凪良ゆう最新刊に東京に暮らす30代の男性サラリーマン作家が「痛いくらいに共感」した理由

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凪良ゆうさんの最新刊『多類婚姻譚』が大きな話題を呼んでいる。凪良さんといえば、『流浪の月』で本屋大賞受賞後、2度目の受賞作となった『汝、星のごとく』を含め4回本屋大賞にノミネートされている。

書店員が最も売りたいと思う本を生み出してきた凪良さんの短編集のテーマは「結婚」だ。テーマが結婚というよりも、結婚を柱として、セクシュアリティやジェンダー、世代間や生育環境での「違い」「差」を浮かび上がらせる。

5月末に発売されるやまたたくまに重版された本書はなぜそこまで人をひきつけるのか。『令和元年の人生ゲーム』で第171回直木賞候補となった作家・麻布競馬場さんが本書に寄せた言葉からたどってみよう。

麻布競馬場 (あざぶけいばじょう)

1991年生まれ。「タワマン文学」と称される、現代を生きる特に男性の生きづらさや複雑な苦悩を描いた小説がSNSにて話題となり、2022年『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』でデビュー。ʼ24年『令和元年の人生ゲーム』で第171回直木賞候補となる。

誰もが普通の人間でいられない

時代が新しくなってゆくたび、人と話すのが怖くなってゆく。愛する人に対してすら、そう感じることがある。今日を生きる僕たちは、普通の恋愛、普通の結婚、普通の幸せなんていう虚構の焼け跡で、自分の言葉が誰かを傷付けやしないかと怯えながら、ひとつひとつ、慎重に言葉を発しなくてはならない。

僕たちはもう、ひとつにはなれない。一人ひとりが全く異なる存在──異類として他者と関係を結び、その果てに大きく複雑なタペストリーのごとき社会を形づくってゆくしかない。そこには普通の人間は存在せず、ただ異類と異類だけがいる。誰もが普通の人間でいられなくなった以上、『鶴の恩返し』のように人間と異類との婚姻を描く異類婚姻譚は存在しえない。街じゅうに転がっている退屈なラブストーリーすらも、異類と異類との婚姻を描く、いわば『多類婚姻譚』のひとつとして回収されることとなる。

だから、本作はそのタイトルを含め、ゾッとするほどの精度で時代の空気を捉えている。収録された5篇の短篇は、各篇が特定の誰かと誰かの関係性を描きつつ、すべて緩やかな血縁関係や社会関係によって繫がっている。

蛇行していく5人の物語

都内の大手食品会社、地方のブックカフェ、それから都内の星付きレストラン…… 幾つかの主要な舞台が用意され、5人の物語は舞台から舞台へと移りながら蛇行してゆく。

キャリアは順調だが、とある事情から恋人との関係を実家に打ち明けられないままでいる38歳の女性管理職。

ハイスペックの恋人から粗雑に扱われていると感じながらも、彼との結婚をどうしても夢見てしまう27歳の派遣社員。

離婚を機に戻った故郷で新たな居場所を作りつつも、SNSを通じて元夫の生活を覗き見てしまう44歳のブックカフェ店長。

先進的な価値観を持つ婚約相手とすれ違い続ける日々の中で、結婚する意味を見失ってゆく中堅社員。

若く才能溢れる女性の闖入を機に、ビジネスパートナーでもある既婚の恋人の性根と向き合う47歳のフレンチシェフ。

登場人物の属性は様々だが、みな夢見る青年期をとうに通りすぎ、惑っている。かといって、作者は甘くて非現実的な救済や連帯を彼らに許さない。そこにはただ、たとえ愛し合う者同士であっても同類ではいられない時代の、決して甘くない現実が淡々と描かれるばかりだ。

東京に暮らす30代の男性サラリーマンとして、痛いくらいに共感

5篇の中でも、男性が語り手となる「Position Talk」が特に好きだ。好きというよりも、東京に暮らす30代の男性サラリーマンとして、痛いくらいに共感しながら読んだ。

主人公の佐々木律は、大手食品会社に勤めるサラリーマン。先進的な価値観を持つ同僚の朱里と婚約していることもあって、自分は価値観をアップデートできているだろうか、誰かに対する何かしらのハラスメントを行っていないだろうか、とやや過敏になりながら生きている。

律自身が何らかのハラスメントに、直接的に加担することはない。しかし、彼は会社で優越的地位をほしいままにする男性社員陣営のひとりであり、現にハラスメントを行ったおそれのある社員を尊敬していたうえ、「ハラスメントをする人じゃない、そんなの信じられない」とつい庇いすらする。そんな彼を、朱里は容赦なく「権力持ってる昭和脳のおじさん」、「無能で優しさのない男」たちの罪を引き継ぐ存在であるとし、痛烈に批判する。

もしこれが一昔前のラブストーリーであれば、律と朱里は二人のあいだに横たわる差異を軽々と乗り越え、ただ単純に愛し合う存在であり続けられたはずだ。しかし、今日の現実がそれを許さない。同じ時代を生きているはずなのに、見えている世界が違う。自分がいったい、無意識のうちにどういう加害に加担しているかも分からないし、そうだとして自らの加害を誰にどうやって謝罪すればいいかも分からない……。

そんな時代にあっても、どうにかお互いを愛そうと試みて、結果傷だらけになってゆく二人を見るのが辛い。上の世代が積み上げてきた負の遺産は二人を引き裂き、ともすれば次の世代へと引き継がれてゆく。今こそが最後の過渡期であってほしい、と願わずにはいられない。

異類であっても、誰かを愛することをやめられない

もちろん、作者は単なる露悪によって読者の気を惹こうと試みているわけではない。律を含め、5人の語り手たちはただ現実に打ちひしがれ、座り込んでしまうわけではない。今日の惑いに対して自分たちなりの答えを出し、また別の惑いが待つ明日へと踏み出してみせる。

気持ちを言葉にしたり、配慮を交換したりせずとも、当たり前に理解し合い、融け合うことができる──そんな共同幻覚が失われた時代、一人ひとりが異類として生きなくてはならない時代であったとしても、それでも人は誰かを愛することをやめられない。常識や規範なんていうものを軽々と飛び越えてゆく人間の業の輪郭。その輪郭を、どこまでも精密に描いてみせた本作は、作者がこれまで紡いできた小説世界の最先端であり、個人の好みであることを恐れず言えば間違いなく最高傑作だ。

『流浪の月』著者・凪良ゆう『花束みたいな恋をした』で気づいた”普通の恋愛”の力