なぜ「現代思想」はウケなくなったのか──【仲正昌樹『集中講義! 日本の現代思想』】#3
「現代思想」があまりウケなくなってしまったいくつかの要因
丸山眞男や吉本隆明など戦後思想との比較を踏まえ、浅田彰や中沢新一らの言説からポストモダン思想の功罪を論じたロングセラー『集中講義! 日本の現代思想』。
80年代に流行した「現代思想」は海外思想をいかに咀嚼して成り立ち、若者を魅了しながら広がり、やがて終焉へ向かったのでしょうか。またその後、ゼロ年代以降の「哲学・思想」ブームによって、多くの「スター」が輩出されても、彼らを軸にした思想の流れが生まれてこないのはなぜなのでしょうか──?
今回は新版刊行を記念し、本書のイントロダクションを3回にわたって公開します。
(全3回の第3回)
『新版 集中講義!日本の現代思想』 書影
なぜ「現代思想」はウケなくなったのか
このようにして八〇年代に一世を風靡した「現代思想」であるが、九〇年代後半頃から、急速に影響力を失っていき、現在では、単に“同時代の思想・哲学”を意味する言葉に戻ってしまった感がある。「現代思想」あるいは「ポストモダニズム」ブームの担い手になっていた青土社の雑誌『現代思想』は今でも発行され続けているが、そこで紹介されている中身は往時とはかなり異なり、実態として、“同時代の文化左翼的な思想”になってしまっている。
「現代思想」があまりウケなくなってしまった理由としていくつかの要因が考えられる。まず第一に、「現代思想」のウリであった学際性、ニュー・ジャーナリズムや、サブカルとの結び付きが当たり前になりすぎてしまった、ということがあるだろう。九〇年代になると、日本の多くの大学で、「国際○○」とか「総合△△」「文化□□」といった名前の、何を教えているのかよくわからない学部や学科が現実的に増加し、「表象文化論」とか「相関社会科学」といった実態のよくわからない専門をもっている文系学者が増加した。そうした環境の中で、論文なのかエッセイなのか評論なのかはっきりしないエクリチュールがそれほど珍しくなくなった。宮台真司のように、“援交”―――無論、実際にどこまでやっていたかは定かではない―――をやって見せたり、コスプレ姿で商業雑誌に登場するといったことも、慣れてしまうとそれほど刺激的ではなくなった。文化活動や学問における「ハイ/ロー」「専門/非専門」の境界線があまりにも相対化されてしまったせいで、既成の知のジャンルを越える「現代思想」であることを取り立てて強調する必要性がなくなったわけである。
また、「現代思想」の発するポストモダン的なメッセージがあまり評価されなくなった社会的要因として、八〇年代には人々に「既成の価値観からの解放」とか「ライフスタイルの多様化」などを約束してくれるように見えた“ポストモダン的状況”に対する評価が、九〇年代になってから大きく変わったということがある。詳しくは後の講義で論じるが、八〇年代後半に生じたバブル経済が九〇年代初頭にはじけた後、不況が長期化する中で、近代的な労働主体=市民としての安定したアイデンティティを放棄し、ふらふらとあちこちをさ迷いながら、フリーター的な生き方を好む“ポストモダン的な人間”が、希望の星には見えなくなった。自ら進んでフリーター的な生き方をしているというよりは、不況のせいで仕方なくフリーターとしての道を選択せざるを得ない人のほうが多くなったせいで、ポストモダン的にふらふらし続けることが、いいことだとは思えなくなったのである。簡単に言うと、社会に余裕がなくなったわけである。
浅田や中沢の影響を受けた“八〇年代の若者たち”自身も、次第に年を取っていく中で、いつまでも自らの居場所(アイデンティティ)を定めずに、近代的な労働主体としての生き方を回避し続けることに疲れてきた。どこかに、安定した着地点を求めたくなる。しかし、不況の中でのリストラが続いているため、かつての“現代思想少年”たちが望んでも就職できないという現実があらわになると、今度は若者たちを不安定な立場に置きながら成長を続ける「市場原理主義的な経済」や、そうした苛酷な経済状態を温存しようとする「新自由主義的な国家」に対して、怒りの矛先が向くようになる。そのため、かつてのマルクス主義が描いていたような、きわめて単純に二項対立的な「権力/反権力」図式が部分的に復活してきた。雑誌『現代思想』はむしろ、二項対立思考を復活させたい人たちのマニフェストの場と化した観がある。
そして、それとは対照的に、「現実」を流動的かつ複眼的に見ようとする「現代思想」あるいは「ポストモダン」的な発想は、「対立軸をズラして、問題の本質を見えにくくしてしまうことに加担する危うい思想」として―――とくに左派の人たちから―――嫌われ、しりぞけられるようになった。どこに着地するのか最後まで予想しにくいポストモダン的なパースペクティヴよりも、すべてを「敵/味方」に“わかりやすく”分離することを信条とする二項対立の論理が好まれるようになれば、「現代思想」の出番はなくなる。
本講義のねらいと構成
このようにして、「現代思想」は流行らなくなっていったわけであるが、その影響がまったく消滅してしまったわけではない。“現代の哲学・思想”業界において、二項対立思考が復活しつつあるといっても、世界を善/悪にはっきりと切り分ける、かつてのマルクス主義のような統一的な世界観を構築することが、無条件に良しとされているわけではなく、“絶対的正義”を掲げることに躊躇する感覚はある程度働いているように思われる。また、そのような二項対立的な図式を描こうとする自己自身の「主体性」や「理性」を無邪気に信頼し続けることもできなくなっている。(人間の営みである)哲学・思想によって、「世界」を全体的に見渡すことのできるような絶対知に最終的に到達することは不可能である、という「現代思想」の教訓はそれなりに生きている。そして、すでに述べたように、ニュー・アカデミズム的な知の流動性は、もはや不可逆的なまでに、日本の知の見取り図の中にとけこんでいる。
