記事のポイント
コーチは感情と自己表現を軸にZ世代を取り込み、売上21%増と過去最高業績を達成した。
Z世代をミューズに据えた一貫したストーリーテリングが、世界共通で通用するブランド価値を生んだ。
D2Cが9割でも実店舗や体験施策を重視し、定価購入と長期的な関係構築を実現している。


コーチ(Coach)のCEOであるトッド・カーン氏がブランドについて語るとき、彼は製品の話からはじめることはほとんどない。彼にとってブランドとは、感情やアイデンティティに関わるものである。

「我々はこれをエクスプレッシブ・ラグジュアリー(表現力豊かなラグジュアリー)と呼んでいる。消費者を中心に据えることがすべてだ」と彼は語った。この考え方が、ファッション業界でも屈指の好調な成長を支えてきた。

Z世代の価値観をミューズに据え、過去20年で最高の業績を記録



2025年、コーチは親会社であるタペストリー(Tapestry)の成長を牽引する主力ブランドであり、2025年7月から2025年9月までの第1四半期は、過去20年で最高の業績となった。売上は全体で21%増加し、北米は26%増、欧州は39%増となった。

同四半期には170万人の新規顧客を獲得し、その中心はZ世代の買い物客であった。カーン氏によれば、彼らはコーチのデザインやストーリーテリングの考え方そのものを変えつつあるという。

2008年に入社したカーン氏と、2013年に就任したコーチのクリエイティブ・ディレクターであるスチュアート・ヴィヴァース氏は、Z世代が重視する勇気、オーセンティシティ(真正性)、個性といった価値観を軸にブランドを構築するという決断を、数年前に下した。「我々は彼らをミューズとしている」とカーン氏は語る。

「彼らはもっとも普遍的につながっている世代だ。ソウルで重要なものはニューヨークでも重要であり、それが共通言語を生み出している」。カーン氏は、このグローバルな感覚こそが、コーチの国際的成功を支える重要な原動力だと述べた。

一貫したストーリーテリングで「感情的な強さ」としてのファッションを提示



2026年のコーチのキャンペーンは、こうしたアプローチを色濃く反映している。「Courage to Be Real(リアルに生きる勇気)」キャンペーンはコーチのストーリーテリングを象徴するもので、2025年2月の「On Your Own Time(自分の時間で)」からはじまり、2025年9月の「Revive Your Courage(勇気を呼び覚まそう)」へ発展した。

各章はいずれも、完璧さではなく、感情的な強さとしてのファッションという考え方を軸に構成されている。秋の「Revive Your Courage」には、俳優のエル・ファニング、韓国のアーティストであるソ・ヨン、日本のシンガーである幾田りらが起用され、長編形式のストーリーテリングは6カ月にわたって展開された。

「1カ月だけの短期施策は行わない」とカーン氏は語る。「雑音を突き抜けるためには、一貫性と意味が必要だ」。

4月に公開されたコーチ初のソーホー・スニーカーのキャンペーン「Not Just for Walking(歩くだけじゃない)」は、汎用性の高いソーホー・スニーカーを自己表現の手段として打ち出した。ニューヨークのミュージシャンであるオードリー・ヌナ氏が起用され、このキャンペーンは世界的に共感を呼び、フットウェア事業は2桁成長を遂げたという。

実用性と感情を両立させた製品戦略と実店舗での体験価値



タビー、ブルックリン、ニューヨークといった主力バッグのプロダクトファミリーは、今もブランドの中核に位置づけられている。これらには定期的に新しいスタイルが追加され、限定カラーやコレクタブルなチャームが付属する。

感情と実用性のバランス、カーン氏が「ファンクショナル・ラグジュアリー」と呼ぶこの考え方が、若年層の顧客を引きつけ、定価での購入につなげているという。現在、コーチの売上の約90%はD2Cによるものであり、カーン氏は実店舗の重要性を強調する。

「Z世代はリアルな世界での買い物を好む」と彼は語る。「購買の旅はオンラインからはじまるかもしれないが、真のつながりは対面で生まれる」。

アジアで最初に導入された「コーチ・コーヒー・ショップ」は、2025年後半に米国にも拡大した。これらの店舗では、スペシャルティコーヒーや、チリクラブ・アイスクリームといったローカルメニュー、さらには交流やSNSでの共有を促すためにデザインされたコーチのコーヒーポーチなどの小物が提供されている。

「ラテを飲みに来て、タビーを買って帰ることもある」とカーン氏は語る。

サステナビリティをDNAに組み込みマクロ経済の変動にも適応



関税といったマクロ環境の課題があるなかでも、ブランドの業績は安定している。コーチは調達先を分散しており、中国での生産比率が低いため、他ブランドが直面している変動の一部を回避できている。

「関税があるからといって、単純に値上げはしない」とカーン氏は語る。「200ドルから500ドル(約3万円〜約7万5000円)の価格帯にとどまる。それが顧客にとって価値を感じられるゾーンだからだ」。

サステナビリティもまた、ブランドの長期的な計画の一部である。その一例が、2023年に立ち上げられたコーチのサステナブルなサブブランド、コーチトピア(Coachtopia)だ。

これは循環型ファッションがスケール可能であることを示す取り組みである。「一過性の流行ではなく、我々のDNAに組み込まれている」とカーン氏は語る。

ブルックリンやタビーのプロダクトファミリーで使われた残革から作られたコーチトピアのオルターエゴ(Alter Ego)バッグは、現在トップセラーとなっている。「無駄はなく、あるのは真正性だけだ」。

創造性を軸にしたCEOのリーダーシップ哲学



カーン氏は19年間にわたり同社に在籍し、そのうち5年間をCEOとして過ごしてきた。彼のリーダーシップ哲学はシンプルである。

「創造性が花開く環境をつくることが重要だ」と彼は語る。「自分の任期の終わりに、その会社を入社時よりよい状態で残せたか。未来を託せる後継者を育てられたか」。

たしかなのは、カーン氏のもとで、コーチは新たな存在感と自信に満ちた顧客層、そして人々の心に響き続けるメッセージを手に入れたということだ。「我々は、ちょうど本領を発揮しはじめたところだ」と彼は語った。

[原文:‘Our muse’: Coach CEO Todd Kahn on building the brand around Gen Z

Zofia Zwieglinska(翻訳、編集:藏西隆介)