ユニフォームが肌露出の多いデザインになっている陸上の女子選手の胸元や下半身に狙いを定める盗撮まがいの“カメラマン”が問題になっている。写真がネットで拡散されるなどの被害が出ている。スポーツライターの酒井政人氏は「競技団体は不審者がいないか競技場内を巡回するなど対策しているが、いたちごっこが続いている。最近は赤外線カメラを活用した卑劣な手口も現れた」という--。
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陸上女性選手を悩ませる「盗撮被害」のひどい実態

女子アスリートが性的な“視線”を受けて、プレー中の卑猥な写真がインターネットで拡散される被害が問題になっている。特に狙われているのが肌の露出が多い陸上選手だ。

そこで筆者はかつてメディアに「美女アスリート」としてしばしば取り上げられていた元選手のAさんに話を聞くと、想像を超えるような苦悩を抱えていたことを知った。彼女たちの心の闇を多くの方に理解していただきたいと思う。

陸上競技のスプリント種目や跳躍種目の公式戦は、今や上半身と下半身が別れたセパレートのユニフォームがスタンダードになっている。上はカップつきウエアで、下はピタピタしたブルマのようなかたちが多い。このスタイルが国内で広まり始めたのは2003年ごろだ。

それまでは、どの種目でもランニングシャツ&ランニングパンツ(もしくはタイツ)を着用していた。しかし、セパレート型のユニフォームを着ていた選手が活躍すると、そのスタイルが一気に拡大。近年は全国大会になると短距離、ハードル、跳躍種目の大半はセパレート型のユニフォームを着用している。

■無防備な選手の胸元や下半身に狙いを定める不届き者

女子選手の肌露出が増えるのと同時に、デジタルカメラも普及。いつしか陸上の女子選手は“カメラ小僧”のターゲットになるようになった。観客スタンドから望遠レンズを女子選手に向けているファンが何人もいるのだ。

チーム関係者や、純粋に競技の写真を撮影している人がいる一方で、女子選手の胸元や下半身に狙いを定めている不届きなカメラマンもいる。

「望遠レンズで狙われていても気づかないですし、そもそもそういうことを頭に入れないようにしています。気になると、競技に集中できませんから」(Aさん)

カメラマンたちは“無防備”な選手たちを執拗に追いかけているわけだ。

日本陸上競技連盟、日本学生陸上競技連合などの各団体は数年前から観客スタンドにいるカメラマンの動きに注視している。スタート位置後方など、特別に許可をとった者しか撮影できないエリアを設置。大会関係者は不審者がいないか競技場内を巡回しており、ときおり声をかけられているカメラマンも見かける。時には画像の消去を求められ、悪質な場合は警察に通報することもあるという。それでも完全に“盗撮カメラマン”を排除できないのが現状だ。

■露出の多いウエアを着ている女性選手が悪いのか?

そもそも女子選手たちはカメラで狙われやすいのに、なぜセパレート型のユニフォームを着ているのか? その最大の理由は、「動きやすさ」を追求しているからだ。従来のランシャツ&ランパンでは、ダイナミックな動きをする種目ではランパンに入れていたランシャツが出てしまうこともある。動きやすくて、競技に集中できるウエアを選んでいるわけだ。

普段の練習ではさほど着用しないかたちのウエアを着ることで、気持ちが引き締まるというメンタル面も大きい。そして、暑いときは「セパレートのほうが涼しい」という利点もある。

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陸上競技は0秒01や1cmを争うため、僅かな「感覚の差」が結果に大きく影響することもある。アスリートがセパレート型のユニフォームを着用するのは自然な流れといえるだろう。

競泳の場合、以前はハイカット水着が主流だった。それは速さを求めたかたちだ。しかし、近年は膝上まで生地が覆われているオールインワン水着のほうが浮力を得られるため、女子選手の肌露出は少なくなった。これもパフォーマンスを重視した流れになる。

長年陸上競技を取材していると、セパレートのウエアに性的なものを感じることはない。しかし、競技を見慣れていない人たちにすれば、刺激的な服装に映るのだろう。日焼けしてない部分があらわになっているのも、彼らの気持ちをあおっているのかもしれない。

■公道を走る駅伝は無法地帯「どこを撮られているかわからない」

Aさんは駅伝にも出場していたが、競技場で行われる大会よりも、沿道で行われるレースのほうが“恐怖”を感じることが多かったという。

「駅伝の場合は公道なので無法地帯です。走っているときは気にならないですけど、レースが終わった後にカメラを向けらえるのがすごく嫌でしたね。見られている意識はあるので、キャップを深くかぶるんですけど、どこを撮られているのかはよくわかりませんし……」

