と語る風潮は、いまだに尾を引いている。

だが私は、この言葉の流通のされ方に、ずっと強い違和感を抱いている。

というのも、「ギャルマインド」は、もともとギャル自身が自分たちの生き方を内側から名付けた言葉ではなく、外部がギャルの一部の特性を切り取って整理し、扱いやすい概念として流通させたマーケティング用語に近いからである。

実際、公開記録で早い段階に確認できるのは、2010年6月から2011年7月まで「日経トレンディネット」で連載された「ギャルラボ白書」と、その内容をもとに2011年に出た『パギャル消費 女子の7割が隠し持つ「ギャルマインド」研究』である。そこでは、見た目がギャルではない女性まで「ギャルマインド」を持つ存在として括られており、すでに当事者の自称ではなく、外部がギャルを抽象化し再定義する視線が前提になっていた。

つまり、「ギャルマインド」とは、ギャルの生の思想をそのまま言い当てた言葉ではない。社会の側が、ギャルの持つ反骨心や華やかさやノリの良さのうち、都合のいい部分だけを抜き出して、「前向きで、自由で、人を励ます精神」として再包装した言葉なのだ。

厄介なのは、この言葉がいかにも肯定的で、ギャルを褒めているように見えることである。しかし実際に起きているのは称賛ではない。ギャルを理解することではなく、社会が自分たちの都合で使いやすいイメージへと変換することが起きてしまっている。褒めているように見えて、その実、ギャルの複雑さを奪っている。

「恐れられる存在」に起きた変化

そもそも平成のギャルは、最初から社会に優しく迎え入れられていた存在ではない。

90年代後半から2000年代にかけてのギャル文化は、しばしば不良文化や渋谷の荒っぽい街のイメージと結びつけられ、メディアでも恐れられる存在として語られてきた。

後年の回顧でも、当時のギャルサーは「完全ヤンキー体質」「恐れられる怖いサークル」として振り返られている。ガングロ、ヤマンバ、ルーズソックス、濃すぎるメイク、そして俗に「汚ギャル」と呼ばれるような荒っぽさや不潔さのイメージまで含めて語られることが多く、センター街の地べたにベタ座りするような光景も含めて、街の治安や風紀の悪さと結びつけられてきた。

つまり、昔のギャルは「明るい自己肯定感の見本」などという、無害で都合のいい存在として見られていたわけではまったくない。むしろ長いあいだ、白い目で見られ、揶揄され、危険視されてきた。

創作ギャル像の流通とギャルの神格化

「ギャルマインド」という言葉が広く肯定的に消費されるようになったのは、時代が下り、ギャルの外見や振る舞いが社会にとって扱いやすいものとして受け止められるようになってからだ。

令和時代のギャルは、不良性や汚さをほとんど持たず、マナーを当たり前に守り、メイクもファッションも格段に洗練され、ビジュアルの完成度そのものが上がった存在として受け止められている。だからこそ世間は、令和時代のギャルを平成のギャルほど恐れず、むしろ安心して消費できる存在として眺めるようになったのである。

この流れのなかで起きたのが、ギャルの神格化である。

ギャルは、ヤンキー文化の匂いや近寄りがたさをまとい、外からは自由奔放に見えながらも、実際には独自のルールや美学に支えられた若者文化の担い手だったはずなのに、いつのまにか「落ち込んだ人間を励ましてくれる存在」「悩みをなんでも前向きに変換してくれる存在」として扱われるようになった。SNS上では以前から、架空のギャルの台詞や掛け合いがネタとして大量に消費され、「心にギャルを飼う」といった言い回しまで広まっていた。こうした創作ギャル像の流通は、「ギャルとは常に他人を励まし、悩みを笑い飛ばす存在であれ」という圧力をさらに加速させた。

衝突やケンカもあった、平成ギャルの実像

平成のギャルたちは、常に能天気で無敵な存在だったわけではない。ギャルサーという組織は、体育会系に近い厳しい縦社会でもあった。世間から見れば「下品」「礼儀知らず」といった印象を持たれることも多かった彼女たちだが、ギャルサーの入会条件には礼儀や常識を重んじる項目が定められていたほか、「週3日の日サロ(日焼けサロン)がマスト」といった独自の“鉄の掟”も存在した。先輩後輩の人間関係のなかで常に気を張り、求められる振る舞いから外れれば、詰められたり、衝突やケンカに発展したりすることもあった。

