自分には“雇われ”が向いていました…〈割増退職金2,500万円〉で「FCオーナー転身」の58歳元サラリーマン。毎朝5時から弁当を詰め、配達で町中を駆け巡る「甘くない脱サラ起業」
「1回きりの人生、挑戦あるのみ」と、早期退職で手にした割増退職金2,500万円を元手に、高齢者向け宅配弁当のFCオーナーとして独立したTさん(58歳・男性)。「本部のサポートがあるから安心」という言葉を信じて新たな人生を踏み出しましたが、いざ開業すると現実は厳しいものでした。人手不足で自ら現場に入らざるを得ず、不慣れな業務と高額なロイヤリティに疲弊する日々。50代で脱サラ起業をした男性が直面した厳しい現実を見ていきましょう。
早期退職金2,500万円で「高齢者向け宅配弁当」のFCオーナーに
「一度は自分でビジネスをやってみたかったんです。1回きりの人生、挑戦あるのみ。そう意気込んだところまではよかったんですけど……」
大手企業を55歳で早期退職を選択したTさん(58歳・独身男性)は、当時を振り返ります。割増退職金2,500万円とこれまでの貯金1,500万円、合わせて約4,000万円で老後生活をスタートさせました。
「本部のサポートがあるから未経験でも安心です。初期費用も500万円程度で済みますよ」
「高齢者向け宅配弁当」のフランチャイズ本部の営業担当者の言葉を信じ、退職金を元手に新たな挑戦へと踏み出す決意を固めたTさん。
加盟金や簡単な厨房設備の導入、リース契約の配達用車両の準備費用として500万円を投入。手元にはまだ3,500万円が残っており、Tさんは余裕を持って高齢者向け宅配弁当のフランチャイズオーナーとして新たな人生を踏み出しました。
長年デスクワーク中心の管理職だったTさんにとって、飲食業や配達業務は完全に未知の領域。それでも「経営に専念すればいい、現場はアルバイトを雇えば回るだろう」と考えていました。
しかし、いざ開業してみると、その目論見はすぐに崩れ去りました。
甘い計画、厳しい現実
「本部のサポートがあったとはいえ、アルバイトを集めるのに一苦労。結局、私も現場に出ざるを得ませんでした」
人手不足の穴を埋めるために、Tさんは毎日4時過ぎに起きては厨房へ向かい、早朝5時から弁当の盛り付けを行って、日中は配達で町中を車で駆け巡ります。「経営に専念すればいい」という甘い考えで飛び込んだTさんにとって、不慣れな長時間の現場労働は想像以上に過酷なものでした。
「せっかく届けても、味が薄い、時間通りに来ないと、高齢のお客様からのクレームが想像以上に多かったんです。段々とストレスが溜まってきました」
さらに追い打ちをかけたのが、毎月の売り上げから本部に吸い上げられる高額なロイヤリティでした。売上が上がっても手元に残る利益はわずか。そこから車両のガソリン代や維持費、食材のロスを差し引くと、Tさんの労働時間はタダ働きと同然でした。
「毎月、手元の資金をお店の運転資金に回す日々。このままではいずれ、老後資金がすべて消えてしまうと怖くなりました」
老後資金が尽きる前に損切りを決断
そして、開業から一年半が経過したころ、Tさんは「これ以上の継続はもう無理」と判断し、本部に撤退を申し出ました。
契約期間内の途中解約による違約金や原状回復費用を支払うことになり、初期費用や赤字補填を含めてトータルで1,500万円近くの資金を失いました。それでも手元には2,500万円ほどの老後資金が残っています。
「高い勉強代にはなりましたが、致命傷を負う前に見切りをつけて正解でした。会社の看板に守られていた現役時代がいかに恵まれていたかを痛感する、いい人生経験になりました」
すべてを清算した現在、Tさんは自宅近くの企業で事務のパートとして働いています。
「自分の裁量で事業をやるよりも、与えられた仕事をこなす“雇われ”のほうが私には向いていました。今は心身ともに健康な状態で過ごせています」
中高年の起業の実態と「独断」による退職金の失敗
帝国データバンクの「2024年『新設法人』動向調査」を見ると、2024年の新設法人数は15万3789社で過去最多を更新しています。
起業者平均年齢は48.4歳と上昇傾向にあり、とくに定年退職のボーダーラインとなる60歳以上の割合が18.6%と過去最高を記録しました。これは、退職後の起業が増えている実態を示しているといえるでしょう。Tさんのように退職金を元手にフランチャイズビジネスに参入するケースも、こうした退職後の起業の一つの形といえます。
しかし、オカネコの「退職金に関する調査」によれば、退職金の使い道について53.3%の人が何らかの不安や疑問を抱いていることがわかっています。さらに、退職金の使い道に関する失敗談として「退職金を現金で放置してしまった(20.5%)」に次いで、「専門家に相談せず、一人で判断してしまった(17.3%)」が多く挙げられました。
フランチャイズ本部の言葉だけを鵜呑みにしたTさんのケースは、まさにこの「一人での判断」による失敗の典型例といえます。
一方で、Tさんが老後破産という最悪の事態を免れたのは、資金が底をつく前に損切りを決断できたからでしょう。退職金は老後の生活を守る命綱となります。安易な起業話に乗る前に、専門家を交えた冷静な収支シミュレーションを行うことはもちろん、事業が軌道に乗らなかった場合の撤退ラインをあらかじめ決めておくことが、老後破産を防ぐための防衛策となるでしょう。
[参考資料]
株式会社帝国データバンク「2024年『新設法人』動向調査」
株式会社400F「オカネコ 退職金に関する調査」
