武蔵小杉のタワーマンション群〔PHOTO〕iStock

写真拡大

つい2週間前まで、誰もが憧れる高級タワマンだった。停電、断水、果てはマンション前に悪臭を放つ汚泥が溜まった。なぜこんな事態になったのか。発売中の『週刊現代』では、「人気の街」を襲った悲劇を徹底検証する。

駅前が川のようになった

「台風19号が上陸した10月12日の夜から停電してしまい、すぐにトイレも使えなくなりました。台風が通過した後、毎日朝5時すぎから業者がクレーンなどの重機を使って復旧作業をしています。

各部屋の電気は徐々に使えるようになってきましたが、完全ではなく、共用部の電気は消えたまま。何より個々の部屋のトイレはまだ復旧していないのです」

武蔵小杉のタワーマンション群〔PHOTO〕iStock

そう話すのは、47階建ての高級タワーマンション「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」(以下、パークシティ武蔵小杉)に住む40代の女性だ。住民向けに携帯トイレが配布されたというが、使用している人は少ないようだ。

この女性が続ける。

「トイレが使えないこともあり、住民の中には近くのホテルや知り合いの家に泊まっている人たちも多いようです。

夜になっても明かりが点かない部屋が多いのは、まだ停電している部屋があるのと、そういった理由で不在の部屋があるためです(左頁写真)。タワマンに住んで、まさか台風でこんな事態になるなんて、想像していませんでした」

甚大な被害を及ぼした台風19号の上陸から2週間が経った。各地で大きな爪痕を残したが、中でも注目を浴びたのが川崎市武蔵小杉である。

武蔵小杉といえば、「SUUMO 住みたい街ランキング2019」でも、関東9位にランクインするなど、「住みたい街」ランキングの常連として知られている。街の中心にはJR南武線、東急東横線の駅があり、少し離れた場所にはJR横須賀線も走っている。

「グランツリー武蔵小杉」といった大型複合施設なども多く、共働きの高所得夫婦やファミリー層から高い支持を得ている。

そんな人気の街の中心に建っているタワマンが、冒頭のパークシティ武蔵小杉である。高さは約160m、'08年に完成した。

「武蔵小杉の各駅から、ちょうど徒歩2〜3分ほどの場所に建っているという最高の立地です。外観や内装も高級感がありますが、その割に周囲の物件と比べて桁外れに高額というわけではないので、人気が高い。

10階〜30階あたりの中層階だと、3LDKで約7000万円〜9000万円が相場でしょう。
部屋数643戸という大型マンションですが、人気物件で、空きは少ない。『武蔵小杉ナンバーワンタワマン』と呼ぶ人もいます」(地元不動産業者)

この高級タワマン周辺で異変が起き始めたのは、10月12日の深夜のこと。台風19号による暴風と大雨が猛威を振るうなか、突然街のあちこちから水があふれ出したのだ。

JR南武線、東急東横線の武蔵小杉駅の南側のエリアでは、大人の膝上ほどの高さまで水が流れ込み、一帯は冠水した。

冠水した水が暴風で東へ西へと流される様子は、まるで突然街中に大きな川が現れたようだったという。さらなる本当の悲劇は台風通過後にやってきた。

「台風翌日の13日のお昼頃には、水はずいぶん引きました。しかし、冠水したバスロータリーの辺りには大量の泥が溜まったままでした。周囲には汚泥の匂いが漂っていて、マスクをして歩く人の姿もありました」(川崎市市民自治財団事務局長の田澤彰氏)

「分流式」か「合流式」か

普段から大混雑で知られるJR武蔵小杉駅の横須賀線ホームでは、水没した影響で一部の改札が使えなくなり、券売機やエスカレーター、エレベーターなどが故障した。駅から南へ徒歩8分ほどの場所にあるマンションの住民が話す。

「台風後すぐに停電してしまい、まだ復旧していません。ウチのマンションの1階にあるコンビニや銀行のATMも電気設備がやられてしまったようで、営業再開の目処は立っていないのです」

