水野晃樹の脳裏に焼きつくオシムの卓見。“チルドレン”の矜持を胸に「カッコ悪くても、泥臭くても、死に物狂いで」やり切る覚悟
そのチームを2003年から率いていたのが、元ユーゴスラビア代表監督のイビチャ・オシム。「考えながら走る」という価値観を植え付け、チームを躍進させた知将が、水野にとっての最初のプロ指揮官だった。
「プロ1年目がオシムさんで良かったというのは、今も強く思っていること。いろんな監督を経験していると比較してしまうところもあるだろうけど、僕は一切、そういうことがなかったから。真っ白なホワイトボードに新しいことが書き込まれていくのを覚えるのに必死だった。それで自分の選手としてのベースが築かれたというのは確かですよね」と水野は神妙な面持ちで言う。
「オシムさんは当時、『チリ代表のサッカーが日本人のサッカーに合うと思う』という話をしていた。賢くやって、しっかり走って、どんどん人が湧き出てくるようなサッカー、それが日本人のスタイルに合っていると。無理に身体を張ったところで、外国人の強靭な身体には太刀打ちできないから、当たる前にボールをさばいて、当たらないところでボールを受けるっていうことを大事にしたほうがいいと。その話が僕はすごく脳裏に焼き付いています。
実際、オシムさんが言っていたことが、今の欧州でも当たり前になっているし、日本サッカーも短期間で劇的に変わりましたよね。それだけ先のことを見据えていたんだと思う、その先見の目が凄かったですよね。
そういう人に最初に教わって『オシムチルドレン』と言われたからには、もっと活躍したかったというのが本音です。だけど今の自分にはまだ活躍できる場がある。今のグルージャで苦しくても、カッコ悪くても、泥臭くても、もう何でもいいからホント、死に物狂いでやって、最後のサッカー人生を楽しみたいなと強く思っています」
恩師がこの世を去って1年あまりが経過した今だからこそ、水野は指導を受けた日々に思いを馳せ、貴重な経験を活かそうと努力している。
彼自身は新人の頃、自ら監督やコーチに意見や助言を求めたりするタイプではなかったが、そういった積極性が重要だと、今になるとよく分かる。これまで出会ったなかにそういうことを平気でやっていた強心臓の若武者がいたという。
「鳥栖時代に高卒新人で入ってきた鎌田(大地)でした。彼はプロ1年目の頃、当時の森下仁志監督に『何で自分を使わないのか』と直々に質問するくらいのメンタルの強さを持っていたと思いますね。自分はオシムさんに何かを聞きにいくといったことは全くなかったですから(苦笑)。
もちろん技術もあったし、向上心も高くて、一つひとつのプレーに強いこだわりもありましたね。よく最後まで居残り練習もやりましたけど、努力している感じに見られないのが鎌田大地(笑)。あの飄々としたところが魅力なんです。
今はまだ次の移籍先が決まっていないけど、彼がどこまで行けるかは日本サッカー界の今後を大きく左右すると思います。あれだけ滑らかなボールタッチができて、トップ下からボランチもできるっていうのは貴重な戦力。面白い選手なんで注目しています」
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水野が期待する若手は鎌田だけではない。いわてにも可能性のある選手はいるのだ。その1人が、テゲバジャーロ宮崎から今季加入した20歳の新保海鈴。遠征先のホテルで水野の部屋をよく訪ねてくるというだけに、父親のように慕っているのかもしれない。
「あいつはすごく律儀なところがあって、家で食事を出してあげたりすると『今日もありがとうございました』って必ず言ってくる。そういうのは良いところですし、可能性のある選手だと思います。
やっぱり若いっていうのはいくらでも成長できるということ。意識を変えれば全然、変わってくる。自分もメンバーにも入ってない時期が結構あって、その時の練習が暗い感じになったんだけど、自分から声を出して『レギュラー取るぞ』ってハッパをかけています。ピッチに入ったら先輩後輩なんて関係ないし、お互いに意見をぶつけ合うくらい、やっていい。そういうふうに仕向けています」
水野のようなポジティブマインドなベテランを上手く使おうというチームは、J3には少なくない。目下、首位を走っている愛媛FCには森脇良太、矢田旭といったJ1経験者がいるし、鹿児島ユナイテッドFCの藤本憲明、FC今治の三門雄大、FC岐阜の庄司悦大、柏木陽介、宇賀神友弥も同様だろう。
彼らがもたらす「勝者のメンタリティ」は、発展途上のJ3というリーグの中では重要なのだろう。水野も彼らに負けまいと自身の存在感を示していく覚悟だ。
「グルージャの場合は今季まだ1回も連勝できていないのが大きな課題。1回勝っても、どこかで気の緩みが出てしまうのが原因かなと僕は感じています。それに逆転勝利もない。1点取られたあとにメンタル的に下がってしまうからだと思います。『ここで這い上がってやろう』というマインドが足りないのは確か。それも『どっかでやられるかもしれない』という不安からくるところが大きいでしょう。
僕がいることで、少しでも拠り所になれれば理想的。今はサイドやトップ下でプレーすることが多いですけど、だいぶ動けるようになってきていますし、質の違いはまだまだ示せる自信がある。涼しい岩手から、九州や沖縄のアウェーに行くのはきついですけど、自分はあえて長袖で練習して暑さ対策もしています。環境的には厳しいですけど、まだまだ負けてはいられない。現役ラストの生活を心から楽しんで、オシムさんに良い報告ができるように頑張ります」
浮き沈みの激しい人生を送ってきたこの男には、37歳になった今、大輪の花を咲かせてもらいたい。天国のオシム監督もそう切に願っているはずだ。
※このシリーズ了(全3回)
取材・文●元川悦子(フリーライター)