ただAさんが所属していたチームは選手が競技に集中できるように、ファンからの声かけを制止するなど、大会期間中は「芸能人とマネジャー」のような関係だったという。徹底的にガードされていたにもかかわらず、多くの写真が雑誌やネットに“流出”した。

■裸のように見えてしまう…赤外線カメラを活用した新たな被害

また赤外線カメラを活用した新たな被害も出ている。生地が薄く、身体に密着しているウエアを赤外線カメラで撮影すると透過するため、裸のように見えてしまうのだ。特に陸上、水泳、バレーボール、新体操の選手が狙われている。

これは明らかに「盗撮行為」と言ってもいいだろう。実際、迷惑防止条例で赤外線盗撮を禁止している自治体もある。また被写体が未成年の場合は児童ポルノ禁止法に抵触する可能性も出てくる。

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さらに悪いことに撮影した画像や動画を掲載しているサイトや、スポーツ選手の際どい画像や動画を販売している業者、個人もいる。このような状況で女子アスリートが競技に集中できるだろうか。

競技を観戦する側のモラルが問われている。このような状況が続くようだと、観客席へのカメラ持ち込みを制限するしかない。

■週刊誌「美女アスリート」グラビア特集で勝手に写真掲載されて

Aさんは現役時代に週刊誌の「美女アスリート」のグラビア特集などにたびたび登場した。それも苦痛に感じることが多かったという。

「ヌード写真が掲載されているような男性誌は嫌でしたね。知らないうちに載っていることがよくありました。誰かに言われて知るんですけど、気にするのも良くないので、『そうなんだ』で終わらせるようにしていました。どんな写真が載っているのか気にならないといえばウソになります。でも、自分から見ないようにしておくことで、そのうち忘れてしまいますから」

またAさんはビジュアル面で脚光を浴びることに重荷を感じていたという。

「スポーツ選手は結果が一番です。実力以上に注目されることが嫌でしたね。そこまで実力がなかったので、自分でも結果はある程度わかっています。私にとってはいつも通りの走りでも、期待したファンをガッカリさせてしまいますし、文句を言われることもありました。注目されるのはうれしいですけど、実力が伴わないと負担になるんです」

東京五輪を控えメディアもスポーツ界全体を盛り上げようとしているのだろう。選手たちはセクシーさを前面に打ち出しているわけはないが、「外見」をクローズアップする媒体は少なくない。メディアはアスリートとしての特徴をもっとうまく伝えるべきではないだろうか。

■「自称ファン」からの危険な郵送物やSNSメッセージ

メディアへの露出が増えると、ファンも増えてくる。なかにはとんでもないファンがいたそうだ。

Aさんが所属していたチームは手紙や荷物のなかで、送り主が分からないものはスタッフが確認したうえで選手に渡していた。当時のプレゼントには、通信販売されているようないわゆるアダルトグッズが入っていたことも。Aさんは引退後にそういうことがあったのを知ったという。ファンレターも“危険な内容”なものは選手に手渡されることなく破棄されていた。

現在は選手自らがSNSを運営していることが多く、言葉のナイフが選手にダイレクトに届いてしまう。これも悩ましい問題だ。そのため、実名でのSNSを禁止しているチームもある。

一方で美女やイケメンは選手としての“商品価値”を高めるものでもある。シンクロの青木愛は北京五輪でチーム5位、新体操の畠山愛理はロンドン五輪で団体7位、リオ五輪で団体8位だった。彼女たちには競技者として同レベルのチームメートがいたはずだが、美貌やキャラクターが注目されたことで、引退後のキャリアにつながっている。

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「現役時代はチームに守られていました。競技をするうえでは非常にありがたかったですけど、今思うと甘やかされていたようにも感じます。競技以外、何もできないために、引退後にキャリアがブツッと切れてしまうんです。他人の言葉が気になる人はSNSはやらないほうが競技に集中できると思います。でも、アスリートとしての価値を高めて、セカンドキャリアにうまくつなげていくことを考えたら、自分自身で発信していくことも大切じゃないでしょうか」(Aさん)

SNSで多くの人とつながるようになり、高性能カメラも手に入りやすくなった。ひと言でいうと世の中は便利になっている。だからこそ、アスリートはSNSの使い方を考えて、ファンはモラルを守る。そういう時代がやってきたようだ。チケットを購入したからといって何をしてもいいわけではない。アスリートが心おきなくパフォーマンスを発揮できる環境をつくることが、ファンに課せられた最低限のマナーなのだ。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)