中でも特に甚大な被害を受けたのが、冒頭のタワマン、パークシティ武蔵小杉だった。地下3階にある電気設備が浸水し、完全に故障してしまった。

その結果、停電し、照明、エレベーターも停止。最上階の47階に住んでいる住民は、悲惨なことに、外出するためには一段一段、階段で上り下りするしかなくなってしまった。

トイレが使用できなくなったのは、配電盤が壊れてポンプで水を汲み上げられなくなったからだ。便意を催すたびに47階から1階まで階段を上り下りする―。そんな地獄を、高級タワマンの住民は味わうことになったのだ。

さらに、マンションの前には汚水を含んだ泥が大量に溜まり、悪臭を放った。一連の様子はテレビやネットを通じて全国に広まり、高級タワマンのイメージはガタガタに崩れることとなった。

今回の台風19号では、各地で堤防の決壊や越水(河川の水が堤防を越えてあふれること)が起きた。しかし、武蔵小杉駅は、一番近い多摩川の堤防でさえ1匱紊發竜離がある。そして、その堤防付近では、決壊も越水も起きていない。

それなのに、なぜか武蔵小杉の中でもタワマンが林立する、駅の南側のエリアに浸水被害が集中した。

どうしてこのような事態になったのか。発生直後は不明だった多くのことが、2週間が経ち、徐々に明らかになってきた。水災害に詳しい神戸大学の大石哲教授が解説する。

「川崎市はエリアによって『分流式』と『合流式』という2種類の下水処理方式を採用しています。

分流式は汚水を下水処理場へ、雨水は川や海に直接放流する。合流式は、汚水と雨水の両方を一緒に下水処理場に送るのですが、雨が大量に降った場合は、ほとんどすべてを河川に放流するのです」

新設される下水管は分流式が主流で、国土交通省も分流式を推奨している。合流式は主に古い街などに、そのまま残っていることが多い方式だという。大石氏が続ける。

「実は武蔵小杉は、駅より北側のエリアは分流式、今回被害のあった駅より南側のエリアは合流式と、別の方式を採用しているのです。

南側のエリアでは、汚水と、台風で降った大雨を下水管から多摩川に放流しようとしたわけですが、その多摩川自体の水位が非常に高くなってしまっていた。

それで、下水管から河川の水が逆流し、汚水や雨水と一緒になって武蔵小杉の街にあふれたのだと考えられます」

地下の電気設備がやられた

排水管から雨水が逆流し、市街地などに水があふれる現象は「内水氾濫」と呼ばれている。一方、河川の水は「外水」と呼ばれ、これが配水管から逆流して市街地に流れ込む現象を「外水氾濫」と呼ぶ。今回はこの内水氾濫と外水氾濫が同時に起こった。

「多摩川はいわゆる『天井川』といって、川床の高さのほうが、街の地面よりも高い位置にある河川です。水位が高くなれば、川につながっている排水管の水門を閉じる必要があった。

川崎市は今回のような規模の台風に慣れていなかったのか、内水氾濫を恐れ、水門を閉じなかったのです。

しかし、今回のように大量の雨が降って河川の水量が多くなると、河川水の逆流によって被害は大きくなります。水門を閉じなかった選択は、適切だったとはいい難いでしょう」(大石氏)

タワマンが立ち並ぶ駅の南側のエリアには、地形的な弱点もあった。武蔵小杉の地元不動産会社「ケイアイ」の代表取締役・金子勇氏が語る。

「今回被害のあったタワマンがあるエリアは、かつて工場などが建っていましたが、地元では『昔、あの辺りは沼だった』と言われています。一帯が周囲より低い土地であることは間違いありません」

