「アメリカのトランプ」から「トランプのアメリカ」へ

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イランとの合意を急いだ背景

 トランプ米大統領は14日(日本時間15日)、戦闘終結をめぐりイランと合意したことをSNSで発表した。追ってイラン国営放送も合意を報じ、19日に署名式が予定されている。

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 トランプ氏の思いは「世界の船はエンジンを始動し、石油を流そう」との一行に凝縮されていたと思う。

 トランプ氏はホルムズ海峡が開放されれば、原油価格は岩のように急落すると主張してきた。この合意を受けて、米WTI原油先物価格は一時、3カ月ぶりに1バレル=80ドル割れとなった。

 トランプ氏がイランとの合意を急いだ背景には、米国でインフレが再燃していることがあるのは間違いない。5月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比4.2%となり、ウクライナ戦争に起因する原油高の影響が残っていた2023年4月以来の高い伸びだった。3年前とは異なり、今回はトランプ氏が開始した戦争のせいだ。

「アメリカのトランプ」から「トランプのアメリカ」へ

インフレ率はしばらく高止まりか

 インフレ再燃により、実質賃金も減少した。米国政府が発表した5月の平均時給の伸びは前年同月比3.4%にとどまり、家計の購買力が目減りした。給与水準の低い業種ほど賃金上昇率が鈍く、米国の経済成長の柱である個人消費が息切れするとの懸念が生じている。

 気がかりなのは、5月の卸売物価指数(PPI)が前年同月比6.5%と、約3年半ぶりの高い上昇率を記録したことだ。今後、価格の転嫁が進むため、米国のインフレ率はしばらくの間、高止まりする可能性が高いと言わざるを得ない。

 燃料価格の高騰は、トランプ氏の支持母体にも打撃を与えている。

 ロイターは9日、ディーゼル油価格の高騰がトウモロコシや大豆の農家を直撃していると報じた。相次ぐ干ばつや生産資材の高騰、穀物価格の低迷により、農家の利益率は4年連続で縮小していた中、農作業に不可欠な燃料の値上がりが追い打ちをかけた形だ。

 トランプ氏への支持が高い地方でも異変が起きている。

 ロイター/イプソスが3〜8日に実施した世論調査で、トランプ氏の地方での支持率は50%だった。2期目就任直後の昨年2月時点の60%から低下し、これまでの大統領在任期間中で最低となった。

岩盤支持層も戦争に否定的

 トランプ氏の岩盤支持層はイランとの戦争についても否定的だ。

 同じロイター/イプソスの世論調査で、トランプ氏の政治基盤の中核を成すキリスト教福音派の54%が、イランへの軍事介入は自らのキリスト教理解と合致しないと回答した。福音派のトランプ氏支持率は52%と、昨年8月の61%から低下したものの、全米成人の支持率36%(12〜15日実施の調査)を大きく上回っている。しかし福音派はトランプ氏の物価対策にも低い評価を下した。

 こうした状況下で、トランプ氏は手痛い失言をしてしまった。物価統計が公表された10日、前述のCPIの数字を“最高”と称賛したうえで「私はインフレが大好きだ」と発言し、イランとの戦闘終結で物価は下落するとした。これに対して野党・民主党は、米国の家庭が直面している経済的な苦境を軽視したと一斉に批判している。

 11月の中間選挙を控え、与党・共和党関係者は苦虫をかみ潰したような思いだろう。トランプ氏は劣勢を挽回しようと賭けに出た感があるが、イランとの交渉が順調に進むかどうかは不透明な情勢だ。

トランプ感受性低下症候群

 イランとの戦闘終結の合意が明らかになった14日はトランプ氏の80歳の誕生日だった。ホワイトハウスの南庭では当日、建国250年を祝うイベントの一環として、総合格闘技団体UFCの試合が開催された。当然のことながら、前代未聞の誕生日パーティーだとの批判の声が上がった。

 懲りないトランプ氏は15日、7月4日の独立記念日に首都ワシントンのナショナル・モールで行われる建国250周年の祝賀行事で、「過去最大のトランプ集会」を開催すると発表した。

 トランプ氏のやりたい放題は、米国では日常茶飯事となった。

 昨年の誕生日は陸軍創設250年と重なったため、トランプ氏はワシントン市内で軍事パレードを実施した。権力の乱用や軍の政治利用だとして「王はいらない(NO KING)」をスローガンに掲げた大規模デモが全米各地で起きた。だが、今年は目立った動きはなかった。

 トランプ氏の傍若無人ぶりに国民が目をつぶっている状況を、米ニュース専門局CNNは「トランプ感受性低下症候群」と評している。この病気のおかげでトランプ氏はわがまま三昧を続けられたが、国民の忍耐力は限界に近づいているのかもしれない。

謎の数字「8647」

 連邦公園警察は11日、前述のナショナル・モールの芝生に、トランプ氏への反対運動に関連付けられている「8647」という巨大な数字の跡がつけられていた件について捜査を開始した。「86」は殺害、「47」は47代の大統領を指しているといわれ、司法省によればトランプ氏に対する脅迫にあたる数字だという。

 トランプ氏の政敵とされていた米連邦捜査局(FBI)のコミー元長官が、「8647」の数字に見えるよう貝殻を並べた写真をInstagramに投稿したため、トランプ氏への脅迫容疑で4月に起訴されたことは記憶に新しい。

 芝生に残された「8647」はトランプ氏暗殺の予告ではないとの見解が有力だが、複数の世論調査で、政治的暴力を肯定する回答が3割に達していることが気がかりだ。

 党派対立が激化する超大国の今後の動向を、引き続き高い関心を持って注視すべきだ。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。2026年3月末日で経産省を退職。

デイリー新潮編集部