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スーパーヒーロー映画やフランチャイズ作品の氾濫、ストリーミングサービスの台頭、人工知能と映画製作の関係──。巨匠マーティン・スコセッシは、現在の映画界に対する考えを歯に衣着せず語りつづけてきた。すっかり“業界のご意見番”めいたポジションになりつつあるが、過去には「自分が最後の砦にはなりたくなかった」とこともある。

2024年2月、ベルリン国際映画祭で金熊名誉賞を受賞したスコセッシは、壇上で“映画”の今についての考えを語った。米によると、「映画は死にかけているのでしょうか?」と問われたスコセッシは、「死にかけているとはまったく思わない。変化しているのだと思う」と答えたという。

「映画というものが、常にひとつのかたちであるはずがなかったのです。しかし我々は、映画がひとつのものであることに慣れ親しんできました。つまり、“映画を観たいのなら映画館に行く”ということです。良い劇場でも悪い劇場でも、それは劇場であり、常に共同体験だった。けれどもテクノロジーはすさまじい速さで変化し、また消耗しました。」

そんななかで、スコセッシは「私たちがきちんと持てるものは個人の声だけ」だと述べている。「その個人の声は、TikTokで表現することも、また4時間の映画や2時間のミニシリーズで表現することもできる」と。

「テクノロジーに怯えてもいけないし、テクノロジーの奴隷になってもいけません。テクノロジーを制御し、正しい方向に導きましょう。その正しい方向とは、ただ消費されて捨てられるものではなく、個人の声から生まれてくるものだと思います。」

こうしたスコセッシの言葉は、以前BFIロンドン映画祭で語られたものとも通じている。「(映画は)いまや皆さん全員の手にある」と話したスコセッシは、今の若者たちが世界を自分とは別の形で見ていること、テクノロジーの発展がフィルムメイカーに自由をもたらしていることに言及したうえで、新しい技術が「どんなことを、どのように語りたいのか」を再考するきっかけになることをのだ。

映画というメディアがいかに変化しようとも、テクノロジーがいかに進化しようとも、大切なのは作り手個人の声なのだ──スコセッシが語りつづけているのは、つねにこのメッセージにほかならないのかもしれない。

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