@AUTOCAR

写真拡大 (全22枚)

ヘッドライトが隠れる名車たち

1935年のニューヨーク・オートショーで、コード社がポップアップ式ヘッドライトを装備した「810」を発表し、センセーションを巻き起こした。しかし、このようなものは誰も作ったことがなく、広く採用されるようになるまでには、さらに30年の歳月が必要だった。

【画像】画像で見る可動式ライトの名車たち:日本車版【トヨタ2000GT、ホンダNSX、マツダRX-7などを写真で見る】 全112枚

1960年代後半から1970年代にかけて、フェラーリ、ポルシェ、ロータス、トライアンフなどさまざまな企業がこぞって採用し、ポップアップ式ヘッドライトは一躍主流に上り詰めた。


可動式ヘッドライトを装備したクールな名車を前後編に分けて紹介する。

2004年、ロータス・エスプリV8とシボレー・コルベットC5が、ポップアップ式ヘッドライトを搭載した最後の量産車となった。米国でも欧州でも、歩行者の安全に関する規制によってポップアップ式は廃止された。空力特性が良くなかったのも廃止の理由の1つである。

今回は、ヘッドライトが隠された素晴らしいデザインのクルマを50台紹介する。

なお、本稿では、リトラクタブルや反転式など、可動式(格納式)のヘッドライトをまとめて「ポップアップ式」として紹介している。厳密には分類が異なるが、AUTOCAR UK(英語版)の表現を尊重し、このような表記とした。あらかじめご了承いただきたい。

コード810(1935年)

1929年にコードが発表したL-29は、米国で初めて生産された前輪駆動車である。その6年後に登場したのが、ポップアップ式のヘッドライトを備えた810だ。スチンソンの飛行機の着陸灯を利用した手回し式の機構で、810は1940年まで生産された。


コード810(1935年)

ビュイックYジョブ(1938年)

Yジョブは、一般に世界初のコンセプトカーと言われているが、ボルボがスポンサーとなったヴィーナス・ビロの方が5年先行していた。ボルボにはないポップアップ式ヘッドライトを備えていたが、これはハーレー・アール氏がデザインしたYジョブの未来志向の特徴の1つに過ぎなかった。


ビュイックYジョブ(1938年)

ロータス・エラン(1962年)

四半世紀以上前のコード810に続いて、ポップアップ式ヘッドライトを採用した大衆車であるエランは、軽快なエンジン、最小限の重量、独立サスペンション、ディスクブレーキによる驚くべきダイナミクスを備えた画期的なクルマだった。


ロータス・エラン(1962年)

マセラティ・ギブリ(1966年)

ランボルギーニ・ミウラと同じ年に発表されたギブリは、ポップアップライトを備えたマセラティ初のモデルであり、その後、ボーラ、メラク、カムシン、インディと続いた若き日のジョルジェット・ジウジアーロ氏がデザインしたモデルで、クーペとスパイダーがあり、4.7Lまたは4.9L V8を搭載している。


マセラティ・ギブリ(1966年)

シボレー・カマロ(1966年)

フォード・マスタングへのシボレーの対抗馬として、1966年に発売された標準的なカマロには、隠しヘッドライトは付いていなかった。しかし、購入時にさまざまなオプションが用意されており、その中にポップアップライト付きの「RS」パッケージがあった。RSパッケージはカマロの全車に装着可能で、フロントエンドの印象を大きく変え、より威嚇的な外観とすることができる。


シボレー・カマロ(1966年)

オールズモビル・トロネード(1966年)

オールズモビル・トロネードは、最高出力385psのV8エンジンを搭載しながらも、後輪駆動全盛期にあえて前輪駆動を採用した点が大きな特徴である。7.0L V8は65kg-mのトルクを発生し、ステアリング操作とともに前輪に伝達される。ハンドリングは予想通り酷かったが、少なくともフロントエンドのデザインはすっきりしていた。


オールズモビル・トロネード(1966年)

マトラM530(1967年)

マトラM530は、マトラ・ランチョやルノー・エスパスを手がけた元シムカのデザイナー、フィリップ・ゲドン氏がデザインした、最も風変わりなスポーツカーの1つである。フォード製の1.7L V4エンジンをミドマウントし、1973年まで約1万台が生産された。


マトラM530(1967年)

トヨタ2000GT(1967年)

ヤマハが開発し、トヨタが生産した2000GT。ジャガーEタイプを彷彿とさせる長いボンネット、すぼまったノーズ、ファストバックのリアに、最高出力150psの2.0Lツインカム直6を搭載。 しかし、宿敵ジャガーよりもはるかに高価で、その結果、販売は伸び悩んだ。

1970年までにわずか351台の2000GTが生産されたが、日本初の本格的なスポーツカーとして歴史の名を刻んだ。


トヨタ2000GT(1967年)

マーキュリー・クーガー(1967年)

マーキュリーは現在では消滅しているが、1938年にフォードが手頃な価格のプレミアムカーを生産するために設立したブランドだ。最も売れたモデルはクーガーで、マスタングに代わる高級車として1967年に登場し、パワートレインにはV8エンジンのみが与えられた。当時の多くの米国車と同様に、ヘッドライトは飛び出すのではなく、回転して点灯するタイプが標準装備されていた。


マーキュリー・クーガー(1967年)

