近田春夫 作詞家・橋本淳さん追悼 郷ひろみ「恋の弱味」カバーなど…「沢山影響をうけました」
「ブルー・ライト・ヨコハマ」などを手がけ、昭和歌謡界をけん引した作詞家の橋本淳さんが5月21日、肝硬変のため東京都の病院で死去した。86歳。東京都出身。ミュージシャンで音楽プロデューサーの近田春夫が追悼した。
近藤は、近田春夫&ハルヲフォンの78年発売のアルバム「電撃的東京」で「恋の弱味」をパンクサウンドでカバーした。「橋本淳さんが亡くなられたことを先程ニュースで知りました」と訃報に触れ「粋なひとでした。淳さんほどかろやかなコトバで都会を描いた作詞家は後にも先にも他にはいませんでした」としみじみ。「僕も沢山影響をうけました。ご冥福をお祈りいたします。京平さんにはよろしくお伝えください」と、20年に亡くなった作曲家の筒美京平さんの名も挙げて追悼した。
橋本さんは1939年7月8日生まれ。67年「涙のギター」で作詞家デビューを果たし才能を開花。68年12月に発表されたいしだあゆみ26作目のシングル「ブルー・ライト・ヨコハマ」は累計150万枚を超える売上を記録するミリオンセラーとなり、「横浜のご当地ソング」として現在も多くの世代から愛されている。2000曲を超える楽曲を発表し、オリコンチャート解析で「グループ・サウンズ(GS)関連で最も売れた作詞家」とされた。
