中尾ミエさんが『徹子の部屋』に登場。日々の暮らしを語る「若い子が挨拶できなければ注意する。うるさくて怖い人で、ちょうどいい。万人に愛されることは不可能だから」
2026年5月21日の『徹子の部屋』に中尾ミエさんが登場。タップダンスへの取り組みや古いドレスをリメイクしたことなどを語ります。今回は中尾さんが70代のこころえを語った2022年12月20日の記事を再配信します。*****人生の目標や楽しいことに向かい、まっすぐに向かう力強さをお持ちの中尾ミエさん。これまでも挑戦を恐れない姿勢で進んできましたが、70代になったからこそ、あらためてやりたいことが出てきたそう。その中尾さんいわく「万人に愛されるのは不可能なんだから、煙たがれるぐらいがちょうどいい」とのことですが――。
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うるさくて怖い人でちょうどいい
これでも角(かど)がとれたといわれているんですよ。年齢を重ねて。
若いころは反抗ばかりしていました。
「君、いつも何かに怒ってるね」
「丸くなれ、もっと丸くなれ」
スタッフにはいつも注意されていました。
誰かに「こうしろ、ああしろ」と指示されることが、私、本当に嫌だったんです。
右を向けと言われると、左を向きたくなるんです。
とはいえ、子どもが大人の世界に入れてもらっているという自覚はあったから、常に「よろしくお願いします」という挨拶だけは忘れずにやってきました。
でも、今は子どもが幅をきかせているでしょう。
つい先日も、共演者の若い子が「おはよーございまーす」とイスに座ったまま、きちんと会釈もせずに言ったんです。
「はい、ちゃんと立ってご挨拶しましょうね」
すかさず注意しました。
こっちの気分が悪いというのもあったけど、挨拶はこんなもんでいいと思ってしまったら、その子が損しますから。
芸能界だって、普通の社会と同じ。
年長者や先輩に対する礼儀があってしかるべき。
自分は特別だと思ったら、人気や入ってくるお金に簡単に呑み込まれて、今いるところからあっという間に転がり落ちてしまいます。

『76歳。今日も良日 年をとるほど楽しくなる70代の心得帖』(著:中尾ミエ/アスコム)
新幹線の隣の席で子どもを泣かせっぱなしにしている親に、「デッキに移動して、あやしてあげたらいいんじゃないかしら」と言ったこともあります。
今は多目的室がある列車もあるでしょ。そういうときこそ、そこを利用すべきじゃない?
最近は「小さい子は泣いて当たり前。何が悪いの?」と開き直る人もいると聞きますが、公共の乗り物の中で、子どもが泣いたり騒いだりしているのに放置し、あやそうともしないというのは、やはりどうかと思います。
子どももかわいそうだし、周りも気になって落ち着かない。
車内はその人の家じゃないんだから、そばに座っている人に対して一定の気遣いや配慮は必要です。
「ミエさんは言いにくいことを、よく、さらっと言えますね」
そう言われることもあるけど、言いたい気持ちを我慢して舌打ちしたり、わざとらしくため息をついたりするよりいいんじゃないかしら。
気がつかない若い人にはやはり教えてあげないと。言わなければわからない人がいるんだから。
私は、煙たがられていいんです。うるさくて怖い人でちょうどいい。
丸くなりすぎたら、自分がつまんなくなっちゃうもの。
大切なのは自分がどうしたいか
万人に愛されることは不可能ですよ。
みんな好き嫌いがあるでしょ。
私のことを嫌いな人がいて当たり前。
だから、半分が味方で「好きだ」と言ってくれたら御の字で、半分は私に興味がない人がいてもいいとしています。
好かれなくていいと思うと気が楽ですよ。
好かれるためにやっていると誤解されるのが嫌で、何かしてあげるときも「これ、別に親切でしてあげるわけじゃないからね」と、わざわざ断りを入れているくらい。
十人いたら十、異なる考え方があるんです。
大切なのは人がどう思うかということではなく、自分がどうしたいか。
無理して人と足並みを揃える必要はないんです。いちばん信頼できるのは、自分に正直である自分だから、みんなと合わせられなくても、しょうがない。
悩むのは、余った時間だけで十分
「ミエさんは悩みがなくっていいですね」
「悩みが、ミエさんからは逃げていくんでしょうね」
まるでお気楽な人みたいな言われようですが、実際、私は悩んで立ち止まったりしないように気をつけています。
人生、いろんなことが起こりますよね。高齢というだけで、不安になる要素はあるんですから、嫌なことを数えたらキリがない。
命にかかわることなら考えるかもしれないけれど、そうでない限りは時間が解決してくれることが大半ですから、放っておくんです。
たいていの悩みはなんとかなるものだって、これだけ生きているとわかってくるじゃない。なるようにしかならないものがほとんどなのよ。一晩寝れば、考え方や見方が変わって、ま、いいかと思えたりするしね。
それでも気になるなら、悩むのは、やることをやって、食べて寝て、余った時間だけで十分だと自分に言い聞かせます。
とはいえ、コロナ禍の自粛生活のときは、私も少々、気が滅入りました。
そこで自分に言い聞かせたの。私がじたばたしてもしょうがないって。
何かやれることがないかと考えて、アパートの子たちとランニングしたり、庭でご飯を食べたりして、明るい気持ちになる時間を意識して作りました。
悩んでいるときこそ、掃除や片づけ、草取りをしたり、散歩に行ったり、ジムに行って汗を流したりするのがおすすめなんです。
無心に手や身体を動かすと、一時、悩みから離れられるから。
一日に一回、誰かと話すだけで、気持ちが違ってくるし。
楽しいことも哀しいこともつらいことも、あって当たり前。
落ち込んだりする時間がもったいないのよ!
時間は取り戻せないんだから。立ち止まらず、歩き続けなきゃ。
「10のうちひとつかふたつ、いいことがあればよし」として、明日はどんな
楽しいことをしようかと考えるのがいちばんです。
※本稿は、『76歳。今日も良日 年をとるほど楽しくなる70代の心得帖』(著:中尾ミエ/アスコム)の一部を再編集したものです