こうして、逆流した汚水、大量の雨水がこのタワマン地帯に流れ込んだというわけだ。

そしてこの水がパークシティ武蔵小杉の地下にある電気設備に襲いかかった。地域防災に詳しい、東北大学災害科学国際研究所の佐藤健教授が語る。

「電気設備や受水槽のような設備は、基本的に地下室などに納めてしまうのが一般的です。

限られた空間を有効に使いたいため、地上部分は住戸や商業施設で占められてしまう。そのような弱点が今回、武蔵小杉のタワーマンションで露呈してしまったのです」

『生きのびるマンション』などの著書がある、ノンフィクション作家の山岡淳一郎氏もこう話す。

「現在の建築基準法の単体規定(建物自体についての規定のこと)では、地震に対しては対策を義務付けていますが、浸水に対しては何か基準があるわけではありません。

そのため、地下の電気設備などには必ずしも浸水対策が施されているわけではないのです。

今回被害に遭った武蔵小杉のタワマンも停電対策として自家発電装置を備えていたようですが、浸水対策は講じられておらず、結果的に使えなくなってしまった」

たとえば、建築基準法では高さ60m超の建物を建てる場合、60m以下の建物に比べて、1・25倍の風速に耐えられる構造にすることなどを義務付けている。

しかし、水害対策の基準は存在しない。そのため、今回のような事態が起きてしまうのである。

被害を受けたパークシティ武蔵小杉の住民たちの口は重い。本誌はこのタワマンに出入りする住民に声をかけたが、一様に「話すことはない」といった反応だった。

なぜか? 彼らにとって今回のトラブルは生活難だけにとどまらない、一大事だからだ。住宅ジャーナリストの榊淳司氏が語る。

「今回被害を受けたタワマンは、不動産業界で言う『事故物件』になってしまったのです。武蔵小杉は近年人気が急上昇したエリアで、『ムサコマダム』という言葉も生まれました。

しかし、徐々に人気に陰りも見えはじめていたのです。というのも、2年ほど前に、武蔵小杉駅が大変混雑するため、朝の通勤ラッシュ時などは駅の改札を抜けるのに30分以上かかるといった事態が報道されました。

そこからじわじわと敬遠する人が増えていた。今回の事態は、その傾向にさらに拍車をかけるのではないでしょうか」

今回の一件で全国的に名が知られてしまったパークシティ武蔵小杉も値崩れ必至だ。

人気エリアだから簡単には値崩れしない―そう考え、投資目的も含めて購入した人も多いパークシティ武蔵小杉の住民は、今回の事態の深刻さを誰よりもよくわかっているはずだ。

地価が3割も下落

「仮に台風前に1億円で売っていた部屋が、急に9000万円になるといったことはないでしょう。しかし、これまで1億円で売りに出したら、2ヵ月で売れていた部屋が、半年〜1年かかるという感じになる。

売れにくくなる、貸しにくくなるわけです。そうすると、売り急ぐ人は相場よりも低い価格で売りに出すようになるでしょう。そうして下落バイアスがかかってくるのです。

東日本大震災の時に、新浦安と海浜幕張の街で液状化現象が起きました。その直後はマンションなど不動産の価格に影響はありませんでしたが、2〜3年かけてズルズルと下がりました。

海浜幕張などは3割以上価格が下落した物件もありました。同様の事態が武蔵小杉でも起きる可能性はあります」(榊氏)

住宅地に向いているとはいい難い場所を、古い下水システムが残ったまま、「人気の街」というイメージをつけて売りに出す。そうして今回のような悲劇を生んでしまった。

程度の差こそあれ、同様の事態は他の地域、他のマンションでも十分起こり得る。前出・佐藤氏が語る。

「武蔵小杉で起きた停電、断水はタワマンだけで起きる問題ではありません。これを教訓として、デベロッパーを始めとして、業界で対策を講じる動きとなるでしょう。

ただ、そこに任せるだけではなく、居住者自身が電気設備や給水設備がどうなっているかなどを事前に把握しておくのも重要だと思います」

武蔵小杉の事例は決して他人事ではない。そう胸に刻みたい。

「週刊現代」2019年11月2・9日合併号より