(撮影:岸 隆子〈Elenish〉)

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神奈川県小田原市の公営住宅で、生まれて初めての一人暮らしを始めて3年になるイラストレーターの本田葉子さん。自分の好きなもの、必要なものだけに囲まれた暮らしは思った以上に快適だと話します(構成:山田真理)

【写真】ずっと愛用している帽子とカゴバッグ

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後悔しないためにゆったり構えて

夫と義母を見送り、2人の子どもたちは独立。そんなふうに家族のかたちが変わるなかで辿り着いたのが、築50年を超えるレトロな団地です。3DKのこの家にあるものたちは、3回の引っ越しをくぐり抜けて残った精鋭ばかり。なかでも家具は、家族の思い出が詰まっています。

新しく買ったものといえば、2回目の引っ越しの時にリサイクルセンターで見つけた桐の和ダンスだけ。上下2段ずつに分けて使っています。部屋が狭くなったのだから、新しいものを増やさないようにしたいのだけど、一目ぼれだったからしょうがない。(笑)

台所で食器棚として使っているのは、夫がカメラや小物をディスプレイするのに愛用していた棚です。自分で扉をグレーのペンキで塗装してリメイクしました。ここには、1人分の食器が収まっています。家電は、テレビと炊飯器を手放し、電子レンジは持って来たものの出番がなくて、少ししてから処分しました。

仕事部屋として使っている6畳間には、お気に入りの3点セットを配置。1つは、母の嫁入り道具だった足踏みミシンです。以前はカーテンを縫ったりしていましたが、今は飾り棚として活用中。隣には、父が独身時代から使っていた小さな引き出しを。その上には、夫が誕生日プレゼントにくれたアクセサリーボックスを置いています。

ほかにも、1人がけの椅子は夫が使っていたものですし、2人がけのソファに置いている2匹のテディベアは、娘と息子が幼かったころにプレゼントしたもの。ぬいぐるみがおしゃべりするのを娘が怖がったなあ、なんて思い出しながら眺めています。

趣味の裁縫で使った布のハギレも取ってあるので、クッションやソファのカバー、コースターを作ることも。今あるものに手を加えて、何かを作るのが好きなんです。


【Myルール:使い方にこだわらない】6畳の台所では、カメラを飾っていた棚を食器棚として再利用

仕事柄、ファッションにまつわるものは多く残していて、なかでも「パールのアクセサリー、カゴバッグ、帽子」の3つは、暮らしがコンパクトになっても手放すことはありませんでした。

パールはカジュアルな服装にも合うし、カゴバッグは季節を問わずに使えるうえ、インテリアとしてもおしゃれでしょ? 帽子は毎日のようにかぶるし、畑仕事でも活躍してくれています。

年を重ねたことで、「改まった場所にはもう行かないだろう」と思って、おめかし着やパンプスなどは手放しました。今は動きやすい普段着に、スニーカーとゴム草履で十分です。

こんなふうに、気に入ったものたちを活用してスッキリ暮らしているように見えますが、往生際が悪くて捨てられないものもあって(笑)。

たとえば古道具屋さんで見つけた染付の大皿は、東京の家で家族5人のために活躍してくれた大好きな器。1人だから使うことはないのに、なかなか手放せなくて。でも、しまい込んでいてはもったいないと鉢植え置きにしてみました。

母からもらった抹茶碗も、せっかくだからと思って日常使いしていたら割ってしまって。苔玉を飾る鉢にしてみたら、なんとサイズがぴったり。こういう瞬間は嬉しいですね。

今も悩んでいるのが、漆塗りの重箱とお椀。今年のお正月もおせち料理なんて用意しなかったし、お椀の出番もなく……。でも、そんなふうに決断できないものは、桐のタンスにそっとしまっておくんです。

いつか活用できるかもしれないし、残念ながら手放すことになるかもしれない。後悔しないためには、その時が来るまでは焦ってどうにかしなくていいと、ゆったり構えることも大切ではないでしょうか。私は手放したことで後悔しているものは一つもありません。


【Myルール:使い方にこだわらない】1人分ずつ残したお気に入りの食器を収納


【Myルール:1つ買ったら1つ捨てる】ずっと愛用しているカゴバッグ

夫を見送って考えたこれからの暮らし方

もちろん、今の暮らしになるまでにはさまざまなものを取捨選択してきました。

結婚して住んだ都心の家から、51歳の時に、東京郊外にある賃貸の一軒家に引っ越すことに。夫と私と2人の子ども、義母の5人がそれぞれに小さいながらも個室を持てる5LDK間取りです。そこで11年暮らす間には、家族の数だけものもずいぶんと増えましたね。

そんな家から引っ越すことになったのは、62歳の時。病気療養をしていた夫を見送ったことがきっかけでした。娘はすでに結婚して家を出ており、息子、義母、愛犬と私で「これからどう暮らしていこうか」と考えたのです。

後に発表したエッセイで、引っ越し先に小田原を選んだ理由について「一生に一度は海のそばに住んでみたかったから」なんてカッコいいことを書きましたけれど、それは後付け(笑)。実際は、夫を亡くした後、東京で家賃を払い続けていくのは厳しいという事情があったのです。

それに部屋数も今ほどいらないし、家族の通勤の便を考える必要もなくなった。そう考えると、「どこに住んでもいいんだな」と、ふと気がラクになったことを覚えています。


【Myルール:1つ買ったら1つ捨てる】ずっと愛用している帽子とカゴバッグ


【Myルール:1つ買ったら1つ捨てる】増えがちな服は、全体を見渡せるように管理

それで住宅の情報サイトを検索し始めたものの、「ペット可」の賃貸物件がまず少ない。住んでいた私鉄沿線をたどるうち、テレビドラマに出てくるような「ザ・古民家」が小田原に見つかりました。

息子も気に入り、義母にとっても縁ある土地だったことで決断。部屋数は4DKありましたが、家賃と面積は元の家の半分です。

家が狭くなったため、ものの処分がとにかく大変でした。それも夫が亡くなってから約3ヵ月後の引っ越し。我ながらよくやったなと思います。

でも、夫との思い出に浸る暇がなかったのは、かえってよかったかもしれません。時間が経つにつれてああだこうだ考えて、たくさんのものを残してしまったはずだから。

引っ越しに向けては、「これからの生活に必要なものだけ」と目標を掲げ、かなり厳しめに取捨選択をしました。それはもう、ある種の「闘い」でしたね。

義母はわが子を亡くしたことで気落ちしていたし、息子は自分のことしかやらないし(笑)。そのぶん、近所の人には助けられました。

友だちの植木屋さんが軽トラックで不用品を市の処分場まで運んでくれたり、ダイニングテーブルなど大きな家具を引き取ってくれる人もいて。

夫の趣味だったカメラと釣り道具は専門業者に買い取ってもらいました。大変だったのは、本と雑誌。私が仕事の資料として使っていたものも大量にあるし、美大でデザインを教えていた夫の研究室に保管されていた分も加わって、それはすごい量でした。古書店の車に本や雑誌を積み上げたら、タイヤがググッと下がったくらいです。

この時に車も手放し、免許も返納。でも、今になってみると免許は早まったかも……。あっ、後悔しているものがありましたね。(笑)

<後編につづく>