たばこを1日に5本吸い、夜はリキュールを1杯ひっかけて床につく。「たばこをふかしてるときに小説のいいアイデアが出てくる」(神戸市内で)=大塚直樹撮影

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頸椎を損傷、リハビリ…夫婦水入らずで施設に

作家 筒井康隆 91 

 神戸市内の高台に位置する高齢者施設。

 山と海に囲まれたホテルのような建物を訪れると、文士は柔和な表情で迎えてくれた。

 「ここは住み心地もいいのですが、何よりも家族が見きれないところまで、面倒を見てくれるのがいい」

 2024年3月、自宅で転んで頸椎(けいつい)を損傷し、緊急搬送された。入院生活やリハビリをする中で、施設に入所し、終(つい)の棲(す)み処(か)とすることを決めたのだという。

 「リハビリは苦しかったけれども、2、3年は長生きできるんじゃないかなと思って。それでつらいのも我慢できた」

 結婚して約60年となる妻・光子も同じ施設に入り、夫婦水入らずの穏やかな日々を過ごしている。

 「女房とはずっと一緒です」

「美食」の日々を赤裸々に

 22〜25年の出来事をまとめたエッセー「筒井康隆、九十歳のあとさき 老耄(ろうもう)美食日記」(新潮社)を4月に刊行したばかりだ。入院前後の出来事に加え、高級ホテルのレストランなどに繰り出す「美食」の日々を赤裸々につづり、作家の現在がくっきりと浮かび上がってくる。

 「小説は全部書き尽くしたと思った。それで食べることにしか関心がなくなってしまって、毎晩のように、女房を連れ歩いた。あちこちおいしいところを探索した記録です。日本だと美食は卑しいことのように思われているのかもしれないけどね」

 同書は近年の文業も収める。敬愛するラテンアメリカ文学の巨匠ガルシア・マルケスの代表作「百年の孤独」(新潮文庫)の解説や、老いに向き合う心境――。23年に亡くなった大江健三郎の死に接したエッセーも収める。大江からは多くの本を教えてもらったと感慨深く語る。

 「僕が何か新しいことをする節目節目の曲がり角に、彼はいつも立っていてくれた」

実験的作品・「ツツイスト」

 小松左京、星新一と並び、「SF御三家」と称される最後の一人だ。

 刺激を求めるマスコミと大衆のために東京と大阪の戦争が勃発する「東海道戦争」から始まり、農協のご一行様が異星人とファーストコンタクトを取ってしまう「農協月へ行く」、情報の呪縛などにあえぐ現代社会を風刺した「脱走と追跡のサンバ」、文壇をパロディー化した「大いなる助走」……、様々な手法を用いて権威や常識、建前を痛烈な皮肉と黒い笑いで表現してきた。原田知世主演で映画化された「時をかける少女」でも知られる。

 1980年代前後から、実験性に富む作品を発表し、文学の高みを目指した。「虚人たち」で小説内の時間を実験的手法で表現し、新聞連載の「朝のガスパール」は、読者投稿を反映させながら書き進めた。ひらがなが1文字ずつ消滅する世界を描いた「残像に口紅を」は近年SNSで話題になり、多くの「ツツイスト」を増やした。

 「それまで書いていたものと、全く違うものを書こうとしてきた。『虚人たち』はその最初でしょう。純文学小説とエンタメ小説の区別は昔は厳然としてあったものです。それを区別するなと言ってきた」

 最近はAI(人工知能)が小説を書くことも話題になった。そのことに関しては、「箸にも棒にもかからんものですよ」と語気を強める。

 「一部では星新一のショートショートに似たものができたとか言って喜んでるみたいだけれども……、それは違うだろうって。やっぱりAIに作家になってやろうという気がないからでしょう」

もう何が出てくるか…

 2023年に「最後の作品集」と銘打った「カーテンコール」(新潮社)を刊行し、創作からは遠ざかったかに見えたが、昨年から文芸誌「新潮」や「文学界」などに原稿用紙数枚の掌編を次々に発表している。

 「頸椎をやられて、作家としては死んだと思った。だけどまだ生きているし、パソコンを前にしたらどんどん書けるし。これはまだ使い物になるぞと思って」

 「文学界」の最新号には原稿用紙100枚の中編小説を発表するなど、創作意欲はまだまだ衰えない。

 「割と健康だし、このままだと90代を超えていきそうな気がする。もう何が出てくるかわかりません。もうアイデアが出てこないと思ったら、また出てくるしね。書かざるをえないでしょうな、やっぱりね」。こちらをじっと見つめながらはっきりと語った。(敬称略、文化部 池田創)

閉店セールみたいに「最後の作品集」出し続けて…小川哲さん

 創造力にあふれる筒井作品は多くの作家に影響を与えてきた。文庫近刊の「ジャックポット」(新潮文庫)=写真=の解説を務めた直木賞作家の小川哲(39)は「小説を解体する試みを絶えずやってきた方」と語る。

 父親が大の筒井ファンで、幼い頃から本棚にある小説を手に取って育った。「僕が小説家になる前っていうレベルじゃなくて、小説が好きになる前から読んでた人。普段は隠されてる人間の恣意(しい)性、悪意、愚かさみたいなものが、くっきりと見えてきて、その面白さにはまりました」

 2023年には自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組のゲストに招いた。「めちゃくちゃ緊張したけど、気さくに応じてもらった。筒井さんぐらい多くの作品を書いていると、世に自分のアイデアが出てるかどうかじゃなくて、そもそも自分がやってるかどうかを考えるそうです。過去の自分が一番のライバルになっていく、というお話がとても印象的でした」

 一人のファンとして、小説の新刊を楽しみに待っているという。「閉店セールの詐欺みたいなのがあるじゃないですか。『最後の作品集』をこれから何冊も出し続けてほしいです」