『渡る世間は鬼ばかり』などを送り出した99歳の現役プロデューサー・石井ふく子

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『VIVANT』や『半沢直樹』をはじめ、毎年のように国民的テレビドラマを輩出するTBS「日曜劇場」。1956年から続く伝統のドラマ枠の黎明期から、プロデューサーとして活躍したのが、のちに『ありがとう』や『渡る世間は鬼ばかり』などのホームドラマの名作を世に送り出してきた石井ふく子(99)だ。そんなテレビドラマの礎を築き上げてきた石井のドラマ制作の原点には、戦争体験があったという。5月22日から開催される「TBS レトロスペクティブ映画祭」では、石井がキャリア初期に手がけた日曜劇場の名作のリバイバルが実現する。本映画祭をプロデュースした佐井大紀に、石井ふく子の制作思想を訊いた。

【多数】日曜劇場名作回の場面写真、映画祭プロデュースの佐井大紀氏など

 聞き手は、『フェイクドキュメンタリーの時代』、『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』などの著書があるてれびのスキマ氏。テレビ番組の制作者にインタビューを行なうシリーズの第13回【前後編の前編。文中敬称略】。

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新人時代に体感した「石井作品の現場」

「石井ふく子先生が今年9月に100歳という節目を迎えられるので、一度ふり返る機会が欲しいと思っていたんです」

 こう語るのは、TBSプロデューサーで「TBS レトロスペクティブ映画祭」の企画・プロデュースを務める佐井大紀だ。石井は100歳を迎えようとしている現在も、現役でドラマや舞台制作に携わる。本映画祭は今回で3回目。第1回は寺山修司、第2回は実相寺昭雄を特集した。

「第1回では、『テレビって何なんだろう?』と表現を模索した寺山修司の60年代の作品を取り上げました。第2回は、最初から映画を志向していた実相寺昭雄がテレビというメディアで何をしていたのか、という視点でした。今回は、私たちが『これがテレビドラマだよね』と思っているものがどういう風に形作られてきたのか、その原点をふり返る機会にしたかった」

 佐井自身が石井の現場を直接体験したのは、TBSに入社して間もない頃のことだった。

「2018年の夏に、『渡る世間は鬼ばかり』の単発にサードADとして入らせていただきました。学生時代までは、当たり前のように放送されているものとして"石井ドラマ"を認識していましたが、石井先生の現場を実際に体験して、一気に自分事になりました」

 佐井が目にしたのは石井の細部へのこだわりだった。

「石井先生と橋田(壽賀子)先生の番組のタイトルクレジットは、縦書きで出演者のお名前が出てきて、その背景に反物、着物の帯の生地が映るんです。実はその生地は石井先生がご自身で調達し、現場に持ち込み、それをADが巻くんですね。

 僕は美術品担当だったので、ぐるぐるっと回して、『ストップ』と言われたところをカメラで静止画に収める、という作業をしました。時には『行き過ぎだ』と言われて戻して……という(笑)。23、24歳の頃の原体験です。技術も価値観もどんどん更新されていく中で、石井先生が大切にされているものを、肌で感じた経験でしたね」

 石井はキャリアを通じてホームドラマに一貫してこだわってきた。しかし佐井によれば、そのこだわりは最初から明確だったわけではないという。

「今回の特集作品の『秋津温泉』(1967年7月2日放送)や『みれん』(1963年6月30日放送)はホームドラマではないように、石井先生のキャリアの前半、60年代はホームドラマだけを作っているわけではありませんでした。

 当時は編成から『こういう企画をやれ』という要請もあったはず。それをこなしながらどんどんヒットを量産する中で、ご自身の作家性が鋭くなっていって『自分はホームドラマをやるんだ、むしろそれしかできないんだ』というポジティブな開き直りが生まれたのだと思います」

橋田壽賀子と平岩弓枝という対照的な脚本家

 石井は数々の名脚本家たちと作品を重ねていく中で、ホームドラマにヒット筋を見出してきた。『時間ですよ』(1965年7月4日放送)は、久世光彦・向田邦子コンビの作品というイメージが強いが、実は第1作は、石井・橋田コンビでつくられている。

