娘のあやめには、人が見えない「なにか」が見えるようだった

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【前後編の後編/前編を読む】別れ際に「リスカ写真」を送り付けてきた元カノと同窓会で再会 変わらぬ美貌、20年ぶりの会話は盛り上がるも…

 これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、語り部としても活動する川奈まり子が世にも不思議な一話をルポルタージュ。

 横浜市在住の浩一さん(40歳・仮名)は8歳の娘・あやめと両親と暮らす。ある日、大学の同窓会に出向くと20年前の交際相手・ユミが現れ、思い出話に花が咲いた……ユミとは過去、別れ際に大揉めし、リストカットの写真まで送られてきたこともあるのに。自宅に帰った浩一さんに、あやめは「後ろのおばさんはだれ?」と尋ねる。この子は亡くなった妻の美紀に似て霊感があるのだ。オーディオルームに降りると、スピーカーから妻の声が聞こえた気がした……。

娘のあやめには、人が見えない「なにか」が見えるようだった

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 翌日、日曜日。浩一さんはあやめの誕生日ケーキの予約をするために、駅前の洋菓子店に独りで出向いた。

 そこへ、ユミからのメッセージがスマホに届いた。

「昨日は楽しかった。今日、時間ある?」

 浩一さんは迷ったが、近くのカフェで会うことにした。

 ユミは笑顔で現れた。

「浩一くん、変わらないね」

 ユミは大学時代のエピソードを次々と持ち出した。浩一さんは適当に相槌を打っていたが、途中でユミが奇妙なことを口走った。

「夏祭りで私が迷子になったとき浩一くんが探してくれたの、憶えてる?」

――あのとき、迷子になったのは僕の方だったじゃないか。

 いぶかしみながら、彼は「違うよ」と返した。

「僕が迷子になって、ユミさんが探してくれたんだ」

「そうじゃないでしょう?」とユミは言った。

「え?」

「浩一くんが私を探してくれた。私の記憶では、そう。……じゃあ、そろそろ帰るね。また連絡する」

 別れ際、ユミは浩一さんの腕に軽く触れた。

 しっとりと湿り気を帯びた冷たい指先の感触が、触れられた肌にいつまでも残るような気がして、彼は生理的な嫌悪感を覚え、ゴシゴシと腕を擦った。

警告

 家に戻ると、あやめが不機嫌に告げた。

「パパ、おばさんがまた来たよ。あの人ヤダな」

「どの人?」

「こないだのおばさん。パパの部屋に入っていった」

 あやめは地下のオーディオルームを「パパの部屋」と呼んでいる。

 浩一さんは昨夜のことを思い出して背筋が冷える心地がした。

 夜、あやめが子ども部屋のベッドに入ると、彼は地下室へ降りた。

 モニターをオンにする……と、昨日と同じノイズが現れて、スピーカーから声が。

「……浩一さん……ユミ……」

 慌てて電源を切り、2階の寝室に行くと、スマホに通知が届いていた。

 ユミからのメッセージだった。

 彼は既読を付けずに無視することにした。

 いくらユミが若々しく魅力的だからといって、かつての修羅場はやはり忘れがたく、何も起こらなかったかのように振る舞う彼女のようすに居心地の悪さを感じていた。

 そこへ来て、怪奇現象で彼女の名前が呼ばれたのである。

――あの声、美紀に似ていたな。

 彼の世にいる美紀が警告を送ってくれているのかもしれないと彼は思った。

「おばさんが来てる」

 あやめも敏感に異変に気付いているようだ。

 金曜日、浩一さんが帰宅すると、あやめが泣いていた。

「パパ、おばさんが来てるよ。ママが嫌だって。勝手に家に来るのはダメだよね? おばあちゃんに言ったけど、変なことを言うんじゃありませんって叱られた……」

 浩一さんはあやめを抱きしめた。

「おばあちゃんには後でパパから言っておく。それからママは安らかに眠っているから心配ないよ。……おばさんって誰? どこにいる?」

「知らない人。地下室にいるよ」

 浩一さんは地下室へ急いだ。

 ドアを開けると、モニターが点いていて、暗い画面にぼんやりとした女の黒い人影が映り込んでいた。

 ノイズが走り、突然、女の姿が明瞭になった。

 ユミだった。

「ずうっと、ずうっと待ってたんだよ」

 そのとき頭の中に美紀の声が響いた。

「浩一さん、その人を連れ込まないで」

 ユミは再び「ずうっと待ってた」と言うと、姿が暗く翳り、黒い画面に溶け入るように見えなくなった。

 プツンとモニターの電源がひとりでに落ちた。

ユミの現在

 オーディオルームは正常に戻った。浩一さんは深呼吸をして気を鎮め、スマホで同窓会のLINEグループの画面を開いた。

 幹事のアカウントを見つけてメッセージで問い合わせてみた。

「ユミさんが出席していたか知りたいのですが、わかりますか?」

 しばらくすると返信があった。

「いいえ。ユミさんは欠席でした。彼女は10年ぐらい前に交通事故に遭ったと聞いています。ご存命だとは思うけれど、風の噂では後遺症に苦しんでいるとのことで、同窓会に来たことは一度もありません」

 うっすらと予感があって幹事に連絡したのだったが、それでも浩一さんは衝撃を受けた。
 
 その後、彼は、ユミの現在について興信所を使って調査した。

 2週間ほどで結果が出た。

 それによれば、確かに、10年前、ユミは車の運転中に交通事故に巻き込まれて健康を損ね、その後は実家で両親に扶養されているとのことだった。

 さらに、事故があったのは彼が美紀と結婚したのと前後する時期で、そのときユミは同乗していた夫を亡くしていることも明らかになった。

 同窓会のとき、ユミはバツイチだと言っていた。あれは悲しい嘘だったようだ。

――いや、それとも彼女は夫と別れるつもりだった? 僕へのあてつけで結婚したものの、夫婦仲が破綻して、車の運転中に激しく争った挙句の事故だったとしたら?

 興信所の報告書を読んで、浩一さんは想像を巡らせることとなった。

 報告書には、こうも書かれていた。

《通院する以外には滅多に外出はせず、出掛ける際にも、必ず誰かが付き添って乗用車で移動しているようです》

 それでもユミは同窓会やカフェに現れた。

 健やかな肉体の幻をまとって……。

 彼はユミの怨念の深さを思い知らされて、心底恐ろしくなった。

前を向いて

 地下室には盛り塩をしてみたが、それからも時折、奇怪な現象が起きる。

「せめて妻の眠りを妨げないように……と思って、あやめを連れて菩提寺に通い、墓参りと供養に努めています」と彼は言う。

 どういう機序か、たびたび親子で墓参りに行き、その都度、一緒に住職の読経を聴いていたら、娘の霊感が治まってしまったそうだ。

「不思議なことを言わなくなりました。地下室の現象も間遠になってきましたし、遠からず、何もかもふつうになるのでしょう。娘が成人したら妻が遺した金庫の宝飾品を贈るつもりで、その日を楽しみに生きていきます」

 今はまだ、地下室のスピーカーから時折小さな音がブツブツと聞こえるが、もう気にならないという。

 前を向いて生きる彼にとっては、過去の残響は恐るるに足らず、ということか。

 筆者には、ユミさんも哀れに感じられて、やりきれない思いがするのだが……。

――― 

 妻の思い出と幼い娘を愛して、浩一さんはこれからを生きる――。【記事前半】では、かつての恋人との再会と、娘に備わった妻譲りのとある能力について述べている。

川奈まり子(かわな まりこ) 
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)

デイリー新潮編集部