6月8日、中国の習近平国家主席は7年ぶりに北朝鮮を訪問し、金正恩総書記と首脳会談を行った。国際政治学者の伊藤隆太さんは「中朝の関係は大きく変化している。習近平氏が満面の笑みで金正恩氏のもとに出向いた背景には、中国を締め上げる三重苦がある。中国は彼らを粗末に扱えなくなった」という――。
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2026年6月9日、北朝鮮の金正恩総書記(左)が、中国の習近平国家主席(右)が平壌国際空港を出発する際に見送る様子。北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)が2026年6月10日に公開したもの - 写真=AFP PHOTO/KCNA VIA KNS/時事通信フォト

■「満面の笑み」で友好アピール

中国の習近平国家主席が、7年ぶりに首脳会談で北朝鮮を訪問した。歓迎式典での「満面の笑み」は、中朝の揺るぎない友情を見せる舞台装置だった。

その一方で、北朝鮮はロシアに兵士を送り、中東ではイラン戦争がホルムズ海峡を揺さぶり、米国は台湾支援と朝鮮半島への関与を維持している。なぜ習近平は、いま金正恩を丁重に扱う必要に迫られたのか。

北朝鮮を、朝鮮半島だけの問題として見る時代は終わりつつある。金正恩はウクライナ戦争という欧州の戦場に兵士を送り、プーチンに「血の貸し」を作った。4月26日に配信されたロイターの記事によれば、北朝鮮はロシア軍とともに戦うため、推定1万4000人をクルスク方面に派遣し、韓国、ウクライナ、西側当局者は6000人超が死亡したとみている。

この数字は推定値である。戦死者数には報道によって幅があり、北朝鮮側とロシア側の説明は限られている。それでも重要なのは、金正恩が犠牲を国家的な顕彰へ変えたことだ。

4月28日に配信されたロイターの記事は、平壌で海外軍事作戦の戦没者をたたえる記念館が公開されたと伝えた。兵士の死は、ロシアに対する北朝鮮の発言力へ転化された。ここに中国の悩みがある。北朝鮮の後ろ盾がもう一つ増えたいま、頭を抱えているのは中国である。

犠牲を顧みない派兵を金正恩の暴走だと片づけると、肝心な構図を見落とす。問うべきは、かつて北京が「管理する側」だった北朝鮮に、中国の最高指導者がなぜこれほど丁重な笑顔を向ける必要に迫られたのかである。

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■習近平と金正恩の“力関係”に変化が

6月8日に配信された新華社の記事によれば、習近平は6月8日、国賓訪問のため平壌に到着し、金正恩と李雪主夫人が習近平夫妻を空港で出迎え、金日成広場では21発の礼砲を伴う歓迎式典が行われた。同じ記事によれば、習近平は会談で「7年ぶりに再び平壌を訪れ、とても温かく親しみを感じる」と述べた。

中国側の言葉は、異例なほど丁寧で熱烈なトーンだった。6月8日に配信された新華社の記事によれば、習近平は「国際情勢がどう変わっても」、中国共産党と政府が中朝の伝統的友好を重視する立場、金正恩の率いる社会主義事業への支持、両国共通利益の維持を不変のものとして示した。

6月10日に配信されたロイターの記事によれば、習近平は訪問後の謝意メッセージで、両首脳が「重要な共通認識」に達し、関係が新たな歴史的段階に入ったと述べたと朝鮮中央通信が伝えた。

公開写真や映像から指導者の本心を読み取ろうとするより、外交演出として読むほうが自然だ。6月9日に配信されたAP通信の記事は、北朝鮮政府提供写真について、独立記者の現場取材アクセスは閉じられ、内容の独立検証には限界があると注記している。

つまり、見るべきは笑顔そのものより、北京と平壌が世界に見せたかった親密さである。「不変」をわざわざ強調しなければならない時点で、実際の力関係はすでに揺らいでいる。

■北朝鮮は「厄介な防波堤」だった

中国にとって北朝鮮は、米軍との直接対峙を避けるための緩衝地帯である。

朝鮮半島北部に友好国があることで、米韓同盟の圧力を中国東北部の国境から遠ざけられる。6月5日に配信されたロイターの記事は、北朝鮮を中国にとって唯一の正式な条約同盟国と位置づけている。防波堤であり、火薬庫でもあるという二面性が中朝関係の核心だ。

北朝鮮の核・ミサイル開発は、日本、韓国、米国の安全保障協力を強め、国連安全保障理事会(UNSC)の制裁を招く。中国は平壌の暴走を嫌う。しかし北朝鮮を追い詰めすぎれば、体制崩壊、難民流入、朝鮮半島北部への米国の影響力拡大という別の悪夢が生まれる。

かつて北京は、この矛盾を「支えるが、抑える」という立場で処理してきた。燃料、食料、国境貿易、安保理での拒否権を通じて、平壌を一定の範囲に収める。その前提は、北朝鮮にとって中国がほぼ唯一の大国の後ろ盾だったことにある。いま、その前提が緩んでいる。

