【完全解剖】水谷豊45年の役者人生からみる、「相棒」杉下右京ができるまで

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『相棒season11』の後半戦が始まった。新たな相棒として甲斐享(成宮寛貴)が登場し、杉下右京(水谷豊)とのコンビネーションは亀山薫(寺脇康文)や神戸尊(及川光博)の時とはまた違ったものになったが、元日スペシャルまでの平均視聴率は16.6%で、前作のseason10と変わらない支持を得ている(ビデオリサーチ社調べ・関東地区)。

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それにしても、これだけタイプが違う相棒と組みながら、その基本的な姿勢は崩さず、しなやかに対応していく杉下右京というキャラクターの完成度は、改めてスゴイなと思う。そこで今回は、水谷豊という役者の歴史を振り返りながら、『相棒』の主人公・杉下右京がどのように作られていったのかを紐解いてみよう。

■■主演デビュー作の役は狼男

水谷豊が劇団ひまわりの出身で、10代の頃から役者をしていたことは、比較的よく知られていると思う。時々、懐かしのドラマを集めたような番組でも当時の映像が出てきたりするので、見たことがある人は多いかもしれない。そういう時によく使われるのが、1968年から69年にかけてフジテレビ系列で放送された『バンパイヤ』だ。その前にも『マグマ大使』にゲスト出演しているのだが、一応このドラマが水谷豊の主演デビュー作ということになっている。

『バンパイヤ』は手塚治虫の同名漫画を映像化したもので、実写とアニメを合成して作られた作品。水谷豊は、月の光を浴びると狼に変身してしまう、主人公のトッペイという役だった。内容的には、シェークスピアの「マクベス」をベースにした作品で、悪に導かれていく人々の姿や、変種に対する差別なども織り込んで描かれていた。ただ、連載されていた雑誌が途中で休刊になってしまったため、原作自体が未完となり、ドラマも終盤はやや無理な展開になっている。それでも、CGが無かった時代の変身シーンや、なにより若き日の水谷豊が見られるということで、見どころは多い。さらに、主人公のトッペイは、上京してアニメの制作会社で働くことになるのだが、そこが虫プロで、手塚治虫も本人役で出演している。それだけでも一見の価値がある作品だ。

『相棒』の杉下右京は、とにかく冷静で、理論的にものを考えるキャラクターだが、妙にオカルトや怪奇的な現象に興味を示したりすることもある。ちょっと意外な一面だが、そもそも水谷豊が本格的に役者の道をスタートさせた時の役は、月夜に変身する狼男だったのである。

■■アウトローのイメージが強かった20代

水谷豊は、大学を目指していた時期に一度役者を辞めているが、すぐに芸能界に戻ってくる。そして、ゲストとして出演したのが、刑事ドラマの代名詞『太陽にほえろ!(1972年〜86年、日本テレビ系)』だった。マカロニ刑事(萩原健一)時代の第1話と第30話、ジーパン刑事(松田優作)時代の54話と109話、計4回の出演を果たしている。のちに刑事役として活躍する前に、まずは『太陽にほえろ!』という国民的な刑事ドラマで犯人役を経験していたわけだ。

70年代半ばくらいまでの水谷豊は、やはりアウトローのイメージが強く、不良やチンピラのような役が多かった。ただ、そんな荒っぽい役であっても、水谷豊はそれを魅力的に演じていた。萩原健一と共演した『傷だらけの天使』はその代表で、当時の若者は彼らのスタイルにかなり影響されたものだった。このドラマでの水谷豊は探偵事務所の調査員だったが、世の中の片隅で這いつくばって生きていく若者の怒りと挫折を全身で表現していた。学歴も金もなく、孤独に死んでいく様は、ある意味『相棒』の杉下右京とは対極に位置する役だったかもしれない。

1976年から断続的にNHKで放送された『男たちの旅路』でも、水谷豊は当初チャラチャラとした若者の象徴のような役だった。警備会社を舞台にしたドラマで、主演は鶴田浩二。1976年というのは、日本の総人口の中で戦後生まれの割合が初めて半数を超えた年で、その年に山田太一が戦争を知る世代と知らない世代とのぶつかり合いを描いた作品だった。

時代が変わっても、変わってはいけないものがあると正論を言い続ける鶴田浩二に対して、若い水谷豊が反発しながらも、その信念を貫く生き方に信頼を寄せていく姿が印象的だった。

決して情に流されることも、組織や政治の力に迎合することもなく、間違っていることは間違っていると言い続ける杉下右京の姿は、この『男たちの旅路』の鶴田浩二を彷彿とさせる。考えてみれば、あの頃の鶴田浩二の年齢を、水谷豊はすでに超えているんだな。そうと思うとなんだか感慨深い。