「銭湯の女性主人を演じる森光子さんは家庭と仕事を両立させようと奮闘しますし、女性のパートタイムジョブという働き方も紹介されます。生活保護の問題なども描かれるなど、令和にも通ずる社会問題が取り上げられるのですが、丁々発止の毒舌が飛び交うホームコメディに仕立ててある。そこに社会を眼差す鋭い視線がある。

 石井先生は『橋田さんのドラマは「意地悪だ、嫌味だ」ってみんな言うけど違うんだ。これは「本音」なんだ』とおっしゃっていました。みんなが思っていることを橋田さんは代弁してくれている。だから『共感してみんな観る』のだと」

 一方、平岩弓枝の脚本『女と味噌汁』(1965年6月20日、9月12日放送)には異なる味わいがあるという。

「自立しようとしている芸者の女性と、主婦という立場にあぐらをかいているのではないかと問われる女性が、一杯の味噌汁を通じてある種の連帯を生むというストーリーです。でも2人がもう二度と会うことはないだろうという読後感があり、文学的な奥行きがある。直木賞を若くして受賞した平岩弓枝さんならではの深みがあります。また、令和のヒットドラマにも通じるシスターフッドというモチーフでもありますよね。

 橋田壽賀子と平岩弓枝という異なる才能たちとタッグを組んだこと、それが石井ふく子というプロデューサーの凄みだと思います。平岩弓枝で国民的なヒットを飛ばしたかと思えば、橋田壽賀子とはソリッドな作品をキャリア後半でつくっていく。68年間走り続けた原点が、この2本にバチッと詰まっている気がします」

「殺しは嫌なのよ」

 本映画祭に合わせて、佐井は新作ドキュメンタリー『石井ふく子 100歳〜心のドラマの軌跡〜』も制作した。その際、石井へのロングインタビューで、佐井がもっとも印象に残った言葉がある。

「『殺しは嫌なのよ』という言葉です。『今のニュースを見ても家族に関するそういった事件があったりするけれど、そうじゃなくて心の中でドラマが起きるものを自分は作りたい。こちらが心を寄せたら向こうも心を返してくれる。姑と嫁の間の緊張感のような、心のやり取りこそ描きたいんだ』とおっしゃっていました」

 その言葉がなぜ出てきたのか、インタビューと並行してアーカイブを掘り起こしていくうちに、深い背景が見えてきた。

「石井先生には戦争体験がありますし、お母さんが芸者で実父を知らずに育ち、伊志井寛さんという大物俳優が父となったけれど小さい頃はうまくいかなかった、というご家庭の事情もある。そういう時代と環境と人とのご縁が全部つながって、『心のドラマを作りたい』という石井ふく子というクリエイターが形作られているということが、深くわかりました」

 映画祭では、石井本人と船越英一郎によるトークショーや、『秋津温泉』主演の大空眞弓の登壇も予定されている。

「今は配信でいつでも追いかけられるし、テレビではなくスマホで見たり、移動中に見たり、早回しで情報だけ拾う視聴など、いろいろな視聴のスタイルがあります。それらが悪いとは思いませんが、60〜70人しか入らない小さな映画館に決まった時間にみんなで座って1時間のドラマを見るというのは、ある意味で"お茶の間"を強制的に再現することだと思っていて。それがどういう体験をもたらしてくれるのかが、個人的にもすごく楽しみなんです」

(後編に続く)

*「TBSレトロスペクティブ映画祭 石井ふく子特集」5月22日(金)Morc阿佐ヶ谷ほか順次ロードショー! 最新情報は公式Xをご確認ください。https://x.com/tbs_retro

【プロフィール】佐井大紀(さい・だいき)/2017年TBSテレビ入社。ドラマ制作部に所属。ドキュメンタリー映画『方舟にのって〜イエスの方舟45年目の真実〜』『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』を監督している。直近のプロデュース作品は2026年放送のテレビドラマ『終のひと』。

◆取材・文 てれびのスキマ/1978年生まれ。ライター。戸部田誠の名義での著書に『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『タモリ学』(イーストプレス)、『芸能界誕生』(新潮新書)、『史上最大の木曜日 クイズっ子たちの青春記1980-1989』(双葉社)、菅原正豊との共著に『「深夜」の美学―『タモリ倶楽部』『アド街』演出家のモノづくりの流儀』など。

撮影/槇野翔太