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■習近平の笑顔に隠された本音

習近平を追い込む要因は三つある。

第一に、北朝鮮がロシアという二つ目の大国の後ろ盾を得たこと。第二に、イラン戦争がホルムズ海峡を揺らし、中国の原油調達と中東外交を直撃したこと。第三に、台湾海峡と朝鮮半島が、米国の軍事資源と同盟網という一本の線でつながり始めたことだ。

この三つが同時に重なった状態こそ、習近平を平壌へ向かわせた「三重苦」である。習近平の訪朝は、隣国外交というより、手持ちのカードを守るための危機管理として読める。

三重苦の第一は、ロシアである。金正恩が手にした新しいカードは、モスクワだ。

2024年6月20日に配信されたロイターの記事によれば、北朝鮮とロシアは、どちらかが武力侵略を受けた場合、即時に軍事支援を提供する内容の包括的戦略パートナーシップ条約を結んだ。さらに2024年12月4日に配信されたロイターの記事によれば、この条約は批准書の交換によって発効した。

ロシアは、中国の意向に縛られずに動く大国である。反米という旗の下では連携しても、プーチン政権の最優先事項はウクライナ戦争の遂行である。必要なら、平壌と直接取引する。兵士、砲弾、政治的支持を得るためなら、朝鮮半島の緊張が高まるリスクも受け入れる。

北京から見れば、これは「裏切り」に近い動きに映る可能性がある。ただし、ロシアが中国を裏切ったと単純に断じるより、自国の戦争遂行を最優先した結果、中国による北朝鮮の管理が難しくなったとみるべきだろう。

6月10日に配信されたロイターの記事は、中朝双方の発表には差があり、北朝鮮は儀礼と対等性を強く見せ、中国は貿易、観光、法執行など実務面の成果を語ったと分析した。

金正恩は中露の利害のずれに入り込み、両国の間を動くことで自国の値段をつり上げている。

■イラン戦争が中国を締め上げた

第二の要因が、イラン戦争である。

2026年2月28日に始まった米国・イスラエルの対イラン軍事行動は、ホルムズ海峡の混乱、米イラン間の攻撃応酬、停戦協議までを含む一連の中東危機へ広がった。2月28日に配信されたロイターの記事によれば、イスラエルはイランへの先制攻撃を始め、米国との調整も報じられた。

6月10日に配信されたロイターの記事によれば、イラン革命防衛隊(IRGC)は、米軍がホルムズ海峡周辺のイラン標的を攻撃したことへの報復として、ヨルダン、クウェート、バーレーンの米軍基地をミサイルやドローンで攻撃したと発表した。

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中東で火が上がれば、米国の艦船、弾薬、外交注意力は引き延ばされる。同時に、中国の原油輸入、海上交通、対イラン関係も揺れる。北京には、米国の目が中東へ逸れる以上の懸念がある。中東危機が、エネルギー、台湾、朝鮮半島を束ねる米国の交渉圧力へ変わることだ。習近平の訪朝は、隣国外交というより、手持ちのカードを守るための危機管理として読める。

■習近平は北朝鮮を粗末に扱えない

そして第三の要因が、台湾海峡と朝鮮半島の連結である。それが輪郭を現したのが、5月中旬のトランプ訪中だった。

5月15日に配信されたロイターの記事によれば、トランプの北京訪問では、貿易とイラン戦争をめぐる具体的成果が限られ、習近平は台湾問題の扱いを誤れば衝突に発展し得ると警告した。米中首脳会談は友好演出に包まれたが、内側ではイラン、台湾、貿易が交差していた。

台湾海峡有事を想定すれば、米国は在日米軍・在韓米軍、海空軍戦力、弾薬、情報監視網を一体で運用する。朝鮮半島で北朝鮮が緊張を高めれば、米軍や韓国軍の注意は北へ割かれ、台湾正面に回せる余力は変わる。

逆に台湾海峡が緊迫すれば、日本の基地運用や米韓同盟にも波及し、朝鮮半島の抑止態勢も組み替えを迫られる。つまり北京にとって北朝鮮は、台湾問題から切り離された周辺国ではない。米国の同盟網に負荷をかけ、東アジア全体の軍事資源配分を左右し得る存在になった。しかも金正恩がロシアという別の後ろ盾を得た以上、平壌が独自に危機を演出すれば、中国の対台湾シナリオにも不確実性が入り込む。だからこそ、習近平は北朝鮮を粗末に扱えない。