シボレー・コルベットC3(1968年式)

コルベットC2、C3、C4、C5は、いずれもここに掲載する価値があったが、紙面の都合で1台だけしか紹介できないため、独断と偏見でC3を選んだ。C3はコルベットの中で最も長命なモデルであり、そのセンセーショナルなデザインは、今見ても信じられないほどドラマチックに映る。その主な要因は、強調されたフェンダーと隠されたヘッドライトを持つV字型ノーズであろう。コルベットC3には、生涯を通じて21種類ものエンジンが用意されたが、そのどれもがV8だった。


シボレー・コルベットC3(1968年式)

フェラーリ365 GTB/4(1968年)

フェラーリは他社にやや遅れてポップアップ式ヘッドライトを採用し始めたが、史上最高のデザインと言えるデイトナを作り上げた。このヘッドライトは、1996年に550Mが登場するまで、ディーノ206と246を除くすべての車種に採用された。


フェラーリ365 GTB/4(1968年)

オペルGT(1968年)

レバーで手動操作するオペルGTのヘッドライトは、飛び出すのではなく、所定の位置まで回転するものだ。左ハンドルのみで生産され、欧州で販売されたGTには1.1Lまたは1.9Lエンジンが搭載された。北米市場向けにビュイックのバッジを付けたものも含め、10万台以上が販売された。


オペルGT(1968年)

リンカーン・コンチネンタルMkIII(1969年)

リンカーンは1917年に設立され、1922年にフォードに買収されて同社の高級車部門となった。1939年に発売されたコンチネンタルは、1961年まで存続したが、1968年に全く新しい超モダンなモデルとして再登場。リンカーン・コンチネンタルMkIIIは、7.5L V8エンジンを搭載し、3速ATで後輪を駆動する、フォードで最も贅沢なモデルである。


リンカーン・コンチネンタルMkIII(1969年)

サーブ・ソネットIII(1970年)

サーブ・ソネットには3世代のモデルがあるが、初代はわずか6台しか生産されなかった。1966年に発表された新デザインは成功を収めたが、本格的に普及したのは3代目からで、8000台以上が販売された。3代目はポップアップ式ヘッドライトを採用した唯一の市販サーブである。


サーブ・ソネットIII(1970年)

アルファ・ロメオ・モントリオール(1970年)

1.6L 4気筒エンジンを搭載し、モントリオール万博(Expo 1967)で発表されたコンセプトモデルの市販モデル。アルファ・ロメオのレースカー、ティーポ33の2.0Lユニットに由来するドライサンプの2.6L V8を搭載した、興味深いクーペである。モントリオールではリトラクタブル・グリルが採用され、スイッチを入れるとヘッドライトが完全に露出する。非使用時にはライト上部だけを覆うため、下部は常に見ることができた。


アルファ・ロメオ・モントリオール(1970年)

デ・トマソ・パンテーラ(1971年)

トム・ティヤルダ氏がギア在籍時代にデザインしたデ・トマソ・パンテーラは、理論的には完璧なスーパーカーであった。その流麗なボディワークの下には、メンテナンスが容易でありながら強大なトルクを発揮する非ストレス・プッシュロッドV8が搭載されている。1971年から1992年の間に7000台以上のパンテーラが生産され、デ・トマソの最も成功したモデルとなっている。


デ・トマソ・パンテーラ(1971年)

マセラティ・メラク(1972年)

1971年、マセラティはV8エンジンを搭載したボーラを発表し、その1年後にV6モデルのメラクを発表した。ボーラは2シーターだが、メラクは2+2と呼ばれ、多くの部品が共通化されている。両車ともポップアップ式ヘッドライトを装備しており、これは1970年代を通じて、本格的な高性能車のデザインに欠かせないものとされていた。


マセラティ・メラク(1972年)

ランチア・ストラトス(1972年)

1971年のトリノ・モーターショーでプロトタイプとして公開されたストラトスは、ベルトーネ氏がデザインを担当した最初のランチア車である。フェラーリ・ディーノ譲りの2.4L V6を搭載し、スチール製のスペースフレームにプラスチックボディを被せている。1974年、1975年、1976年の世界ラリー選手権で優勝を果たし、ラリーでは無敵の存在であることを証明した。


ランチア・ストラトス(1972年)

ビターCD(1973年)

ここで1つ、珍品を紹介する。1969年にプロトタイプとして発表されたビターCD(Bitter CD)は、4年後のフランクフルト・モーターショーで市販モデルが公開され、大好評を博した。しかし、シボレー製327ci(5.4L)V8を搭載していたため、オイルショックに見舞われ、成功する見込みは消えてしまう。結果的に、ビター・オートモーティブは1973年から1979年の間に395台のCDを販売するにとどまった。


ビターCD(1973年)

フィアットX1/9(1973年)

英国でMGBやトライアンフ・スピットファイアのようなフロントエンジン車が生産されていた頃、手頃な価格のスポーツカーというテーマに新たな挑戦者が現れた。フィアットX1/9だ。エンジンが真ん中にあるだけでなく、洗練されたデザインのボディにはポップアップ式のヘッドライトを備えていた。17年間で15万台以上のX1/9が生産され、後のモデルは米国でもベルトーネのバッジを付けて販売された。


フィアットX1/9(1973年)