茨城一家4人殺傷事件、逮捕から5年も裁判始まらず…弁護士も驚く異例の長期化 背景に何が?
2019年に茨城県で起きた一家4人殺傷事件で、殺人などの罪で起訴された男性が逮捕されてから5年が経過した現在も、裁判が始まらない。
当時の報道によると、2019年9月、茨城県境町の住宅で、寝ていた夫婦(当時48歳と50歳)が殺害され、子ども2人が重軽傷を負う事件が起きた。
事件発生から約1年半後の2021年5月、茨城県警はこの事件に関わった疑いで、埼玉県に住む無職の男性(逮捕時26歳)を逮捕、再逮捕。3カ月の鑑定留置を挟み、水戸地検が同年9月、この男性を殺人などの疑いで起訴した。
男性が少年時代に少女2人を切り付ける事件を起こしていたことも、事件が注目を集める一因となった。
●安倍元首相銃撃事件でも約3年
事件は裁判員裁判で審理される予定だが、水戸地裁によると、逮捕から5年経った今も、裁判が始まるめどは立っていないという。
重大な事件で初公判まで時間がかかるケースは珍しくないが、安倍晋三元首相の銃撃事件で起訴された山上徹也氏は逮捕から約3年、被疑者の治療に時間を要した京都アニメーション放火殺人事件の青葉真司氏のケースでも逮捕から約3年(事件発生時からは約4年)だった。
これに対して、茨城一家4人殺傷事件は、なぜこれほど時間がかかっているのだろうか。
逮捕や起訴から裁判が始まるまでに数年がかかるケースは珍しくないのか。また、初公判まで長引く理由や背景には何があるのか。刑事事件にくわしい神尾尊礼弁護士に聞いた。
●5年は「様々な要因が重なったためか」
──逮捕から5年経っても裁判が始まらないようなケースはよくあるのか。
私はこれまで約40件の裁判員裁判を担当してきましたが、逮捕から判決まで半年程度であれば相当速く、10カ月〜1年程度が標準という印象です。
起訴から判決までの期間ということであれば、これらから1〜2カ月を引くイメージになります。
他方で、マスコミをにぎわすような重大事件であれば、3年程度はかかることが多く、私の経験でも3年程度の事件は複数あります。
ただ、それでも5年というのは経験がなく、本件は様々な要因が重なったものと思われます。この手の事件では、検察官・弁護人ともに経験豊富な方々が携わるため、怠慢による遅延というのはあまり想定しにくいです。
●時期ごとに時間がかかる場面
──逮捕や起訴から裁判が始まるまで時間がかかる事件では、一般的にどのような理由や事情が考えられるのか。
裁判まで時間がかかってしまう要因を、時系列に整理してみます。
(1)事件発生から逮捕まで
自傷行為などによって被疑者や被告人が負傷するケースは相当あり、ある程度のけがでとどまっていれば事件発生後すぐに逮捕できます。
他方で、本人の意識が戻っていないなど相当重傷の場合には、逮捕はせずに治療を行ったり、逮捕勾留後も勾留停止をしたりします。
逮捕まで時間がかかったケースとしては、京都アニメーション事件が有名です。
●起訴までに長時間かかるのは「鑑定留置」
(2)逮捕から起訴まで
複数人殺害しているケースや余罪があるケースなどでは、全ての捜査が終わってからまとめて起訴することも多く、逮捕から起訴まで時間を要します。
ただ、再逮捕・再勾留によって延びる期間は数カ月程度であり、一つの要因に過ぎません。
起訴までに最も時間がかかるのは、鑑定留置(起訴前鑑定)です。
いわゆる精神鑑定ですが、起訴後の鑑定とは異なり、事実上、捜査機関が鑑定人(正確には鑑定受託者と呼びます)を選んでいるため弁護人からはアクセスしにくく、また、証拠の開示も行われていないため、弁護人としては準備や検討のしようがなく、弁護人はほとんど「待ち」の状態になります。
検察官にとっても、捜査は続けてはいるものの、最終判断を鑑定留置が終わってからにせざるを得ず、鑑定留置の間は起訴不起訴の判断をしないことがほとんどであるため、検察官も「待ち」の状態になっていると思われます。
鑑定留置は、以前は延長に次ぐ延長と月単位で延ばされ、半年近くかかることもありましたが、近年では延長されることは減ったように思います。
ただ、それでも最低3カ月はかかりますし、事件によっては複数の鑑定が行われることもあります。
私のケースでも、逮捕から起訴までに1年以上を要したことがありました。
●起訴後は「不可避の期間」と「鑑定の期間」に分かれる