本書の以下の講義では、この死滅しつつあるように見えるが、依然として一定の影響を発している「現代思想」とは、そもそも何であったのか、あるいは、何であるのか、ここまで述べてきたような概略に即して、今一度確認していきたい。
第Ⅰ部(第一講と第二講)では、「現代思想」が登場する頃まで日本の戦後思想を牛耳ってきたマルクス主義の変遷と、その残した課題を簡単に振り返る。第Ⅱ部(第三講と第四講)では、「現代思想」の登場を促した消費資本主義について解説する。第三講では、消費資本主義の台頭が、哲学・思想の布置状況に対して、どのような影響を与えたかを考察し、第四講では、日本における「現代思想」の知的源泉になったフランスを発信地とするポストモダン思想と、消費資本主義との関連を明らかにする。
以上を経て、第Ⅲ部(第五講と第六講)で、日本版「現代思想」の特徴を解説する。第五講では、日本の「現代思想」の主要な思想家とその理論の特徴、第六講では、ニュー・アカデミズムとの関連や学際性を叙述することにする。第Ⅳ部(第七講と第八講)は、ポスト八〇年代の思想状況がテーマだ。第七講で「現代思想」が流行らなくなった背景を明らかにし、第八講で、「現代思想」が残した“遺産”と、これからの展望について考えることにする。
第一講から第四講にかけて述べるように、私は西欧諸国、とくにフランスにおけるポストモダン思想の台頭には、大量消費社会に移行しつつある西欧諸国の現状に合わなくなって、理論面でも実践面でも衰退していったマルクス主義の代替としての意味合いが含まれていた、と見ている。「現代思想」は、その日本版であったはずであり、ポストモダン思想の主たる紹介者=現代思想家たちにも、もともとそういう問題意識があったはずである。
しかし、八〇年代の「現代思想」ブームの中で、そうした肝心なところを素通りしたまま、浅田彰流のかっこいい専門用語、広告のキャッチコピーふうのしゃれた言い回しが各種メディアで散々使い回されて、単なる「祭り」になってしまった感がある。そして、「祭り」が過ぎた後になると、何のために「現代思想」を輸入する必要があったのか、(「現代思想」の主たる担い手だった人たちも含めて)わからなくなっているのが現状だ。
近代日本における西欧思想受容のお馴染みのパターンだが、こと「現代思想」に関しては、祭りの「前」「最中」「後」の落差があまりにも大きい。第三講~第五講で触れるように、ポストモダン思想あるいは日本の「現代思想」では、絶え間なき記号の戯れを通して再生産され続ける「流行」という消費社会的な現象を批判的に分析することが大きなウェートを占めていたが、日本の場合、「現代思想」自体が“流行商品”として消費され、使い捨てにされたきらいがある。思想自体が“流行商品”になってしまうというのは、ある意味、ポストモダンの最先端をいくような話にも思えるが、完全に使い捨てにしてしまうのは、「思想史」的には損失である、と―――依然として、近代的な節約の精神を捨てられない―――私は思っている。
本書全体を通して、「現代思想」の何を、後世のために遺産として書きとめておくべきか、考えるヒントを提供したいと思っている。
[新版にあたって]
旧版の刊行から十九年が経った。新版を出すに際し、この間の動向について概観した長めの講(章)を第Ⅴ部として追加した。フランス系の現代思想が日本でどのように受容され、応用展開されていったかを概観する旧版部分と違って、ゼロ年代以降の日本の思想論壇の混迷状況を私なりの物語論で分析することを試みている。
本書『新版 集中講義! 日本の現代思想 ポストモダンと「その後」を問いなおす』では、旧版に2万超の新章「二一世紀に“日本の現代思想”は存在するか」を加えた以下の構成で、「思想」の可能性をいま改めて問うていきます。
序 かつて、「現代思想」というものがあった
Ⅰ 空回りしたマルクス主義
第一講 現実離れの戦後マルクス主義
第二講 大衆社会のサヨク思想
Ⅱ 生産から消費へ──「現代思想」の背景
第三講 ポストモダンの社会的条件
第四講 近代知の限界──構造主義からポスト構造主義へ
Ⅲ 八〇年代に何が起きたか
第五講 日本版「現代思想」の誕生
第六講 「ニュー・アカデミズム」の広がり
Ⅳ 「現代思想」の左転回
第七講 なぜ「現代思想」は「終焉」したのか
第八講 カンタン化する「現代思想」
Ⅴ 物語の構造を見失った日本
第九講 二一世紀に“日本の現代思想”は存在するか
仲正昌樹(なかまさ・まさき)
哲学者、金沢大学教授。1963年広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了。金沢大学法学類教授。専門は法哲学、政治思想史、ドイツ文学。著書に『現代哲学の最前線』『現代哲学の論点』(NHK出版新書)、『新版 集中講義!アメリカ現代思想』(NHKブックス)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』(講談社現代新書)、『〈戦後思想〉入門講義 丸山眞男と吉本隆明』『自由民主主義入門講義』(作品社)など多数。
※刊行時の情報です。
■『新版 集中講義! 日本の現代思想 ポストモダンと「その後」を問いなおす』より抜粋
■注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛している場合があります。

