ドーハの悲劇から18年…日本代表の目標はW杯出場から優勝へ

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 1993年10月28日は日本サッカー界にとって最も印象深い1日として歴史に刻まれている。それまでワールドカップに出場した経験がなかった日本はカタールのドーハ、アルアリ・スタジアムで悲願の出場権獲得に向けて試合に臨んだ。

 ワールドカップ・アジア最終予選イラク戦。勝てば出場権獲得。試合は日本が三浦知良、中山雅史の得点で2−1とリードをし、終盤を迎えた。しかしロスタイム、ショートコーナーからのクロスボールに対応できなかった日本はイラクに同点ゴールを許し、つかみかけていた“夢”を逃すことになった。世に言う“ドーハの悲劇”である。

 だが日本サッカーはJリーグの開幕と共に目覚しい発展を遂げ、1998年ワールドカップ・フランス大会に初出場を果たすと、2002年には韓国と共にワールドカップを共催。初勝利、そして初のベスト16進出を果たした。2006年のドイツ大会は惨敗に終わったが、2010年南アフリカ大会では再び決勝トーナメントに進出。選手個々を見ても、長友佑都や長谷部誠を筆頭に、ヨーロッパでプレーする選手が増え、日本人選手へ対する評価も高まってきている。

 時代は大きく変わった。“たった18年前”、日本代表の目標は「ワールドカップ出場」だった。そして18年後の今日、南アフリカで本田圭佑ら選手たちが口々に話していたように、目標は「ワールドカップ優勝」へと変わった。Jリーグには18年前を知らない、18歳以下の若手選手が登場。そして男子より一足先に、なでしこジャパンはワールドカップ制覇を成し遂げた。

 日本サッカーが世界的に見ても異例のスピードで発展を遂げた背景には、先人たちの思いやドーハの悲劇の影響があったことは明らかだろう。1993年10月28日、夢を打ち砕かれて流した涙は、決して無駄になることなく、今日へとつながっている。

[写真]=兼子愼一郎

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