「ケアしながらでも自分の人生を」当事者だった女性の思い、キャンプなど企画し若者に「家族と離れる時間」
[ケアラーの風景]支援者たち<3>
家族の世話などの過度な責任を負う子どもや若者「ヤングケアラー」は、支援が届きにくく孤立しやすい。
立命館大人間科学研究所の研究員、河西優さん(28)は2021年、当事者の声を社会に発信する団体「子ども・若者ケアラーの声を届けようプロジェクト(YCARP)」を設立した。(矢子奈穂)
「若い世代のケアラーの姿や思いを社会に伝えるプロジェクト、やってみませんか」
河西さんは、同大大学院生だった20年冬、担当教授の斎藤真緒さんに声をかけられた。「ぜひ、やりたいです」。二つ返事で引き受けたのには、訳があった。
当時、「ヤングケアラー」が社会問題化していた。国が初の実態調査を行うなど、公的支援に乗り出す動きもあったが、「当事者抜きで議論が進められている」と感じていた。「ヤングケアラーの中にも、様々な実態やニーズがある。ヘルパーを派遣するといっても、他人が家に入ることを拒む家庭は利用できない。私の家がそうだった」
「ずっと睡眠不足」
小学校高学年の頃、2人暮らしをしていた母親の様子がおかしくなった。大声で意味不明の独り言を繰り返す。受診や入院を勧める祖母らを敵視し、家に親族や他人が入ることを拒絶した。中学時代は、部活動や友人との外出を禁じ、深夜まで一緒に繁華街を歩くことを強要。理由は分からないが、家事をすると怒り出すため、母親が寝ている未明などに洗濯や掃除をした。
「母親への恐怖感があった。学校には何とか通ったが、やりたいことができず、ずっと睡眠不足だった」
中学を卒業する頃、母親が統合失調症と診断されて入院したのを機に、祖母の家で暮らし始めた。「解放されて、ほっとした」。勉強や部活動に力を注げるようになり、大学へ進学。大学3年の時に読んだ本で「ヤングケアラー」という言葉と出会った。自分の経験と重なり、研究を始め、大学院で斎藤さんの門をたたいた。
斎藤さんに声をかけられた後、ヤングケアラーらとオンラインなどで話し合いを重ね、21年9月、YCARPを設立した。ヤングケアラーと支援団体の担当者らが意見交換するシンポジウムの企画などを手がけた。
精神疾患のある親を介助する人や障害のあるきょうだいがいる人、外国籍の親の通訳を担う人――。ヤングケアラーの姿は様々だが、共通の悩みを抱えていることが見えてきた。「家族と少し離れて休息したい」「自分と向き合う時間や場所がほしい」。学業や恋愛など本来できること、やりたいことが制限され、心をすり減らしていた。
自治体も同様事業
活動の一環として海外の支援事例を学ぶ中、英国がヤングケアラー支援策の一つに、キャンプを取り入れていることを知った。「気分転換になり、ケアラー同士の交流にもなる。やってみよう」。22年秋、京都市内で、18〜30歳のケアラーを対象に合宿型のキャンプを開催。バーベキューなども行うと、参加者は「同世代の人と触れ合えてよかった」「非日常の体験が楽しかった」と喜んだ。
「日常の中にも同様の機会を確保したい」。23年、民間団体と協力して、京都市内に一軒家を借り、予約制で宿泊できる取り組みを始めた。利用者は静かな個室で思いにふけったり、スタッフや他の利用者と雑談したりもできる。今年3月末までにのべ約30人が利用した。
現在では、京都市や東京都品川区なども同様の事業を実施。こども家庭庁はヤングケアラー対象のキャンプに補助金を出している。
YCARP設立から5年。24年にヤングケアラーへの支援が法制化されたものの、「家族を支える取り組みや社会の理解がもっと必要だ」と力を込める。来年度以降は、ケアラーの就労を支える活動を始める予定だ。「ケアをしながらでも、自分の人生を生きられる社会にしたい」。当事者として、研究者として、ケアラーの思いに応える支援を追求し続ける。