何より、そこではビジュアルの“気合い”も強く求められた。ファッションやメイクに対して本気度が足りない者は、容赦なくハブられることもあった。だが、見た目が派手であるがゆえに偏見を向けられやすいことを、ギャルたち自身も自覚していた。たとえばギャルサーAngeleekがテレビの密着取材にて「中身はちゃんとしていたい」と語っていたように、彼女たちは外部のイメージとは別のところで、独自の礼儀や筋の通し方を重んじていたのである。

また、パラパラの全国大会であるキャンパスサミットに出場するため、日夜血の滲む練習を重ねるギャルサーもあった。フリの覚えが悪ければ厳しく詰められ、集会外でも自主練を言い渡される。そこにあったのは、単なる明るさやノリだけではなく、序列、努力、競争、衝突を含んだ、シビアな人間関係だった。加えて、渋谷を唯一の居場所としていた若者たちの不安定さはドキュメンタリーでも記録されており、平成のギャルたちは人間関係だけでなく、家庭環境や進路の不安とも隣り合わせで生きていたのである。

孤独や痛み、傷つきやすさをつねに孕んできた

平成のギャルたちが浜崎あゆみをミューズとして崇めたのは、単にファッションやメイクが可愛かったからではない。彼女の歌が、孤独や痛みや、自分を貫くことの苦しさを真正面から歌っていたからだ。実際、「SURREAL」や「identity」、「Out of control」の歌詞を見れば、そこで繰り返し歌われているのは、孤独、傷つきやすさ、どう見られるかよりどうありたいかという切実な感情である。

そんな歌に深く共感し、涙していた平成ギャルを、「ギャルは無敵で病まなくて常にポジティブ」などという記号に押し込めるのは、文化の核心をまるごと踏みにじる行為だ。

要するに、ギャルは昔も今も生身の人間なのだ。落ち込むし、孤独にもなるし、傷つきもする。それでも可愛くあろうとしたし、それでも自分の美学を貫こうとしてきた。

その複雑さこそがギャル文化の魅力だったはずなのに、時代が下るにしたがって、世間はその華やかで前向きな部分にばかり光を当てるようになった。だから「ギャルマインド」は便利なのだ。ギャルの実在を見ずに済む。ギャルを理解しなくても、そこから“使える前向きさ”だけを吸い上げればいいからだ。これは賛美の顔をした搾取である。

しかも質が悪いのは、その期待に反するギャルが現れた途端、「お前はギャルマインドが足りない」「ギャルらしくない」と平然と烙印を押すことだ。勝手に理想像を作り、勝手に背負わせ、勝手に失望するなんて、あまりにも身勝手が過ぎる。

「分かりやすいギャル像」を期待すべきではない

2018年のFASHIONSNAPに公開されたBLACK DIAMONDの記事や、その後のギャル隣接メディアにおいて「ギャルマインド」という言葉が当事者側からも発せられるようになっていったのは、こうした外部の期待と無関係ではないだろう。社会から長く偏見を向けられてきたギャルたちが、少しでもギャルへの誤解を減らし、受け入れられるために、彼女たちもまた期待された役割を引き受けざるを得なかったのである。それは社会が求める“分かりやすいギャル像”に応答せざるを得ない環境の産物でもあり、メディアに出るギャルが、求められた演出をある程度引き受けるのは当然だ。それを見た側が「あれが素のギャルだ」と思い込むのは、あまりにも無邪気で想像力が足りない。

本来、ギャルは神格化される必要などない。明るさだけを抽出して崇める必要もない。ギャルは、ありのままで、いるだけで華やかで、すでに十分魅力的な存在である。

だからこそ、そこに勝手な理想像を被せてはならない。「ギャルならポジティブであれ」「ギャルなら人を励ませ」「ギャルなら悩むな」といった圧力は紛れもない暴力だ。ギャルにそんな十字架を背負わせるべきではない。必要なのは、ギャルを“前向きな概念”として利用することではなく、自分たちと同じように傷つく心を持った人間として見ることだ。ギャルは社会のためのポジティブ装置ではない。弱さも傷も抱えたまま、それでも華やかに生きてきた人間であり、そのままで尊重されるべき存在である。

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