「死ぬ可能性は?」「あります」33歳で難病・脳動静脈奇形を発症した俳優(40)が「人生終わった」と絶望した、死の恐怖と“もう1つの理由”〉から続く

 33歳のとき、10万人に1人の難病「脳動静脈奇形」を発症した、俳優の間瀬翔太さん(40)。

【写真】手術後に左目の周りなどが腫れてしまった痛々しい姿の間瀬さん。病室を訪れた“よく似た”母親とのツーショットも

 手術は無事成功したものの、半年後にお風呂場で意識を失って倒れたことをきっかけに後遺症のてんかんが発覚。さらに病気が原因で仕事も失い、居場所を失う恐怖にも襲われていた。

 加えて記憶障害も発症し、友人の顔を忘れてしまうこともあるという生活の苦労について話を聞いた(全3回の2回目)。


明るい光を浴びると倒れてしまうことがあるので、サングラスは手放せない ©文藝春秋 撮影・榎本麻美

◆ ◆ ◆

--開頭手術ですし、術後も大変だったのではないでしょうか。

間瀬 手術は成功して当日はそれほどではなかったんですけど、2日目からまるで殴られたみたいに尋常じゃないレベルで顔が腫れました。

 痛み止めを上限まで打ってもらっても痛くて眠れないんです。骨の内側が痛む感じが1日中続いていて、先生に「もう一度頭を開けてほしい」と頼んだこともあります。それが4日間くらい続きました。

--退院にはどれくらいかかったのでしょう。

間瀬 頭痛がする中でも手術の翌日から4歩先のトイレまで行く練習を始めて、3日目には1人でトイレにも行けました。退院の予定は1カ月くらいだったんですが、結局2週間ちょっとで退院しました。

--手術の大きさから考えるとかなり早いのでは?

間瀬 手術翌日のリハビリなんて本当はダメなんですけど、早く退院したくて、看護師さんにもバレないようにこっそり練習していました。

 ただ退院はしたものの手術で体力が落ちていて、家の階段は這うようにのぼってましたし、外へ出ようにも玄関の引き戸を開けるだけで息切れしてしまう状態で、これ戻るのかな? としばらくは不安でしたね。

「死んじゃおうかなって思うこともありました」

--そんなにも急いだのは、やはり仕事のことがあったのでしょうか。

間瀬 そうですね。倒れた時にあった一番大きな案件は諦めたんですけど、他の仕事もどんどんなくなっていって焦ってました。病気を公表したらスタッフさんは「無理しなくていいよ」とは言ってくれるんですけど、自分としては仕事がなくなる方が怖くて。

 人に見られる仕事は手術の傷もあるから仕方がないのかな、と当時は諦めることも出来たんですが、人前に出ず、喋りだけで成立するはずのラジオ番組までも、レギュラーから外れていったときはもう、目の前が真っ暗になりました。

--フリーランスで仕事を失うのは本当に怖いですよね。

間瀬 業務連携していた事務所との契約も打ち切りになりました。仕事はなくなるし、友達が集まる会に行こうとしたら「体調が戻ったらまたね」とやんわり断られることもありました。

 せっかく手術を乗り越えたのに、居場所がどんどん減って目の前が真っ暗になる感覚で……死んじゃおうかなって思うこともありました。

--気持ちを持ち直すきっかけなどはあったのでしょうか。

間瀬 会うことをやんわり断る友達も居た一方、押しかけるように来てくれた友達も居たことには本当に救われました。あとは入院中にはじめた闘病ブログを読んでくれる人たちの存在も大きかったですね。自分が経験したことを必要としている人のために何かできないかなと思ったのもそれがきっかけでした。

--珍しい病気ですし、情報を公開してくれる間瀬さんは貴重な存在だったと思います。

間瀬 僕も診断を受けた時に同じ病気の人の情報を探したんですけど、発覚した時の恐怖感や手術までの情報はたくさんあるのに、退院後どんな生活を続けていらっしゃるのか、という情報がほとんど見つかりませんでした。

 僕自身が退院後の生活の苦労や気をつける点が知りたかったので、それなら後遺症も含めて誰かのために自分の経験を伝えたいと思ったんです。

--後遺症としてはどんなものが残ったのでしょう。

間瀬 手術直後は傷あとが一番気になっていました。頭を水平方向に切っているので、線は今もはっきり残ってます。未だに手術の痕を見るのは嫌ですね。写真や画面に映る自分を見るたびに手術の痕ばかり見てしまうんです。

 でも一番キツかったのは、手術の半年後にてんかんが発覚した時ですね。

急に眠気に襲われることが増え、起きると全身に痛みが…

--半年間は何もなかったんですか?

