転職エージェントを活用して転職したものの、いざ働き始めたら「希望の仕事ができなかった」「聞いていた話と違った」というケースは少なくない。ジャーナリストの溝上憲文さんは「登録するエージェントの担当者がどんなに熱心に勧めてきても、その求人案件が転職先のどの役職者から寄せられたものか、自分の希望を叶えられるのかなどをよく吟味すべきだ」という――。
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転職者の3分の2は「給料が増えない」現実

4月に入社した人は1カ月が経過した。

新卒の場合、実際に仕事を始めて、「こんなはずではなかった」と早くも転職を考えている人も少なくないのではないか。転職者の場合も「イメージと違う」と次の転職先を転職エージェントに打診する人もいるかもしれない。

言うまでもないが、転職を成功させるのは簡単ではない。

・前職より高い給与が望める
・休日が多く労働時間も短いなど労働条件が良い
・自分の能力やスキルを生かせる

そんな希望を抱いて転職する人も多いが、理想と現実に悩み、「え、聞いていないよ」と言いたくなる出来事が頻発する。

そもそも前職より高い給与を目指して転職しても給与が上がる人は少数派だ。大手転職エージェントの幹部は言う。

「景気が回復しているので転職しやすくなっているが、収益に直結する一部の高い専門性を持つIT人材などを除いて、給与が同じか下がるのが普通だ。前職でそれなりに会社に貢献していても転職すると環境が変わるので当初は貢献度が下がるために給与を下げて入社するのが一般的」

実際、厚生労働省の調査によると転職後に賃金が増加した人は34.9%もいるが、一方で減少した人が35.9%、変わらない人が28.4%。64.3%の多数が現状維持か下がっているのだ(令和2年雇用動向調査結果)。

しかも転職すると退職金と合わせた生涯賃金は下がるのが普通だ。労働政策研究・研修機構の分析(ユースフル労働統計2021)によると、転職なしの人と比べて転職時年齢25歳の人の生涯賃金減少率は5%に満たないが、年齢が上がるにつれて減少率が大きくなり、40〜45歳の人は減少率10%前後と最も大きくなっている(製造業の1000人以上の男性大学卒総合職相当)。

生涯賃金でみると転職は割に合わないことになるが、それでも労働環境などの働きやすさや自分が好きな仕事をやりたくて転職する人もいるだろう。しかしそれが本当に実現できるのか、実際は難しい。なぜなら1〜2回の面接程度で見極めることができるのかという問題がある。そうでなくてもコロナ禍でオールオンライン選考での中途採用も増えている。

転職エージェントの「熱心な勧誘」に乗っていいのか

中途採用はスキル重視の即戦力採用と言われるが、求職者の持つ専門性と会社が求める専門性のマッチングは意外と難しい。実は本人も自分の得意分野など専門内容をよく理解していない人も少なくなく、一方求人企業も細かい専門性まで要求することが少ないからだ。

たとえば転職エージェントに登録し、コンサルタントから熱心に勧められて転職を決意したが、やりたい仕事ができずに数年後に別の会社に転職した40歳の人事部の男性はこう語る。

「前の会社の人事部では人事全般の仕事をこなしてきましたが、転職先では管理職相当のポストに就き、人事と事業部の架け橋になる仕事がしたいと希望していました。しかし、転職エージェントのコンサルタントは仕事に対する思いはあまり聞かず、どこかおかしいなと思っていたのですが、オーナー社長と面談し、風土を変えたいので手伝ってほしいと言われ、入社しました。

しかし、入社すると採用担当の課長にはなりましたが、やりたい仕事はやらせてもらえない。結局、採用業務で地方の大学のドサ回りが主な仕事です。また、オーナーもどこまで本気で会社を変える気があるのかわからなくなったのです」

希望した仕事がやらせてもらえなければモチベーションも下がる。実はこうしたミスマッチの原因は求職者と求人企業の双方にある。求職者の問題について前出の転職エージェントの幹部はこう語る。

「大手企業出身者であれば一定の専門性と何らかのマネジメント経験があるが、単に課長としてこんな仕事をしていましたというレベルしか説明できない人が多い。どんなメンバーに対してどのようなマネジメントをしていたのか方法論や自分の考え方を明確に説明できるようにすることが大事。さらに専門性についてはどんな仕事の経験を積んできたのか、何が得意で何が不得意なのかを整理し、転職先では具体的にどんな仕事をすることで貢献できることを説明できるようにすることが大切だ」

