伊東純也〈後編〉 いかにしてハードワークのできるスピードスターに変貌したのか(甲府元監督・佐久間悟)【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】
【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】
【伊東純也〈前編〉】 物静かなイナズマはオランダの英雄ヨハン・クライフに憧れていた(元甲府監督・佐久間悟)
FW伊東純也(ベルギー1部ゲンク/33歳)
スコットランド、イングランドと対戦した3月の英国遠征の2連戦でも強烈なインパクトを残し、日本代表にとって「代えの利かない選手」であることを照明した。国際Aマッチ68試合出場.15ゴールは同遠征参加メンバーで最多。森保監督が絶大な信頼を寄せているFW伊東純也は、プロ入り直後は「試合中に消える時間帯が多かった」と当時の指揮官が語った。どう克服していったのか?(【前編】から続く)
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──伊東選手にプレーの連続性を出させることが甲府1年目のテーマでしたが、その取り組みは?
「連載『前編』で話した通り、スペースを使うことには長けた選手でしたが、ただ立ち止まったり、ボーっとしているような時間があったのも確か。そういう時は止めて『プレーを続けよう』という指示を出すように、日頃から意識していました。あの年は『トリプルアクション』というのを純也だけじゃなく、稲垣(祥=名古屋)や下田北斗(町田)ら全員に課していましたね。いわゆる『2度追い.3度追い』。当時、世界一だったドイツで『ボールを追いかけて触るだけじゃなく、3回のアクションを組み合わせる』という考え方が主流になっていて、それを私は強調しました」
──あれから10年以上が経過し、伊東選手は「ハードワークのできるスピードスター」へと変貌を遂げました。
「そうですね。一番嬉しかったのは、2022年カタールW杯直後の技術委員会で、当時の反町委員長(康治=清水GM)が『これぞジャパンズ・ウェイだ』と例に挙げてくれたのが、伊東純也の守備だったことですね。味方がクロスボールを上げた際にクリアされ、カウンターを繰り出された瞬間、彼が50mくらい一目散に後ろに走って、敵にタックル。ボールを奪って、さらに起き上がってまた30mくらい駆け上がってクロスを上げるというシーンでした」
──伊東選手はフィールドプレーヤー最多時間出場で、それだけの献身性を見せましたからね。
「2度追い、3度追いはもちろんのこと、右サイドの攻防で純也が責任感を持って最後の最後まで守備に行き、また攻撃につなげて決定機に近いところまで持っていくという仕事ぶりは、甲府時代には見られなかった。自分が強調していたことを7年後に世界の大舞台で体現してくれたのは本当に素晴らしいこと。城福さん(浩=東京V監督)、森さん(淳=甲府スカウト)と3人で『連続性がないよね』と話していたことを思い出し、人の成長は凄いな、と感慨深く感じました」
──伊東選手のスピードは30代になった今も衰えません。
「選手たちを20〜30mという距離で走りを競わせたら、世界トップと日本人選手でもそれほど差がないんです。でも10mのスプリント力というのは別。ヨハン・クライフは神様だったと言われていますが、純也もその「ゼロ・ジュウ」がピカ一なんです。立っている状態から加速できるのは傑出した能力。うまく生かしたからこそ、今がありますね」
──それだけのポテンシャルがありながらも、伊東選手は柏時代の2017年に日本代表デビューするまでほぼ無名でした。
「小学校時代に横浜F・マリノスのジュニアユースのテストに落ちたと聞いたことはありますけど、確かに逗葉高校、神奈川大学を経て甲府に来るまでは、あまり知られた存在ではなかったですね。
スピードがある分、『ドリブラーにしたい』と考える指導者が多いのかもしれませんけど、やはり彼はスペースを使わせてこそ光る選手。ドリブルもできますけど、ムリにグイグイこじ開けるようなことはしない。昨年10月のブラジル戦の2アシストもそうですけど、私はそこを伸ばしつつ、連続したプレーのできる選手に育てたかった。結果論ですが、甲府でプロの一歩を踏み出したことは正解だったのかもしれないですね」
──甲府という土地、静かな環境もプラスに働いた可能性はありますね。
「新人時代の純也は寮に入っていましたが、3連休だったら普通は外出するじゃないですか。でもある日、私が寮を訪ねたら、純也がいて『別に行くところがないから』と言うんです(笑)。『みんなが行くから自分も行く』とかじゃなく、彼には彼の流儀がある。甲府は自然体でいられる環境だったので、すごくよかったのかなと思います」
人柄は10年前と全く変わらず
──佐久間さんが社長を退任される前の昨夏には、伊東選手が久しぶりに甲府を訪ねたそうですね。
「2015年当時のチームメートだった橋爪勇樹と仲が良くて、彼がクラブスタッフを務めている縁もあって来てくれました。その日も『カミさんが買ってくれたんで』と笑いながら普段着を身にまとい、事務所で挨拶してくれて、一緒に写真に納まりました。他の人とも気さくに話していて、人柄は10年前と全く変わらなかったですね」
──その伊東選手は2026年W杯を代表キャリアの集大成にしようとしています。
「日本代表は着実に力をつけていると思いますけど、2026年大会を逃したら、上位進出が厳しくなる可能性が高いなと私は感じています。それだけ今のメンバーは能力の高い選手が集まっている。
純也ももちろんその1人です。両サイドやシャドウなど多彩なポジションで使えて、献身的にボールを追いかけてくれる彼のような選手は森保一監督にとって本当に心強いと思いますし、純也には持てる力の全てを出し切ってほしいですね」
(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト、絹見誠司/日刊ゲンダイ)
▽いとう・じゅんや:1993年3月9日生まれ。神奈川・横須賀市出身。33歳。中学時代は横須賀シーガルズでプレー。逗葉高から神奈川大。3年時にJ甲府入りが内定。2015年にプロ契約。翌年にJ柏に完全移籍。2019年にベルギー1部ヘンクに移籍。2022年7月にフランス1部のスタッド・ランスに移籍。2025年8月に古巣ヘンクに復帰した。2017年に日本代表初招集。翌年9月のコスタリカ戦で代表初ゴール。2022年のカタールW杯に出場して16強入りに貢献した。スピードスターぶりから愛称は「稲妻」。身長176cm・体重66kg。
▽さくま・さとる:1963年7月7日生まれ。東京都出身。埼玉・城西大川越高から駒沢大。卒業後にNTT関東(現J大宮)でプレー。引退後はNTT監督、大宮のフロント入り。その後は大宮、甲府で監督を歴任。2016年には甲府の副社長、GM、監督の三足のわらじを履いた。指導者としてJ2優勝、2度のJ1昇格、天皇杯制覇の実績がある。2021年3月にJ甲府を運営するヴァンフォーレ山梨スポーツクラブの社長に就任した(3月をもって退任)。
