戦後製造されたRー53型軽飛行機

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 東京都立川市の街中を歩くと、数多くの立飛ホールディングスゆかりの場所に出会う。多摩モノレール立飛駅、ららぽーと立川立飛、TACHIHI BEACH、アリーナ立川立飛など近年開発したスポットもあれば昭和初期の面影を残すノコギリ屋根の工場を活用した賃貸用の物流倉庫や製造工場なども点在する。

 2020年春には立川駅北側の旧国有地を再開発する「立飛みどり地区プロジェクト(街区名称GREEN SPRINGS=仮称)」により大規模な複合施設が完成予定。約3万8900平方メートルの敷地に約2500席(予定)の大型ホール「TACHIKAWA STAGE GARDEN(仮称)」や、天然温泉を使用したインフィニティスパが楽しめるホテル「SORANO HOTEL(仮称)」、都会的な暮らしの中に、自然や地域の魅力を取り込む新しいライフスタイルを提案する商業施設、大型テラスを有したオフィスなどが立ち並ぶ計画だ。村山正道社長は「国営昭和記念公園と立川駅を結ぶ人の流れを大きく変えることになる」と地域の開発事業に意欲をみせる。

前身は立川飛行機
 立飛グループの歴史は1924年にさかのぼる。約50機種1万弱の飛行機を製造し、一大産業を築いた立川飛行機が前身で、一時期は社員数4万2000人余の国内第4位の航空機メーカーだった。終戦後、連合国軍総司令部(GHQ)に所有不動産の大半を接収されるが、1973年から77年の全面返還後は不動産賃貸業を事業の柱に位置づける。

 2012年、東証2部に上場していた「立飛企業」と「新立川航空機」の2社を非公開しグループを再編。その後は製造事業から撤退。飛行機や航空宇宙関連部品、家電、立体駐車装置などを製造してきたモノづくり企業としての歴史に幕を閉じた。現在は所有不動産賃貸を事業とする「立飛リアルエステート」「立飛リースホールド」、不動産開発の「立飛ホールディングス」「立飛ストラテジーラボ」、施設管理や警備の「立飛プロパティマネジメント」、保険代理店と自動販売機など商品販売の「立飛サービス」の6社がグループの中核をなす。時代の変化に合わせて事業構造の転換に挑んできた。

「地域貢献というより『責任』」
 そしていま―。立飛グループが所有する土地は立川市の約25分の1を占める約98万平方メートルに上る規模を誇る。これまで所有してきた土地の大部分は開発が抑えられた市街化調整区域だったこともありバブル経済の影響をほとんど受けることなく、広大な土地をいまなお保有する。先人から受け継いだ資産を守りつつ、地域経済を担ってきた歴史や、これまで果たしてきた役割を踏まえ、地域社会との調和に重点を置いた不動産事業を展開している。

 「社会資本財をこれだけ持っている企業は珍しいのではないか。地域貢献というより“責任”と考え事業に取り組んでいる」と村山社長。実際、立飛グループは約160棟の建物を所有し、その内訳は倉庫30%、事務所18%、残りは工場店舗などが占める。入居企業の中には航空機用内装品メーカー「ジャムコ」の本社および航空機内装品・機器事業本部&営業本部、スーパー「いなげや」の本社及び生鮮青果センター、工業用センサーを製造する「メトロール」の本社、工場など地域を代表する企業の重要施設も少なくない。

街のにぎわい創出
 一方で、立飛グループは所有する広大な敷地をスポーツの場としても活用してきた。かつては社員や地域住民の健康増進のため野球場やゴルフ練習場などの施設を整備してきたが、「ららぽーと立川立飛」の建設に伴いその姿が広大なショッピングモールに変わっても、2017年に運用開始したアリーナ立川立飛は、バスケットボールやフットサル、ハンドボール、新体操などのスポーツ振興にも貢献。プロスポーツの試合を誘致し、国内のみならず国際大会までさまざまな大会の競技会場に選ばれた。2018年9月には改装中の有明コロシアムに代わり、世界のトッププレーヤーが集まる国内最高峰の国際女子テニス大会「東レ パン パシフィック オープンテニストーナメント 2018」が開催することが決まった。