自分の強みを細かく説明できなければ相手に伝わらないということだ。一方、求人企業の問題として、いくら本人が得意とする専門性を持っていても必ずしも生かされないケースもある。

たとえばビッグデータを処理して新規事業の芽を生み出す役割を担うデータサイエンティストを5年ほど前にあらゆる企業が積極的に採用しようとした。

ところが入社してもサポート体制ができておらず、会社のビジョンも明確ではなかったために人材を使いこなせずに去ってしまったデータサイエンティストも多かった。

今で言えばデジタル人材やDX人材だろう。新設のデジタル庁が民間企業から多く採用したが、結局、活躍の場が広がらずに去ってしまった人も少なくないといわれる。

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■人生を変える「転職の失敗」を回避するための注意事項

こうした失敗をしないためにはどうするか。数社の人事部を渡り歩いた経験のあるA氏(42歳)は「相手の責任者の言質を取ること」だと言う。

「正直言って入ってみないとわからないことも多い。入社前はエージェントも相手の人事担当者もこんなことができますよと言うが、実際に入ると、そんな仕事は期待していなかったというのはよくある話だ。入る前に自分がやりたいことの最低限の仕事についてきっちり言質をとる。しかも口約束であっても人事部門の責任者と話をすることだ」

また、エージェントから求人案件を持ち込まれたときの注意点として、こうアドバイスする。

「求人企業の中途採用グループのマネージャーから依頼を受けた案件なのか、それとも人事のトップが動いている案件なのかをチェックすること。

もし、採用マネージャーの案件で面談すると、仮に求職者が優秀だと『将来この人は自分の上になるかもしれない』と思い、いい顔をしない。実は自分も前職でそういう面接を経験したことがあるので気持ちはわかる。採用担当者の思惑で入社後に不利な状況に置かれる可能性もあるので、よく観察したほうがよい」

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本当にマッチングが成功するかどうかは、どんなに事前にリサーチしても入社してみないとわからないのが実情だ。

その最たるものが「人間関係」だ。

仕事の成果は上司やチームの協力・連携で成し遂げるものだ。上司やチームとの関係が悪化すれば転職は失敗に終わる。

エン・ジャパンの「職場の人間関係」調査(2022年2月4日)によると、転職先での人間関係に不安を感じている人の割合が87%と高い。

特に誰との関係に不安を感じるかの質問では「直属の上司」(81%)、「先輩」(71%)、「同僚」(67%)が突出している。直属の上司は全世代を通じてトップだ。新卒社員が恐れる「上司ガチャ」は中途採用でも同じなのだ。

■大企業からの転職者が肝に銘じるべき4ポイント

一方、中途採用で管理職に採用されても「人間関係」で失敗するケースもある。労働政策研究・研修機構が調査した中途採用企業(情報システム開発業100〜299人)のC社はそれまで大手企業出身の40歳以上を管理職として採用していたが2019年から採用を中止した。その理由についてこう述べている。

「彼ら(40歳以上大企業社員)がC社のような中小企業に転職するのは、より高い役職に就くことが動機であると見られ、仕事上の能力は大手企業の中で管理職になれる人々と比べるとかなり劣っている。また、大手企業からの転職者は前の会社の理念や組織文化に染まっているので、C社に転職してくると『前の会社では』といった姿勢になりがちで、C社の組織文化と摩擦を引き起こす可能性が高い。ラインマネージャーを中途で採用した部署で、優秀な若手がやる気を無くしてしまい、相次いでC社を退社するという経験をしたこともあり、上述の方針決定(採用中止)に至った」(「ミドルエイジ層の転職と能力開発・キャリア形成」2022年3月)。

大企業からの転職者に対してかなり厳しい見方をしている。前職の組織文化を引きずって転職すると人間関係を悪化させ、結果的に転職が失敗に終わる事例だ。実際にそういう人が多いのだろう。

前出の転職エージェントの幹部は「転職先で失敗する人に共通するのが『我が強すぎる』『プライド高く、謙虚さに欠ける』『古巣との比較をしてしまう』『過去の地位や人脈にこだわる』という4つだ。転職先に溶け込むうえで大事なのがバランス感覚と柔軟性。あくまで新人だという意識を持ってその会社のやり方、文化を学ぶこと」とアドバイスする。

転職先の人間関係でどんな落とし穴が待っているかわからない。肝に銘じるべき言葉だ。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)