今も妻には也しい言動が見られる。それでも剛司さんは鷹揚でいられる、という

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【前後編の後編/前編を読む】〈おたくのおくさんうわきしてるよ〉深夜のポストに怪文書…「完璧な妻が、まさか」47歳夫の疑念のはじまり

 吉長剛司さん(47歳・仮名=以下同)が、妻の芽依さんから「起業する」と聞いたのは、年子の子どもたちの子育てに追われていた頃だった。美容関係の事業を興した芽依さんは、順調に会社を拡大。姑にあたる剛司さんの母を北陸から呼び寄せると、家事育児の協力を取り付けるようになった。彼女と結婚してよかった――。充実した毎日を送っていた剛司さんだったが、ある夜、自宅の郵便受けに真っ白な封筒を見つける。中の手紙には「おたくのおくさんうわきしてるよ」と記されていた。

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 さて、この手紙をどうしよう。正確に言えば、この手紙に対して自分の心はどう対処すべきだろうか。剛司さんはそう考えたという。

今も妻には也しい言動が見られる。それでも剛司さんは鷹揚でいられる、という

「まずは、妻に見せるかどうかですよね。妻が認めるはずはないし、万が一、認めたら僕が耐えられない。そもそもそんな手紙を大ごとに考える必要はないんじゃないか。そう思う一方で、いったい誰がという気持ち悪さもある。ひとりで抱えているのはなんとも重い。どうしたらいいだろうと、ただひたすら考えました」

 誰にも相談もできなかった。ふと、「そういえば、こういうプライベートなことを相談できる友人がいない」と気づいた。近所のパパ友に言える話ではないし、学生時代の友人たちともたまに会うことはあっても、こんな内容は口にはできない。

「おふくろに言うのもためらわれた。ひとりで抱え込むしかないのかもしれない。そんなふうに思っていたとき、職場の年上女性が思い浮かびました。啓子さんというその女性とはよく一緒に仕事もしているし、聡明で冗談が好きで、よくダジャレを言い合ったりしている仲。彼女なら何か言ってくれるのではないかと思いました。手紙を送ってきた犯人を見つけたかったというよりは、僕自身の気持ちの持ちようにアドバイスがほしかった」

「一泊してきてもいいかな」

 そう思ったが、なかなか切り出せるものでもない。そうしているうちに芽依さんが、「今度の週末、ちょっと仕事で一泊してきてもいいかな」と言いだした。それまで彼女はほとんど出張をしたことがない。美容関係の学会やセミナー、情報交換の場があったりはしたらしいのだが、「泊まりはしない」と本人が決めたことだった。だが息子も中学生になり、一泊くらいならいいかなと思い始めたと芽依さんは説明した。

「そうだねと言いながら、男と旅行するんだろうと思いました。妻がやけにピカピカして見えた。留守の間は任せておけととりあえず安心させました」

 土曜の早朝、寝たふりをしている剛司さんに気づかず、妻はこっそりと家を出ていった。剛司さんは着替えたままベッドに横たわっていたから、そのまま妻のあとをつけた。ほぼ始発の電車に乗った妻を、隣の車両から目深にかぶった帽子の隙間から追った。

「妻は東京駅で降りました。新幹線でどこかへ行くんでしょう。僕には大阪だと言ってましたが、本当かどうかわからない。新幹線の入場券を買って、妻を追いました。妻はすごい勢いでぐんぐん歩いていった。後ろから僕が追っているなんて考えてもいないんだろうなと思いましたね」

 とある車両の前で妻は立ち止まった。そして一息つくと乗り込んだ。男も東京駅から乗るとは限らない。品川駅か新横浜かもしれない。証拠を見つけるのは無理か、と思いながらホームから妻の姿をこっそり見ていると、妻は車両半ばで立ち止まった。男が待ち受けている。その胸に飛び込むようにしながら妻は窓際へと座った。

「あわてて反対側を向きました。柱の陰からちらっと見ると、妻は外なんか見ていなかった。通路側の男のほうに完全に向き直っていました。僕はもちろんふたりの間に割って入る気はなかったから、そのままとぼとぼ家に帰りました」

帰宅した芽依さんは…

 最寄り駅で降りると、朝から営業しているパン屋さんが目に入った。そういえばここのパンがおいしいと妻が言っていたなと思いだし、子どもたちに買って帰った。東京駅で見た光景が現実なのかどうか曖昧になっていく。

「その日、息子は部活があると出かけ、娘は友だちの家で遊ぶと言って、やはり出かけていきました。ふたりとも夕方には戻ると言い残して笑顔で出ていった。おふくろは『今日はハンバーグかなあ。あんた、手伝いなさいよ』といつも通り。日常ではないところにいるのは僕だけかと思っているうちに、リビングのソファでうとうとしてしまって。前の晩、一睡もできなかったんですよ。2時間ほど寝て散歩に出ました。考えても考えても、何の答えもでなかったけど、答えが出るような事態でもないなと」

 これ以上、考えても意味がないと悟ったのだと剛司さんは言った。翌日、芽依さんは大阪のお土産をもって夕食前には帰ってきた。相手の男も家庭もちだなと剛司さんは感じた。なんとか抑制しながらつきあっているのだろう。そうでなければ夕飯前に帰宅するはずはない。

「その晩、どうだったと尋ねると彼女、けっこうセミナーの様子を詳細に言い始めたんです。おそらく参加したのは本当なんでしょう。相手は同業者なのか、あるいはほんの1時間くらいいて抜け出したのか。いい勉強になったわと言って『留守にしてごめんね。ありがとう』と抱きついてきたんです。本能的に体をよけそうになったけど、自分の意思に反して、僕は彼女を抱きとめていた。妻は僕の頬にキスすると『さすがに今日は疲れたわ。寝るね』と自分のベッドに行ってしまいました。男と旅行してきて帰宅したら夫と関係をもつほど、妻も阿漕な女ではなかったということかと感じましたね」

