衝撃的なウェッジシェイプ、癖が強すぎるSUV 世界の奇抜なクルマ 43選(後編) 一度見たら忘れないインパクト
ランチア・ストラトス
1960年代末から1970年代初頭、ランチアのラリープログラムはフルビアを基盤としていた。フリビアは魅力的な小型クーペだが、1973年、過激なストラトスに取って代わられた。
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その衝撃的な外観と、リアに横置きされた2.5Lのフェラーリ・ディーノV6エンジンの咆哮は見事に呼応している。さらに、ストラトスの運転は少々難しく、ほぼすべてのコーナーでスピンしそうなほどだ。しかし、エンジンを切って静止している時でさえ、その見た目は極めて鮮烈である。

ランチア・ストラトス
メルセデスAMG G 63 6×6
多くの違いはあるものの、現行のGクラスは1979年に登場したGワーゲン(ゲレンデヴァーゲン、オフロード車の略称)の血筋を明らかに受け継いでいる。
とはいえ、その過程で興味深い進化も遂げてきた。最も過激なのはAMG G 63 6×6で、なんと6輪駆動を実現している。5.5LツインターボV8エンジンを搭載し、舗装路では0-100km/h加速6秒を達成。未舗装路でもそれほど長くはかからないと推測される。6×6は2013年から2015年にかけて100台以上が販売された。

メルセデスAMG G 63 6×6
メッサーシュミット
イセッタと並び、知名度の高いバブルカーがメッサーシュミットのKR175とKR250だ。テリー・ギリアム監督の近未来映画『未来世紀ブラジル』でも使用されているが、その奇抜な外見から選ばれたことは間違いないだろう。
メッサーシュミットは、名称と工場を提供したのみで、実際の設計者はフリッツ・フェンド(1920-2000)である。彼は戦争で手足を失った人々のための移動手段として開発したが、価格の安さから他の購入者にも人気を博した。

メッサーシュミット
MGメトロ6R4
メトロは1980年から1998年までさまざまな英国ブランドで販売された小型ハッチバックで、後にローバー100として知られるようになった。その中で最も過激なモデルがどれかは議論の余地がない。MGメトロ6R4だ。標準車と似ているが、ほぼすべての点で異なっている。
通常なら後部座席がある場所に3.0L V6エンジンを搭載し、四輪駆動システムや、実際の効果については疑問の声も上がっているエアロパーツなど、非常にアグレッシブな仕様となっている。

MGメトロ6R4
日産キューブ
3代目の日産キューブは可愛らしい外観を持ち、日本国内では人気を博したが、欧米ではかなり奇抜に映った。
日産は後方視界の良さをアピールするなど、さまざまな策を打ったが、販売の助けにはならなかった。普通のクルマではなく、もはやデザインオブジェクトと位置づける方が理にかなっていたかもしれない。米国では5年、英国ではわずか2年で販売終了となった。

日産キューブ
プジョー205 T16
MGメトロ6R4とほぼ同時期に登場した205 T16は、従来型の小型ハッチバックを大胆に再解釈したモデルだ。人気の高いプジョー205のリアに1.8Lターボエンジンを搭載し、四輪駆動システムを追加。空力性能を大幅に向上させ、リアボディを一体成型とした。このリアパネルを持ち上げれば、エンジンとトランスミッションに容易にアクセスできる構造だ。
T16は1985年と1986年の両年で大活躍し、世界ラリー選手権のドライバーズタイトルとマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。

プジョー205 T16
プジョー402
1935年当時の基準から見ると、402は驚くほど流線型の車両だった。特徴の1つとして、ヘッドライトをラジエーターグリルのすぐ後ろに、可能な限り気流への妨げが少ない位置に配置した点が挙げられる。
このようなデザインは、現代には通用しないだろう。しかし、1930年代には誰も気にしなかったようだ。実際、プジョーは小型車202や302でも同様の手法を採用した。202は戦後数年間も生産が続いたが、プジョーは間もなくこの異例のヘッドライトレイアウトを廃止した。

プジョー402
プリムス・プロウラー
一般的にホットロッドとは、工場出荷後、所有者によって改造されたクルマのことを指す。プリムス・プロウラーは、購入した人ではなく、メーカーが自ら手掛けた稀有なホットロッドだ。レトロなスタイリングだが、クライスラーはこのクルマを通して、自動車構造におけるアルミニウムの活用法を学ぶことも目的としていた。
大排気量V8エンジンではなく3.5L V6エンジンを採用した点は批判されたが、プロウラーは性能よりもスタイルを重視している。プリムスブランドが2001年に廃止された後、さらに2年間クライスラーから販売され、総生産台数は1万1702台に達した。

