【木村 政美】課長にタメ口、同期には執拗なLINE…”悪気ゼロ”のZ世代新入社員がたった1か月で「職場崩壊」させた一部始終
今年4月、都内の食品メーカー・甲社で営業課長に昇進したA上さん(仮名=以下同)。部下30名を率いる立場となり、密かに不安を抱えていた中、新入社員のB谷さんが配属された。初日から課長にタメ口、先輩にインスタ交換を要求、同期にはランチを断られるたびに執拗なLINE。本人に悪気はないというのだが、配属からわずか1か月、A上課長の不安は最悪の形で現実のものとなるーー。
事例をもとに、社会保険労務士の木村政美氏が解説する。
課長にタメ口をきく「新入社員」登場
今年4月、A上さん(35歳)は都内の食品メーカー・甲社(従業員数400名)で営業課長に昇進し、30名のメンバーを率いる立場となった。新卒で営業課に配属されて以来、トップクラスの業績を上げ続けてきたが、性格は、典型的な営業職に多い押しの強さよりも、穏やかで口数が少ないタイプ。柔らかな物腰で顧客対応には定評があったものの、いざ課長になると「自分に部下をまとめられるのか」という不安を密かに抱えていた。そして、その不安は早くも現実のものとなる……。
4月初旬の朝礼。A上課長は自分の横に立っている若い男性を部下たちに紹介した。
「今日から私たちの新しい仲間として加わることになった新入社員のB谷さんです。皆さん、早く彼が仕事に慣れるようにしっかりフォローしてあげてください。じゃあ早速簡単な自己紹介をお願いします」
A上課長に促されたB谷さんは、はきはきとした口調で挨拶した。
「みなさん、おはようございます。B谷といいます。大学時代はオンライン授業だったし、バイトもできずに孤独してましたけど、もともとは誰とでもすぐに仲良くなれるタイプなので営業向きかなと思います。早く仕事ができるようにがんばりますのでよろしくです!こんなもんでいいかな、A上さん」
「そうだね……」
B谷さんから向けられたタメ口に一瞬たじろいだA上課長だが、何事もなく朝礼は終了し部下たちはそれぞれの持ち場に散った。
昼休み。休憩室で弁当を食べていたA上課長の隣に、B谷さんがサンドイッチを片手に座った。 そして、A上課長の弁当箱を覗き込みながら言った。
「お弁当おいしそう。奥さんに作ってもらったんですか?いいなあ」
「なぜそんなこと知ってるの?」
「さっきC川さん(28歳の営業主任。B谷さんの隣に座っている)から聞きましたよ。A上さん、新婚で毎日愛妻弁当なんですよね?僕なんか一人暮らしだから誰も作ってくれないし」
「ま、まあね……アハハ」
「照れちゃって。A上さんってカワイイ!」
なれなれしい口調に、A上課長は返す言葉を失った。
「C川君が話したことは普通なら胸にしまうものだ。それを本人にそのままぶつけてからかうとは……。昇任早々、とんでもない新人が来てしまった。ちゃんと面倒を見られるのか不安だ」
なれなれしさがエスカレート、招いた「結末」
午後。B谷さんはパソコン作業をしていたC川さんに
「インスタやってます?」
と唐突に尋ねた。
「ああ、一応ね」
「僕とインスタのアカウントを交換しませんか?先輩たちのライフスタイルとか知りたいな」
「自分のは友人同士で繋がっているだけで、会社の人とはしないんだよね」
「大丈夫。僕、変なことしませんから!」
B谷さんはまわりの先輩たちにもインスタ交換を持ちかけたが断られ、不満を募らせた。
「仲良くしたいのに拒絶とは……、がっかり……」
同期のD岡さん(22歳)もB谷さんと同じ営業課所属になった。彼はもの静かな性格で、新入社員研修の頃からB谷さんのなれなれしさに苦手意識を持っていた。できるだけ関わらないようにしていたが、B谷さんはそれに気づかず、積極的に誘い続けた。
「D岡ちゃん、ランチ一緒に行こうよ」 「会社終わったら飲みに行かない?」
D岡さんが毎回やんわり断ると、今度はLINEが立て続けに届く。
『今日の態度、なんか冷たくなかった?』 『昨日も誘い断ったよね』 『僕、何か悪いことした?』
メッセージを見るたびに、D岡さんは深いため息をついた。
「正直、こいつと付き合うのしんどい……」
B谷さんが配属されてから1か月。職場の空気は明らかにぎくしゃくしていた。
メンバーたちはB谷さんを避けるようになり、D岡さんはいつもしつこく絡まれることに嫌気がさし仕事に集中できないとA上課長に訴えた。A上課長も自分やメンバーの立場を軽く扱われていること、D岡さんへの接し方も良くないことはわかっていたので、B谷さんに対して常々マナー的に言動を改めるようやんわりと注意した。しかし彼の態度は変わらず、人事に確認すると新入社員研修で上司や先輩への接し方、SNSの扱い方などを教えていないことがわかった。A上課長は頭を抱えた。
「仕事の面は私が指導しているからまだいいけど、このままじゃみんなとの溝が深まるばかりだ……。彼に悪気がないのがわかるから余計に扱いづらい。一体どうすればいいんだ……」
そして翌日。B谷さんへの指導に限界を感じたA上課長は、総務・人事部長のE田さん(50歳。会社の人事責任者)に事情を説明し指示を仰ぐことにした。ところがE田部長は、彼の顔を見るなり
「大変だ!今さっきD岡君が退職届を持ってきたよ。理由を尋ねたらB谷君が原因だそうだ。丁度よかった。君に詳しい顛末を説明してもらいたい」
「なんだって!」
A上課長は悲痛なまなざしでE田部長を見つめた。
* * *
Z世代のコミュニケーションの特徴として、距離感の近さとフラットさが挙げられる。役職や年齢よりも「人としてどうか」を重視し、肩書に関係なく対等にやり取りをする。社会人になってからも上司に対等に接することがあるが、彼らにしてみれば失礼な振る舞いではなく、ごく自然なコミュニケーションのスタイルなのだ。
一方、職場では従来、「人との距離の取り方」が重視されてきた。相手にどこまで近づき、どこから先は踏み込まないか――その境界線を推し量ることが求められ、リアルであれオンラインであれ、仕事を円滑に進めるには節度ある距離を保つことが欠かせないとされてきた。
本稿の事例は、まさにZ世代における「境界線トラブル」と言えるだろう。
なぜZ世代に境界線トラブルが増えているのか。その背景と企業が取るべき対策、B谷さんの気になる「その後」など、後編記事〈「悪気ゼロ」のZ世代新人が1か月で招いた職場崩壊…"近すぎる距離感"が生む「境界線トラブル」の正体〉で詳述する。