(3)起訴から公判まで
裁判員対象事件であれば公判前整理手続が行われますが、ここでは手続のために不可避的にかかる期間と、鑑定期間に分けられます。
手続に不可避的にかかる期間というのは、証拠開示、証拠検討、主張整理の期間が主になります。
起訴時に弁護人は証拠の開示を受けていませんので、必要な証拠の開示を受けることが重要になります。
時系列でみると、主に以下のような時間がかかることになります。
【起訴から請求証拠まで】
まず、検察官が証明したい事実を整理し、立証に必要な証拠を開示します。
弁護人は証拠をもらえるわけではありませんので、コピー(謄写)をすることになりますが、この謄写にも相当な時間を要します。
通常、任意開示といって周辺の証拠も開示してくれますが、全体で相当なボリュームになり、そのコピーにも時間を要することになります。
【請求証拠から各種開示まで】
証拠の謄写を受けると、弁護人はそれらを検討し、さらに必要な証拠を開示するよう請求します。
最初から全ての証拠のコピーがもらえるならこの手間は要らないのでしょうが、現行法では「請求証拠や主張に関連する証拠を出してほしい」という開示請求をしなければならないため、証拠の検討→開示請求→新たに開示された証拠の謄写→さらに開示請求→・・・と時間を要することがあります。
なお、否認事件や争点が多い場合は、確認したい証拠が増えますので、どうしてもこの期間が長くなりがちです。
この不可避的な期間と並行し、あるいは一定程度中断して、鑑定を行う場合があります。
これは、起訴前の鑑定が不十分であったり、意見が割れていたりなど、さらに鑑定を行う必要がある場合に行われます。
これを50条鑑定と呼ぶことがありますが、超重大事件であれば、相当な確率で50条鑑定を行うことになります。
鑑定期間も月単位でかかりますが、双方の「鑑定すべき」「鑑定すべきではない」の意見の応酬もあり、さらには鑑定人にどのようなプレゼンをしてもらうかというカンファレンスやプレゼン資料を作成する期間などもありますので、鑑定にかかる期間は数カ月、時には1年程度かかるときもあります。
なお、今回の茨城県一家4人殺傷事件に特徴的なこととして、被告人は過去にも裁判員裁判を経験していることが挙げられます。
過去の事件の記録を取り寄せる必要がある場合もあり、これは裁判所を通じて行うことが多いです。時間が経過しているなどの理由で、取り寄せに時間がかかる場合があります。
●裁判の日程調整に難航することも
(4)公判前整理手続の終了から第1回公判まで
主張や証拠が整理されると、裁判をする日を決めていくわけですが、近年では裁判所が非常に混んでいるため、整理しながら裁判日程を仮押さえしていくという運用が一般化しています。事案によっては、起訴直後から仮押さえをされるケースもあります。
この日程調整が曲者で、重大事件であれば審理日数も多くなりますので、裁判体が一定期間空いていることや、検察官・弁護人の予定が一定期間空いていることが必要であり、時には法廷の空き具合などによっても先延ばしになることがあります。
夏季休廷の前後や年度終わりに重大事件が集中しがちなのは、こういった背景もあります。
なお、裁判員の呼び出しのためにも時間を置きますが、どの事件でもおおむね2カ月程度であり、重大事件だからといってこの期間が大きく延びることは少ないです。
●「弁護人が証拠に簡単にアクセスできれば短くなる」ケースも
以上、時系列でざっと整理してみました。
公判前整理手続は非公開であり、どのような要因で長期化しているのかは正確には分かりかねますが、5年もかかっているのであれば、これらの要因のうち複数が影響していると思われます。
裁判所や検察庁はまた別の見方をすると思いますが、少なくとも弁護人の立場からみると、捜査機関の手持ち証拠へのアクセスがもう少し容易であれば、準備期間を短くできたのにと感じたケースは多いです。
【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。一般民事事件、刑事事件から家事事件、企業法務まで幅広く担当。企業法務は特に医療分野と教育分野に力を入れている。
事務所名:東京スタートアップ法律事務所
事務所URL:https://tokyo-startup-law.or.jp/