■■『熱中時代』は役者としての大きな転機に

1977年には、山口百恵で有名な赤いシリーズの5作目『赤い激流(TBS系)』に水谷豊は主演している。山口百恵は第一話にゲストとして出演しているだけだが、平均視聴率25.5%、最高視聴率37.2%と、赤いシリーズの中では最高の数字を残した作品だった。このドラマでの水谷豊は天才的な才能を持つピアニストで、劇中でショパンの「英雄ポロネーズ」、リストの「ラ・カンパネラ」、ベートーベンのピアノソナタ17番「テンペスト」を弾いている。

当時、水谷豊はピアノが弾けなかったが、このドラマのために特訓したらしい。もちろん、実際の撮影ではプロが弾いているのだが(羽田健太郎)、水谷豊の指の動きは本当に弾いているような迫力があった。そして、『相棒season3』の第15話「殺しのピアノ」では、杉下右京として再びショパンの「英雄ポロネーズ」を弾いている。

翌年の1978年から始まった『熱中時代(日テレ系)』は、水谷豊の人気を決定的にした作品だった。小学校の先生を演じた第1シリーズは最高視聴率が40%を超え、その後、刑事編、再び先生編、さらに先生編のスペシャルなどが作られた。刑事役は1975年にも『夜明けの刑事』という作品で演じているが、主演としてはこの『熱中時代〜刑事編〜』が最初だと思う。ドジだけど真っ直ぐな新米刑事を、水谷豊はコミカルに演じていた。

『相棒』の杉下右京には「はい?」や「細かいところまで気になってしまうのが僕の悪い癖」などの口癖があるが、この『熱中時代』で演じた刑事では、「ごきげんだぜ〜」というのが口癖だった。

この『熱中時代』あたりから、水谷豊にアウトローのイメージはなくなった。ただ、今でも杉下右京が犯人に対して激昂するシーンなどを見ると、とんがった役を多くやっていた頃の水谷豊を思い出す。その境目となった『赤い激流』や『熱中時代〜刑事編〜』がともにDVD化されていないのは、なんとも残念だ。

■■『刑事貴族』のキャスト入れ替えが『相棒』への布石

80年代以降の水谷豊は、刑事、探偵、事件を追う記者などの役が多くなり、『浅見光彦ミステリー』『地方記者・立花陽介』『探偵左文字進』など、シリーズ化する作品も多くなった。そんな中、刑事モノでは1989年に放送された『ハロー!グッバイ』で、初めてキャリアの刑事役を演じることになる。この時の設定が、ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)に2年間赴任していたというものだった。ちなみに『相棒』の杉下右京は3年間の赴任。

『ハロー!グッバイ』は日テレ系金曜8時からの放送だったが、ここは『太陽にほえろ!』を放送していた枠で、1990年4月からは舘ひろし主演の『刑事貴族』が放送されていた。ところが、10月からテレ朝で石原プロ制作の『代表取締役刑事』という作品が始まることになり、舘ひろしはそちらに移ってしまった。そこで、『刑事貴族』の第2、第3シリーズは、水谷豊が主演することになったのだ。この時に共演したのが、のちに杉下右京の元妻・たまきを演じることになる高樹沙耶(現・益戸育江)であり、亀山薫を演じることになる寺脇康文だった。

寺脇康文はもともと水谷豊のファンであることを公言していたが、『刑事貴族』での共演がなかったら、初代の相棒に起用されていたかどうかは分からない。そういう意味では、『刑事貴族』のキャスト変更は、現在の『相棒』につながる大きなキッカケだったかもしれない。ちなみに、このドラマでの水谷豊の口癖は「あ〜、お恥ずかしったらありゃしない」で、寺脇康文の口癖は「唖然くらっちゃうな」だった。

そして、1994年から99年にかけて、テレ朝系の土曜ワイド劇場で5回に渡って放送された水谷豊主演の『探偵事務所』が、実質的に『相棒』へつながる作品となる。原作である鳥羽亮の「探偵事務所シリーズ」をすべて映像化してしまい、新たなシリーズを企画することになって生まれたのが、『相棒・警視庁ふたりだけの特命係』だ。これがいわゆるPre seasonの『相棒』で、この時に杉下右京は誕生した。

土曜ワイド劇場枠では3回放送され、視聴率は17.7%、22.0%、17.4%。これを受けて、2002年10月から水曜9時枠での連ドラがスタートし、現在に至っている。

以前、水谷豊はインタビューで「30代、40代でしてきたことは、すべて50代への準備だった」と話していたが、杉下右京というキャラクターの中には、確かにこれまでの水谷豊の歴史がある。その40年を超えるキャリアがあるからこそ、たとえ相棒が変わったとしても杉下右京の魅力は失われないのだ。

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