プリムス・プロウラー
ポンティアック・アズテック
どんなクルマでも、量産に入る前に多くの人のチェックを受ける必要がある。ポンティアック・アズテックの場合、なぜこのような外観になったのかは自動車史上の大きな謎の1つである。アズテックはおおむね優秀なクロスオーバーSUVだが、外観だけが玉に瑕……というより致命傷だった。2001年の発売当時から揶揄され、今もその傾向は続いている。
兄弟車であるビュイック・ランデブーは、はるかに保守的なデザインだ。皮肉なことに、ランデブーはアズテックを圧倒的に上回る販売台数を記録した。

ポンティアック・アズテック
ポルシェ911 GT1
1990年代後半に生産されたポルシェ911の中で最も過激なモデルはGT1だ。異論の余地はない。比較の対象すらならない。実際、当時の他の911とはほとんど共通点がない。GT1はスポーツカーレース向けに開発されたが、ホモロゲーション取得のため、公道走行可能な限定モデル(シュトラッセンバージョン)を生産する必要があった。
テストによれば、この公道仕様車の0-100km/h加速は3.9秒、最高速度は307km/hに達するという。20世紀に生産された公道車としては驚異的な数値である。

ポルシェ911 GT1
ラディカル
ラディカルは四半世紀近くにわたりスポーツレーシングカーを生産している英国のメーカーで、そのモデルの多くは公道走行も可能だ。サーキットこそが本領を発揮する場所に見え、公道でのインパクトは絶大だ。
ラディカルはエンジン開発でも実績がある。RPE V8エンジンは基本的にスズキ・ハヤブサのエンジン2基を共通クランクケースに収めたもので、他社製のヒルクライム用シングルシーターなどに採用されている。

ラディカル
ルノー5ターボ
先に述べたように、MGメトロ6R4とプジョー205 T16は普通のハッチバックを極限まで発展させたものだ。両車に先駆け、1980年に登場したのがルノー5ターボだ。標準車とは異なり、1.4Lのターボエンジンをリアに配置し、後輪を駆動する。
競技仕様車は世界ラリー選手権で4勝を挙げたが、アウディ・クワトロが主導した四輪駆動への移行により苦戦した。同じルノー5をベースとするアルピーヌ/ゴルディーニ・ターボやGTターボなどは前輪駆動で、外観こそよく似ているが中身は大きく異なる。ルノーの次なるミドシップハッチバックはクリオV6である。

ルノー5ターボ
タルボ・ラーゴT150 SSティアドロップ・クーペ
20世紀半ば、驚異的なボディを求める富裕層は、パリを拠点とするコーチビルダー、フィゴーニ・エ・ファラッシに製作を依頼していた。同社は2人のイタリア人によって運営されていた。
フィゴーニ・エ・ファラッシのほぼすべての作品は、この記事で言及する価値がある。今回取り上げるのは、タルボ・ラーゴT150をベースにした1938年製のティアドロップ・クーペだ。この驚異的なボディには、ジュゼッペ・フィゴーニ(1892-1978)が好んだ優雅で流れるような曲線が多用されている。美しいかどうかはかどうかは個人の好みによるが、注目を集めることは間違いない。

タルボ・ラーゴT150 SSティアドロップ・クーペ
ヴォワザンC25エアロディーヌ
航空業界の先駆者ガブリエル・ヴォワザン(1880-1973)は空飛ぶ機械に熱狂し、自身の自動車会社をアヴィオン・ヴォワザン(英語に訳すとヴォワザン・エアロプレーンズ)と名付けた。オーソドックスなデザインのモデルが多かったが、1923年のレーシングカー、C6ラボラトワールなど一部のモデルは空力学への傾倒を示し、非常に風変わりなデザインだ。
これらの特徴はヴォワザンC25エアロディーヌにも顕著に表れている。標準のC25が優雅で直線的なデザインであるのに対し、エアロディーヌは流線型の美しさが際立っている。ラジエーターグリルとフロントフェンダーを結ぶバーは、他のヴォワザンモデルにも採用されている。

ヴォワザンC25エアロディーヌ
