日本交通ver.には社長、社長夫人、タクシー運転手も登場

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■ダンスPVは仮想社員運動会

カモンカモンカモンカモンベイビー♪ と職場でダンスする人々。このところ、企業や官庁などの社員、職員がみんなでAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」(略して恋チュン)に合わせて踊る動画が次々とアップされ、話題を呼んでいます。公開しているのは、IT企業のサイバーエージェントやアパレルのサマンサタバサなど若い社員の多い企業から、タクシー大手の日本交通、佐賀県庁、神奈川県庁など様々。どの動画も、社員、職員の方々がそれぞれの持ち場で曲に合わせて踊る様子をつなぐ組織紹介VTRのようなつくりになっています。

ノリノリで踊る社長や知事、真面目な顔で踊る警備員のおじさん、エプロン姿で踊る食堂のおばさんたちなど、その様子はなんともほほえましく、また「こんな部署もあるんだ……」などと、興味深くもあり、ついつい見入ってしまいます。気になる方は、ぜひネット検索して見てみてください。

きっかけとなったのは、AKB48グループのスタッフが踊るPVで、その後、様々な企業、団体に広がりました。プロモーションの一環としてAKB側から話を持ちかけられたところもあるようですが、自主的に始めたところも多いようです。

このような「社員ダンスPV」は組織にとって、どんな意味があるのでしょうか。

当然ですが、1番の目的は宣伝、PRです。ネット上で話題となりテレビなど様々なメディアにも取り上げられた結果、サイバーエージェント、神奈川県庁のPVは、再生回数が200万回を超えています。サイバーエージェントでは「会社のカルチャーを伝えることで、採用活動への効果も期待したい」とのこと。確かに「若い人が多くて楽しく仕事ができそう」と、志望者も増えそうです。

表向きは宣伝、PRですが、組織の内側に目を向けてみると、「これはダンスPV公開による組織開発である」という見方もできます。ちなみに、組織開発とは様々な定義がありますが、ここはひとまず「組織のメンバーのつながりを強くし、組織力を高める活動」とお考えください。

こうした活動でぱっと思いつくのは、往年の社内旅行や社員運動会です。旅行や運動会に参加することで、仕事以外のつながりができ、人間関係も円滑になります。また、社員運動会では、社員の家族も組織内に取り込むことができました。社内旅行や社員運動会は社員の愛社精神を育む経営的な活動という側面があったのです。

しかし、これらは「失われた20年」を経て、すっかり過去のものとなりました。社内旅行や社員運動会が流行らなくなった最大の理由は経費削減ですが、組織の多様化も理由の1つでしょう。今、組織には、正社員だけでなく様々な雇用形態の人が働いています。出入りも激しい職場で、全員に参加を求めることは敷居が高く、難しくなっています。

ですが、組織が多様化している今だからこそ、組織開発の必要性は以前よりも高まっています。そんな中で「恋チュン社員ダンスPV」は、低予算でできる新たな組織開発活動、「仮想空間での社員運動会」と見ることができるのではないか、と思うのです。

■みんなで踊ってイノベーション!?

この「恋チュン社員ダンスPV」が新しい組織開発活動として秀逸な点は、「敷居の低さ」と「ダンスを踊る」ところにあります。

まず「敷居の低さ」ですが、このPVは、ダンスシーンを細切れにつないで構成しているというのがミソです。ダンスを1曲分習得するのは難しいですが、一部分だったら、ちょっと練習すれば踊れます。つまり運動会や旅行よりははるかに敷居が低く、誰でも参加可能なのです。

また、職場で「ダンスを踊る」ことは、いつもとは違う非日常的な時間をもたらします。神奈川県庁では、「課長、ダンス下手ですね(笑)」と若手職員が年配職員を指導。いつもと立場が逆転するような場面もあり、和やかな雰囲気が生まれたとのこと。「職場の連帯感が生まれた」「普段はあまり話さない同期と話ができ、仕事のモチベーションが上がった」「今まで話したことがなかった人と話すことができた」(神奈川県庁)など、職場のコミュニケーションの活性化にもつながったようです。

そして、全職場のダンスをつないだPVには仮想の祝祭空間が生まれ、社員たちは皆「同じダンスを踊った仲間」となります。サイバーエージェントでは「ジャカルタオフィスから『PVに参加したことで、現地社員のグループ内での一体感が増した』という声がありました」とのこと。さらには「『お父さんの職場って楽しそうだね』と家族との会話も弾んだ」など、社員の家族向け会社見学会のような効果もあったようです。

さらに言えば、「社員ダンスPV」は、革新的な商品・サービスを生み出す風土とも全く無縁ではありません。

革新的な物事を生み出す組織には、非合理的なものを受け入れられる耐性が必要だと言われています。「歴史的に重要な合理性ほど、非目的的で非合理的なものに支えられて誕生している」(マックス・ウェーバー)という言葉もあるように、状況が刻一刻と変化していく世の中において、むしろ非合理的な選択が革新的な創造という成果につながる場合もあるからです。そう考えると、「得体の知れないダンスに挑戦できる組織」かどうかは、組織の中の非合理性耐性を診断する手段とも解釈できます。もちろん、ダンスをしさえすればイノベーションが生まれるわけではありませんが(笑)。

■タクシー運転手が協力したワケ

「社員ダンスは楽しそうだけど、お堅いウチの会社では絶対無理!」と思ったあなた。そんなあなたは、年配のタクシー運転手さんたちが楽しげに踊る日本交通バージョンをぜひご覧ください。

発案者は、入社1年目社員の山本智也さん。「若い人へのイメージアップになり、企業のブランディングにつながるから」と、社長に直訴したそうです。社長のゴーサインが出たものの、年配者の多い現場は「この忙しいのに、なにやらせるんだよ!」と非協力的。そこで、女性のダンス講師に指導をお願いし、なんとか踊ってもらったそうですが、結果は「人は体を動かすとみんな笑顔になります。踊った後はみんなハッピーでした」(山本さん)。自然に笑顔を引き出し、日常を非日常的な祝祭空間に変えてしまうのは、まさにダンスの力によるものです。

PVが公開され、話題になってからは、タクシーの乗客から「動画見たよ」と声をかけられた運転手も増え、共通の話題ができたことで社内のコミュニケーションも増えたといいます。「当初はブランディング向上を目的に始めましたが、結果として社内の団結力が高まるという副産物が生まれました」(山本さん)。

いかがでしょうか。忘年会シーズン、ここはひとつ皆さんの職場でも「恋チュンダンス」に挑戦してみてはいかがでしょう? え、だったら、あなたの大学ではやらないのかって?(苦笑)。

(東京大学大学総合教育研究センター准教授 中原 淳 構成=井上佐保子)