和田正人

 東京・調布にある「沖縄料理 みやらび」に入るやいなや、「マスターの顔を見るだけでデビュー前の気持ちが蘇る」と、和田正人は懐かしそうに笑った。今から20年前、和田は屋台からスタートしたこの店の常連客だったという。

「俳優を目指すために初めて一人暮らしをした家と駅の間にポツンとあった屋台が『みやらび』でした。ソーキそばをはじめとした沖縄料理が美味しいのはもちろんですが、常連客のみんなが優しくて、何者でもない若者だった僕にも話しかけてくれました。東京という砂漠で初めて見つけたオアシスでした」

 中学生から陸上を始め、大学時代は箱根駅伝に出場。青春を陸上に捧げてきた。

「陸上を始めたきっかけは人よりも足が速かった、だけでした。そうやって始めたのですが、結果がついてくるとみんなが認めてくれるし、喜びからやりがいも感じてきて。学生時代はずっと続けるものだとぼんやりと考えていました。ケガも多く、箱根駅伝も1年生のときは出られず、悔しかった思い出があります」

 そんな和田の人生を変えたのが、大学卒業後に所属したNEC陸上部の廃部だ。

「入って2年目でびっくりしました。そのころはケガをして海外遠征にも行けず、陸上にどんなに時間と熱量を注いでも35歳ぐらいで引退しなきゃいけなくなるんだろうなと人生について考えていた時期でした。なので廃部を聞いたときに、年齢制限のない仕事、俳優という仕事っていいなと思ったんです」

 突然の方向転換。和田は数あった選択肢の中から、俳優を目指した。

「大学生になって高知から東京に来て街を歩いていると、芸能人や、雑誌のストリートスナップの撮影現場を見かけて、芸能界って遠い世界の話ではないんだと気づかされました。僕はずっと陸上をやってきて陸上をするのが当たり前だったんで、もし生まれ変わるならこういう仕事もいいなと思っていました。その自分の中で当たり前だった陸上がなくなると知ったとき、神様が『俳優を目指してみれば?』と背中を押してくれた気がして。もう何かに突き動かされるように、『俳優になります』とNECを辞めちゃいました。大企業なのに」

 24歳で俳優を目指すのは厳しい選択だった。

「オーディションは年齢制限で受けることもできないものばかりで。それでも何かできないかと思い、ワークショップに行って演技を学んだり、これまで陸上しかしてこなかったので六本木のバーでバイトして世間をのぞいてみたりと試行錯誤しました。で、わかったのは、人間として中身を磨かないと意味がないってこと。見た目とか芝居とかだけではない、内面が大事だと気づかされました」

 だが、オーディションは年齢を理由に落ち続けた。

「(面接審査で)会ってから落とされるのだと納得できるんですが、書類と写真だけで落とされるのは理不尽だなと思い……年齢をごまかして書類を送りました。そうすると箱根駅伝に出場したことは書けなくなってしまうんですが、何にも頼らないでそのまんまの自分で勝負をするのもいいなと思ったんです。そうしたら最終面接までいき、審査員特別賞をもらって今の事務所に所属できて。そこからは、ひたすらいけるところまで突っ走ろうと思いました。翌年には年齢のことがバレて謝りましたが」

和田正人

■朝ドラ出演からは “新たな人生”

 すぐにミュージカルの仕事も決まり、俳優の道を少しずつ歩み始めることに。

「当時、(ミュージカルの)演出助手さんからは、『22歳のわりには理解力がありすぎる』って思われていたらしいです。本当は25歳だったんですけど(笑)。ちょっとみんなよりも年上だったこともあり、心に余裕があったんです。当時チームとしても活動していたのですが、みんなで頑張ろう! と素直に思えて。1年目から “まわり” が見えていました」

 陸上の経験、オーディションに挑み続けた経験が和田を強くしていた。

「陸上で壁を乗り越えて、大きな舞台で活躍して。それが終わってからの “第二の人生” だからかもしれません。職業こそ違うけれど精神的なことは一緒だなとどこかで感じていました。どんな壁が出てきても、これを乗り越えたら大丈夫というか、見えているというか……。絶対にうまくいくと心のどこかで思っていました。どんなことがあっても根底は動じませんでした」

 大きな節目だったと感じたのは、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』(2013年)の出演だ。

「デビューして9年目だったのですが、この作品で顔を覚えてくれる方も増えて。今までとは違ったお仕事をもらえるようになったりと生活が変わった気がします。

 僕の陸上人生は実業団まででしたが、これって俳優でいったら朝ドラや大河ドラマ出演くらいのレベルかな? とどこかで思っていたところがあったので、やっと第一の人生と同じステージまで来たという感慨深い気持ちにもなりました。

 ただここからは経験のないステージに突入するという、今まで感じたことがない気持ちにもなりました」

 俳優として時代劇や人間ドラマなど、幅広いジャンルの作品に出演するようになった。

「いろんな役をやらせていただいて、すごく夢中で仕事をさせてもらっています。

 そういう意味では走っていたときと変わらないかも。ひたすら前を向いて走っているという感じです。朝ドラまでの仕事に関しては、こうしてなんとなく語れるんですが、ここ10年くらいの仕事はまだ自分の中に落とし込めていない気がします。

 まぁ、来年が芸能生活20年目なので、そのときがくれば、また変わるのかもしれないので楽しみです」

 6月30日には和田の主演映画『オレンジ・ランプ』が公開される。若年性認知症になった父親を演じ、新たな一面を見せている。

「認知症がテーマである作品ですが、その根底には家族と仲間の絆が描かれていて、心がほっこりとして温かな気持ちになると思います。僕も観た後、妻と子供をギュッと抱きしめました(笑)。

 やっと父親役をまかされるようになってきたのは嬉しいです。僕はスタートが遅かったのと、童顔なのでどうしても若い年齢の役が多くて。でも、もう40半ば。これから、今までとはまた違った役をやらせていただけると思うと楽しみしかないです。

 まだまだ新しいことに挑戦できるのは役者ならでは。これからも変わらず走り続けて、いろんなことを経験していきたいです」

 陸上から役者の道に転身して約20年。どんな道も笑顔で走る彼の姿を応援したい。

わだまさと
1979年8月25日生まれ 高知県出身 日本大学在学中には第76回・第78回箱根駅伝に出場し、復路9区を走破。2005年に『ミュージカル テニスの王子様』で俳優デビュー。2007年に『死化粧師 エンバーマー 間宮心十郎』(テレビ東京)で、ドラマ初主演を果たす。連続テレビ小説『ごちそうさん』(2013年)、大河ドラマ『おんな城主直虎』(2017年、ともにNHK)など話題作に多数出演。9月からは舞台『橋からの眺め』に出演予定

【沖縄料理 みやらび】
住所/東京都調布市西つつじヶ丘2-1-31 ライオンズマンションつつじヶ丘1F
営業時間/17:00〜26:00(L.O.25:00)日曜日のみ〜25:00(L.O.24:00)
定休日/不定休

写真・伊東武志
スタイリスト・小林洋治郎
ヘアメイク・小林純子