ツイッターでうつ病を克服した@mayami_botの真実(特別寄稿1) 闘病記「ハサミの使い方も忘れました。」
今回は番外編。
実は“なかみきさん”こと前田氏が、自らその闘病模様を記していた。
インタビュー後編を掲載する前に、ご本人が綴った闘病生活を紹介したく、今回は特別寄稿編として掲載させていただくことにした。
今だからこそ語れる、本人だからこそ語れる闘病記。
ここに今、彼の未来がある。
ハサミの使い方も忘れました。
■ちゃんとハサミを使えたボクの話。
それまでのボクは、ケータイサイトを作るベンチャー会社でちゃんと働いていました。
その会社は社長とボクとボクの友達で作った小さな会社。
2000 年に誕生し、2007 年には株式上場。
最初は4 人だった社員も今では150 人強に。
そんな中でちゃんとした給料をもらい、ちゃんとした役職ももらい、ちゃんと仕事をしていました。
逆にそんな風に頑張っている自分が誇りだったし、「最近寝る暇も無い位忙しい」ってことが自分にとっては「美談」でした。
気づいていただけましたか??すべて過去形です。
そうボクがちゃんと普通に「ハサミ」を使えてた頃の話。
ここで一度考えてみてください。
あなたの「ちゃんと」って、本当にちゃんとしてますか?
あなたの「普通」って、本当に普通ですか?

前田氏の作品
■ハサミの使い方を忘れました。
意外と自分自身の事って自分ではわかりません。
「ボクってカッコいいのかなぁ?」とか「ワタシってかわいいのかなぁ?」ってのは、「誰か」と自分を見比べて、鏡の前で悩めばわかるかもしれません。
「自分って健康なのかな?」ってのは、健康診断を受ければ解決します。
「もしかして、ボクって精神的におかしくなってきたのかも?」っていうのは案外自分では気づかないものかもしれません。
幸いにも(?)ボクには兆候がありました。
ある日突然「ハサミの使い方」を忘れたんです。
ハサミを見て「あ、これはハサミだ。」ってことはわかるんです。
でも「何に使うものなのか?」ってことが分からないんです・・・。
「何かの道具」だって事は覚えてるんです・・・。
でも、「何のための道具なのか?」って事が思い出せないんです。
他にも「会社の資料を作っているときに誤字脱字が増えてきた」「会社の会議などスケジュールを覚えていなかった」「机の上に置いてあるお茶が、いつ注いだものかわからなかった」など、いろんな兆候がありました。
でも、なにより会社に行きたくなかった。上司に会いたくもなかった。部下にも会いたくなかった。
この時期、会社でボクの身に何があったのかというと上司が変わったことくらい・・・。
その方は他社から転職してきた方で、もともとは凄くボクとも仲良くしてくれていました。
冗談を言いあったり、喫煙室で長い時間話をしたり・・・。
ところが、直属の上司になった途端そんな関係は造り物だったことに気付きます。
喫煙室で顔を合わせると、不機嫌な顔をされ一言も口を聞くことはありませんでした。
仕事で分からないことを聞くと「今忙しい。それくらい自分で考えろ。」と一蹴され、取引先に向かう電車の中で「あんたってこの会社に8 年間もいて今までどんな実績上げてきたの?何も無いんじゃない?あったら私の耳にも入ってくるけど。本当は社長もあなたの事なんて要らないと思ってるんじゃない?」なんて事も言われました。
さすがにきつかったので他部署の偉い方A さんB さんに相談しました。
なんとなくですが、「社長が僕自身を鍛え上げるために、この上司にそう言ってあるのかな?」なんてポジティブに思ってた事もあって。今までの同僚としての距離感ではなく、上司と部下の距離感で接してくれているから、こんな冷たい態度なのかな?って思ったから・・・。
