契約更新後に電撃発表…南葛SCのFW赤秀平が現役引退。理由は体調面でのドクターストップ「最後まで誠実でありたかった」
赤粼は2013年に筑波大から鹿島アントラーズに加入し、プロキャリアをスタート。2015年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)では4試合で2得点を挙げ、ニューヒーロー賞を受賞するなど存在感を示した。その後はガンバ大阪、川崎フロンターレ、名古屋グランパス、ベガルタ仙台を渡り歩き、昨シーズンからは南葛SCでプレーしていた。
「このたび、サッカー選手を引退することを決めました。様々な要因がありますが、サッカーに対して最後まで誠実でありたかったことが一番の理由です。
いちき串木野市にある神村学園附属幼稚園でサッカーと出会い、串木野FCへ入団しました。転校した影響でパルティーダ鹿児島にチームを変えて、桜島の灰で泥んこまみれになりながら仲間とサッカーを楽しみ、暗くなったら車のヘッドライトをつけてリフティングの練習をすることもありました。
生まれ育った鹿児島を離れて進学した佐賀県立佐賀東高校では、全国大会で活躍する姿を夢見て、陽が上がり陽が落ちるまでボールを蹴る日々で、ひたすらサッカーに没頭していました。多くの人から助言をいただき、筑波大学へ進学し、蹴球部の同期と過ごせた日々は何にも変えがたい時間で、卒業してからも各方面で活躍している仲間の姿が、今でも常に刺激になっています。
大学卒業と同時に、鹿島アントラーズへ入団させてもらい、そこからガンバ大阪、川崎フロンターレ、名古屋グランパス、ベガルタ仙台、南葛SCと数多くの素晴らしいクラブでプレーさせてもらいました。全てのカテゴリーで指導してくれた監督やコーチ、クラブスタッフ、そして一緒にプレーしてくれた選手の方々に心から感謝しています。
そしてクラブだけでなく、住んでいた場所やご縁があり出会えた人のことを好きになり、いつかまた帰ってきたいと思える場所がたくさんできたことが、サッカーが僕にくれた最大のプレゼントです。これからについてはゆっくり考えながら進んでいきたいと思います。
どんな時も僕を応援し続けてくれた皆さま、僕が所属していたクラブを愛してくれている皆さまに対して、人生をかけて恩返ししていきたいと思っています。皆さま、本当にありがとうございました。
最後になりますが、家族のサポートがなければ、僕は大好きなサッカーをここまで続けてこれませんでした。高校時代、全国大会だけでなく、県予選から必ず応援しに会場まで来てくれた家族と親戚のみんな。そして、喜怒哀楽を常に共有してくれた妻と子供たちに感謝の気持ちを伝えたいと思います。本当にありがとう」
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
【PHOTO】際立つデザインがずらり! Jクラブの2023年シーズン新ユニホームギャラリー