原油、海上交通、台湾、朝鮮半島が同時に圧力線として浮かび上がると、北京は東アジアで手持ちのカードを維持する必要に迫られる。北朝鮮は、その一枚として急に重くなる。

■金正恩は「大きな勝利」を手にした

今回の会談で目立ったのは、成果を強調する言葉の多さと、その一方で核問題を正面から扱わなかった空白だった。6月10日に配信されたロイターの記事によれば、中朝双方は訪問の成果を強調したが、非核化や米国を議題の中心から外した。専門家は、北朝鮮の核計画が議題の前面から外れたことを金正恩にとって「大きな勝利」と見ている。

6月9日に配信されたAP通信の記事も、中国と北朝鮮の国営メディアで核問題への言及が後景に退いたことは、核保有国としての承認を求める金正恩にとって勝利になり得ると分析した。AP通信は、北京が最近、朝鮮半島の安定を優先し、非核化を2番目の目標に置くようになっているとの専門家の見方も紹介している。

6月8日に配信された新華社の記事によれば、金正恩は、近年、国際社会が前例のない深刻な変化を経験しているとしたうえで、北朝鮮は「一つの中国」原則を揺るぎなく堅持し、中国の核心的利益を守る政策と立場を断固支持すると述べた。

核問題を脇に置いたこの対応は、習近平にとって苦い。金正恩は核保有路線を鮮明にし、ロシアに兵士を出し、中国には台湾問題で支持を与える。その見返りに、北京は核問題を正面から責めるより、関係維持を優先したように映る。金正恩は、核、ロシア、台湾という三枚のカードを一度に机上へ置いた。北朝鮮に強気に出にくい構造は、ここに表れている。

■金正恩を引き留める側に回っている

中国には、経済力、軍事力、ロシアとの関係、グローバルサウスへの影響力がなお残る。それでも、平壌の戦略的価値が急騰していることは確かだ。

習近平の笑顔を、勝者の余裕だけで説明するのは弱い。なぜ習近平は金正恩を丁重に扱う必要に迫られたのか。答えは、ロシア、イラン戦争、台湾という三重苦が同時に北京を締め上げ、北朝鮮というカードの値段をつり上げたからだ。

中国は北朝鮮を米国側に追いやる展開を回避したい。ロシアに完全に奪われる展開も回避したい。核問題をめぐって正面から叱りつければ、金正恩はモスクワへさらに寄る。沈黙すれば、平壌の核保有を黙認したように映る。どちらを選んでも、北京には痛みが残る。

ここに、北京の「辛すぎる本音」がにじむ。かつて中国は平壌を抑える側だった。いまは、平壌を引き留める側に回っている。金正恩に向けた笑顔は友好の証しであると同時に、選択肢を狭められた大国の苦い笑顔にも見える。

■日本に跳ね返る「危機の連鎖」

日本にとって重要なのは、朝鮮半島、台湾海峡、中東を一体の危機として見ることだ。3月18日に配信されたロイターの記事によれば、米国務省高官は、イラン戦争下でも台湾への安全保障協力を「最優先」としていると議会で説明した。

5月31日に配信されたロイターの記事によれば、インド太平洋各国は中国の軍事的台頭と米国の関与への不安の間で、防衛協力を急いでいる。

エネルギー面でも危機は近い。3月4日に配信されたロイターの記事によれば、日本は石油供給の約95%を中東に依存し、その約70%がホルムズ海峡を経由している。液化天然ガス(LNG)でも、中東からの輸入の一部が同海峡に関わる。朝鮮半島の緊張はミサイル防衛を揺らし、台湾海峡の緊張は米軍の展開を揺らし、ホルムズ海峡の緊張はガソリン価格を揺らす。

習近平の笑顔は、平壌の歓迎式典を越えて広がる意味を持つ。それは、米中露朝が互いの弱点を利用し合い、一つの地域の火種が別の地域の交渉材料になる時代の表情である。金正恩が握った6000人戦死や核兵器といったカードは、北京、モスクワ、ワシントンの計算を動かす大きなカードになった。

そのカードが切られる場所は、日本のすぐ近くにある。

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伊藤 隆太(いとう・りゅうた)
防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント
防衛大学校共同研究員、NovaPillar Advisory LLC戦略コンサルタント、博士(法学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学・広島大学助教、日本国際問題研究所研究員等を経て今に至る。Co-Chairs of the IPSA Research Committees (RC12)、APSA Committee of Best International Security Article等を歴任。単著論文はInternational Affairs誌に‘Hybrid Balancing as Classical Realist Statecraft’ (2022)、‘Hubris Balancing’ (2023)、International Relations誌に‘A Neoclassical Realist Model of Overconfidence and the Japan-Soviet Neutrality Pact in 1941’ (2023)、‘Outrage Balancing’ (2026)、単著研究書は『進化政治学と国際政治理論』(芙蓉書房出版、2020)、『進化政治学と戦争』(芙蓉書房出版、2021)、『進化政治学と平和』(芙蓉書房出版、2022)、編著研究書に『インド太平洋をめぐる国際関係』(芙蓉書房出版、2024)等がある。
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(防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント 伊藤 隆太)