とうとう啓子さんに相談すると

 週明けに出社すると、剛司さんは啓子さんをランチに誘った。そこで「友だちの話」として自分の話をした。啓子さんは「ふうん。それでその友だちはどうするつもりなの?」と言った。

「どうするつもりなんでしょうと思わず言ったら、『どうしたいのかね、その人。離婚したいのかしら』って。確かにそうだよな、離婚するのか継続するのか、結局、どちらかなんだよなと思い至りました。『離婚するつもりはないみたいだけど、このままというのも釈然としないんじゃないかな』と言うと、『友だちも浮気しちゃえばいいじゃん』と啓子さんはガハハと笑ったんですよ。え、そういうもの? と言ったら、『そんなもんでしょ』って。なんだか急に気が楽になりました」

 ランチを終えて並んで職場に戻るとき、啓子さんは「友だちに言っておいて。職場だけはやめておけって」と笑顔を見せた。剛司さんは何を思ったか、突然、啓子さんにすがりつくように「僕の浮気相手になってもらえないかな」とつぶやいた。

「最初からあなたのことだってわかってたわよ。だから言ってるでしょ、職場はやめておけってと啓子さんは真顔で言いました。でも僕は確信したんです。啓子さんなら秘密を守ってくれるって」

 浮気返ししたところで気持ちはスッキリしないと思うよと啓子さんは諭すように言った。だがそんな言葉も剛司さんの耳には入らなかった。

「復讐したいわけじゃない、自分の存在意義を見いだしたいんだ、そのために協力してもらえないだろうかと啓子さんに頼みました。啓子さんは、『それで私が女としてあなたに満足しなかったらどうするの? 存在意義がなくなるかもしれないわよ。あなたの論法で言えば』って。確かにそうだ。それでもいい、何かをジャッジしてほしかった」

実は浮気経験ありの啓子さん

 性的な関係が不満で浮気に走ったとは限らないし、そもそも本当に浮気かどうかもわからないでしょ、ベッドにいるところを見たわけじゃないんだしと、啓子さんは次々と「ごもっとも」な言葉を繰り出してきた。それでも剛司さんは、自分を止めることができなかった。

「今思えば啓子さんも妙な人で、『じゃあ、もう人助けだと思うことにするわ。だけどいい? 1回だけ、しかも絶対に秘密よ。私だって既婚なんだからね』って。天使に見えましたね、彼女が」

 年上といっても同世代、剛司さんの必死さを見て見ぬふりはできなかったのだろう。確かにユニークな女性だが、実は啓子さん、何度か浮気したことがあったらしい。

「肉体関係なんて、たいしたことじゃないのよというのが啓子さんの考え方みたいです。恋愛なんて誤解と錯覚なんだからさ、と。でもその誤解と錯覚が素敵なのよねとも言う。妻の浮気は恋なんだろうかと言ったら、『本人が恋だと思えば恋なのよ。でもさ、大人なんだからバカなことはしないと思うわよ』って。密室でそういう話をしているだけで、実は僕は癒やされていました。本音で、しかも淡々と対峙してくれる啓子さんに、ほとんど恋をしかかっていた。そう言うとバカねと笑われました」

妻にも鷹揚でいられる

 興味深いことに、その日、ホテルという密室にいながら、結局、ふたりの間には何も起こらなかった。肉体の関係より話のほうが熱を帯び、夜中まで話し込んでしまったのだ。

「ちょっと、私、帰るわよ。愛しい人が待ってるんだからと啓子さんが言ったので、びっくりしました。4時間も話していたんですよ。僕はその間、本当に彼女の考え方がすごいなと思ったし、人間としての器の大きさを感じていました。今後はあなたに片思いしつづけるよと言ったら、『アホか。また飲もうね』と軽くあしらわれました」

 ただ、この啓子さんとのやりとりが彼に大きな影響を与えた。あれから数年たった今でも、ときおり芽依さんには怪しい言動がある。あのときの男性と今もつきあいがあるかどうかはわからない。だが、剛司さんはなぜか鷹揚でいられるのだという。

「僕のほうは相変わらず、啓子さんとときどき飲んでしゃべって楽しんでいます。本当に僕は啓子さんに恋してると思う。でもだからこそ、あえて関係はもたなくていいと思っています。関係があると浮気になるから避けているわけではなく、どっぷり精神的な恋だけを追求していくと最後はどうなるのかなというのも興味深いと思って」

 肉体関係を伴わない「恋」は、「浮気」より上だと思っているわけではないと彼は言った。ただ、この関係が続いた先に何があるのか、それを見極めたくなっているのだそうだ。啓子さんが言うように、肉体関係なんて、あってもなくてもどうってことないという考え方に感化されたのかもしれないけどと、剛司さんは少しだけ照れたように言った。彼のプラトニックラブが、今後、どういう展開を見せてどう決着するのか。妻の恋はどういう経緯をたどっているのか、相手は別の人間になっているのか、あるいはもう恋はしていないのか……。いつか夫婦の間でそんな話をする時期が来るのだろうか。

 いずれにしても人生いろいろ、である。

「自分も無理せず、人にも無理強いせず。どういう状況でも、それだけは貫いていこうと思っています」

 剛司さんはそう言うと、軽い足取りで帰っていった。

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【記事前編】では、剛司さんと芽依さんが築いてきた幸せな家庭と、すべての始まりとなった「手紙」について紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部