その数日後。上司に会議室に呼び出されました。
「あなた、A さんとB さんに何か相談したらしいじゃない?」
その一言で目の前が真っ暗になりました。
信じていたA さんB さんもボクの味方では無かったんだ・・・。
その真っ暗な目の前を真っ白にしてくれる一言がやってきます。
「そんな事くらいで他人に相談するし、仕事もできないし、あんたなんて生きてる価値ないんじゃない?」
『ボクはこの会社に必要とされてない役立たずなんだ。』
『もうこの会社に居たくない。』
そんな気持ちがボクの心のすべてを満たしていきました。
家族にも相談し、近所の心療内科のドアを叩きました。
でもそれは、自分の兆候(症状)を相談し解決してもらう為じゃなく、会社に行かなくてよくなるように「診断書」を書いてもらうためでした。
そう。ハサミの使い方を忘れてしまったボクは、もう一度ハサミを使えるなるようになることよりも、いまの現状(会社)から逃げ出したかったんです。
もう一度ハサミを使えるようになりたいなんて気持ちはこれっぽっちもありませんでした。
■ハサミの使い方を思い出した今のボク。
最初に今のボクの生活をご報告します。
1年2ヶ月という長い休職期間を経て、この度元の会社に復職いたしました。
精神的にも安定しています。まだまだ薬は飲み続けていますが・・・。
でも、逆に薬さえ飲んでいれば普通に生活できるわけで、何てことはありません。
今だから思うこと・・・。
うつ病になる前の自分や生活には、絶対戻りたくないと思っています。
あんなに仕事人間だったボクが、会社と上手く距離をおいて物事を考えています。
趣味のカメラを持って出歩いたり、Twitter で沢山の人とコミュニケーションをとっています。
今でも人混みは苦手です。
でも、そんなとこ行かなくても生きていけるので不自由はありません。
そう。今までのボクは会社に100%依存していたんです。
特に趣味もなく、会社で評価されること・会社の仕事をこなすことだけが、ボクの生きがいであり、ボクの存在を必要としてくれる居場所だったんです。
そりゃぁ、その会社(上司)から「あんたなんて必要ない。」って言われれば、自分の居場所が無くなるんだから、うつ病にもなりますよ。
今のボクは、趣味であったり、美味しい食事であったり、大好きな自然だったり、友達だったり、Twitter だったり、いろんなところに居場所があります。
だから、会社で辛いことがあろうが平気です。逆に今の会社で無くてもいいやってくらいに思ってます。不思議と楽なんです。会社以外に帰れる居場所があるから。
ライフワークって言葉があります。
今までのボクは仕事をライフワークにしていました。
今のボクは仕事・会社を「ライスワーク」と考えています。
御飯食べるための仕事。要するに飯の種って事です。
それくらいに割り切ったお付き合いを会社や人間関係に置いてみると、多少嫌なことも我慢できるのかもしれません。上司にガミガミ言われても、新しいカメラのレンズを買うためなら・・・って。
では、ボクがここまで変わることが出来た経緯をご紹介します。

■休職できた。
「休職」ってボクの中では重病(骨折とか入院とか)の方しかできないと思っていました。
よく勘違いする人が多いのですが「うつ病は心の風邪」って言う人がいます。
うちの会社の総務の人も「うつ病は心の風邪だからちょっと休めば治りますよ。」なんて、気休めを言ってくれました。
ボク自身がまずは「うつ病は脳の病気」だと意識を変えました。
しかも外傷も見当たらない「脳の重病」だと。
だって、食欲もない・眠れない・何もする気が起きない・・・これって心(気持ち)でどうにかなるものですか?