間瀬 後遺症の可能性があると聞いてはいたものの、術後しばらくは何もなくて完全に回復したと思っていました。

 でも退院して半年ぐらいから急に眠気に襲われることが増えて、気づいたらお風呂で寝ちゃったり、家でゲームをしていたのに目が覚めたらよだれを垂らして横に倒れてることが続いたんです。しかも起きると毎回全身に痛みがあって、自分でも何が起きたかわからず不安で病院へ行きました。

--それがてんかんの発作だった?

間瀬 そうなんです。検査入院することになって、脳波を調べたら「てんかん」と言われました。脳動静脈奇形の手術がやっと終わって、なんとか体力を戻して頑張ろうと思っていたところへ、また新しい病気。しかも今度は「一生治ることはありません」と言われて絶望的な気持ちでした。

--てんかんというと急に倒れてしまうイメージがありますが、間瀬さんはどんな症状だったんでしょう。

間瀬 急に意識がなくなって、全身にガチガチに力が入っているので意識が戻った時に体じゅうが痛いんです。最初は症状との付き合い方がわからなくて、一度電車を止めてしまったことがありました。少し違和感はあったんですけど、10分くらいなら大丈夫かなと思って乗ったら、途中で発作起きて倒れちゃったみたいで、目が覚めたら「救急車呼ぶ?」と電車の中で何人かに囲まれていました。

 心配して声をかけてくださっているのはわかるんですけど、自分が倒れた記憶もない状態で意識が戻った瞬間に知らない人に囲まれてるとパニックになっちゃうんですよね。それでしばらくは、電車に乗る直前に家族や友人に連絡するようにしてました。

--現在の症状はどうですか?

間瀬 手術から6年経ちましたけど、今でも月に1〜2回のペースでてんかんの発作と記憶障害があります。

 最近はてんかんの発作の予兆がわかるようになって、倒れても危なくない場所に座ったり頭を守ったりできるようになってきました。ただお風呂で発作が起きると溺れてしまうので、おへそのあたりまでしかお湯を張らないようにしてます。

「基本的に完治はしないものと思って欲しい」

--記憶障害というのはどんな感じなのでしょうか?

間瀬 たとえば、毎日通っている場所なのに家を出て途中で目的地がわからなくなることがあります。道の真ん中で立ち尽くしてしまって、知らない人に「僕はどこに行きたいかわかりますか?」と聞いたこともあります。

--知人に連絡したりすることはできるんですか?

間瀬 それが記憶障害が起きると、家族や親しい友人のこともわからなくなっちゃうことがあるんです。LINEを開いて名前を見てもわからないんですけど、最近は困ったときに連絡していい人が上の方に表示されるように固定してます。

--日常生活でも困りそうです。

間瀬 友人に会う時に記憶障害が起きると「久しぶり! いつぶりだっけ」とか言いながら相手の情報を引き出して覚えているフリをしたり、嘘をつくことも正直あります。

 厄介なのが日によっては覚えている部分と覚えていない部分が不規則で、説明するのが難しい。それで疎遠になってしまった人も多いです。

--こうやってお話ししていても、言われなければ記憶障害があるのはわからないです。

間瀬 そうなんですよね。今日の取材のことも忘れちゃうかもしれない。次に会ったときに「初めまして」と言ってしまったらごめんなさい。もちろん悪気はないんですが印象は良くないと思うので。

 先生には「基本的に完治はしないものと思って欲しい」と言われていますし、てんかん記憶障害も見た目でわからないので誤解されることも多いんですよね……。

〈10万人に1人の難病で手術→後遺症でてんかんに→病気を知るために准看護師資格を取得…間瀬翔太(40)が障害者の立場になって気づいた「無理しないで」の残酷さ〉へ続く

(雪代 すみれ)