「心」なんて自分の体のどの臓器かもわからないのに、「心の病気」とか「心の風邪」って言われることが本当に怖かったんです。だって、自分じゃ治しようも無いわけですから。
心療内科の先生やカウンセリングの先生から「うつ病は脳の病気です。」って聞いて、本当に安心しました。自分がおかしくなっちゃったのは「心(気持ち)」がおかしくなったんじゃなくて、脳がちょっと壊れちゃったんだなと。
しかも、ちゃんと薬があるのであれば、怖くもなんともない。何となく「心の病気」って言われると、自分自身がおかしくなったように思っちゃって怖かったんです。もう元に戻らないような気がして。
ボクは胸をはって休職することにしました。
当然の権利だと思いました。会社のストレスで脳に病気を持ったわけですから。
だから休職することに何の抵抗もありませんし、恥ずかしくもありませんでした。
最初の診断書で「3 ヶ月の休職期間を必要とする。」と記載してあったので、会社からは3ヶ月の休職期間をいただきました。
3 ヶ月で治るんだと思っていましたが、治りませんでした。
そして、会社の休職期間の限度である「6 ヶ月間」に休職期間を延長してもらいました。
多分、6 ヶ月で治ります。うつ病になる前の仕事人間の自分には。
ちょうど休職期間が終わる6 ヶ月後の頃、会社と面談を行ないました。
その時の総務の方の対応に疑問を覚えました。
毎回「前田さん、調子はどうですか?」と聞かれ、ボクは「たまに、メマイとかします。人の多いところとかだと。」と答えます。
事実、今でもそうですが・・・。
それを「前田さんからの明確な復帰の意思、どこに復帰したいかの意思表示がありません。」と言うふうに社長や取締役に報告していたようなのです。
人混みでメマイやパニック障害を起こしている状況で「はい!もう大丈夫です!元の部署で働かせてください!」なんて言える人はいないと思います。
そして、そもそもの根本的な疑問を持ったんです。
「あれ?ボクはなんでうつ病になったんだろう・・・。」って。
この時、自分の持っているすべての感情を会社にぶつけました。
だって「会社にうつ病にさせられた」と思ったから。
もう、休職期間も終り自然退職(自己退社)になるんだから、言いたいことは全部言ってやれ!って気持ちでした。
休職期間に入るときに社長からの伝言で「休職は認めるけど、戻ってきたら降格ね。」って言葉を頂戴してました。他にも上司から言われたことの全てを総務の人に報告し、「パワハラではないか?」と詰め寄りました。
そもそも、総務の人は現場で何が起こっているのかを知りません。
噂レベルで「前田さんは上司の人にこんな事いわれたらしい。」と言うことは聞いていても、本人の口から伝えなきゃわかってくれません。だから言いました。
スッキリしました。本当に。今までのストレスを全部吐き出したんです。
今思えば、抗うつ剤の副作用だったのかもしれません。
抗うつ剤の服用者が暴れたり言動が荒くなったりってニュースを見たことがありました。
今思えば、この頃のボクはそんな状態だったのかもしれません。
でも、今のボクは当時のボクを責めたりはしません。自己嫌悪もしていません。
薬の力を借りていたとしても、自分の気持を汚い言葉や罵声であれ会社に伝えられた自分を褒めてあげたいと思っています。
だって、それだけストレス溜まってたんですもん。
たまったストレスを吐き出させてくださいよ・・・。
今までいっぱい我慢してきたんだから。
今思えば、休職してすぐにストレートに会社に気持ちをぶつければよかったなぁとも思います。でも、そんな気力も余裕もなかったんですよ。
自分の気持を整理して、相手の言うことを理解し、自分の気持と照らし合わせ、思いを伝える気力と余裕を持つまでに半年掛かったってことです。
その半年間のことは正直よく覚えていません。
ひたすら寝て、きちんと薬を飲み、食べられるものを食べる。
人間として何とか生きている感じ。
でもきっと、気力を貯めこむ期間として必要な半年間だったんだと思います。
おかげで気持ちが会社へ伝わり、会社の規程が「病気の場合での休職は1 年間とする」と変更されました。ただこれに素直に感謝できるまであと半年かかりました。当時は当たり前だろって位に思ってました。
今思えば、ここからが本当の「闘病生活」の始まりでした。
(闘病記「ハサミの使い方も忘れました。」つづく)
前回の記事をアップした翌日、前田氏からこんなツイートをいただいた。
「今回は本当にありがとうございました。沢山の人から『ありがとう』を頂きました。そして、沢山の人に『ありがとう』を言えました。生きててよかった。本当にありがとう!!」
私は何も出来ない、何もしていない。
仕事柄、多くの人々の抱えきれない“事情”を見てきたが、何も出来ない自分がそこにいた。
今も何の役にも立っていないであろう。
でも少しだけこの言葉で、何かが変わる気がした。
ストレートで力強く、短いながらもすべてがそこには凝縮されている。
前田氏、こちらこそありがとう。
【Nicheee!編集部のイチオシ記事】
・「紙コップ」に情熱を燃やす協会
・“萌え”の魔の手 競艇界にも
・鯨波観光【狂】会だより
・ウェディングケーキはもう伸びないのか
・ツイッターでうつ病を克服した@mayamiki_botの真実
