物価150倍のハイパーインフレはなぜ起きたのか? ローマ帝国を崩壊させた現代の日本にも通じる“病理”の正体〉から続く

 AIブームはいつ終焉を迎えるのか? 指数をけん引し続けるエヌビディアの株価は“バブル”なのか? エミン・ユルマズ氏のインタビューを文春MOOK「超インフレ時代を生き抜くための新・投資入門」より一部抜粋し、過去の歴史を踏まえた見解を聞いた。(全2回の2回目/最初から読む)

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明治維新の引き金は「金銀交換レート」の歪みだった

――そして話は日本に及びます。エミンさんは「マネタリーシステムの歪みが明治維新を生んだ」と分析していますね。

エミン これは日本の歴史教育ではあまり語られませんが、非常に重要な視点です。幕末、日本国内の金銀の交換レートは「1:5」でした。しかし、当時の世界標準は「1:15」。この差に気づいた外国人が何をしたか。

――安い銀を持ち込んで、日本の金を根こそぎ持っていった。

エミン その通りです。日本で銀を金に換えて海外へ持ち出すだけで、資産が3倍になる。この凄まじい「裁定取引※1(アービトラージ)」によって、日本の金は激しく流出しました。これが国内の物価高を招き、人々の幕府への不満が爆発した。「ええじゃないか」運動などの社会混乱の背景には、このマネタリーシステムの歪みによる生活苦があったんです。

――経済的な混乱が、明治維新の背景にはあったわけですね。

エミン はい。しかし日本が凄かったのは、そこからの立て直しです。税制を改革して政府の財政を安定させ、渋沢栄一らが第一国立銀行(現在のみずほ銀行)を設立し、その後、日銀による通貨発行権の独占と信用保証を確立しました。また、日本の財閥は一社独占のビジネスではなく、複数の企業が競いあう「オリゴポリ(寡占)」の構造だったこともプラスに働いた。これらの要因が、日本の近代化を加速させたんです。


 

エヌビディアは「バブル」――AIブームの行く末

――ここからは現代の経済に目を向けていきましょう。今、マーケットの最大の関心事はAI、特にエヌビディア※2を筆頭とするAI半導体のブームです。エミンさんはこれをどう見ていますか。

エミン 「すべてのバブルは崩壊する」というのが私の持論です。過去の歴史を見ても、チューリップ、ミシシッピ、ドットコム……どれも同じ道を辿りました。そもそもエヌビディアという一社の時価総額が日本のGDPを超えているのは異常です。

――エヌビディアの決算自体は非常に好調ですが、それでもバブルと言えるのでしょうか。

エミン 決算が良いこととバブルかどうかは別問題です。バブルとは、今の好調が「永遠に続く」という楽観的なシナリオが前提になっている状態を指します。現在、エヌビディアの半導体は凄まじい利益率を誇っていますが、グーグルなどが自社製チップの開発に乗り出しているように、独占状態は長くは続きません。

――かつてのドットコム・バブル※3の際も、光ファイバーなどの設備投資が先行しすぎました。

エミン そうです。AIも今はデータセンターへの莫大な設備投資が先行していますが、正直、事業者が考えているほどのスピードでマネタイズできるとは思いません。これは単純にちょっとした計算があって、これまでのデータセンターへの投資を回収するには、少なくとも向こう5年間でAIを有料で使う人たちがNetflix人口と同じくらい――3億人程度になる必要があります。月額2万〜3万円払う人たちが。それはちょっと現実味がなく、2026年頃には、この設備投資過剰のツケが回ってくる可能性があると考えています。

円安の行方は?「1ドル=150円」がニューノーマルに

――為替についても伺わせてください。一時期の記録的な円安からは落ち着きを見せていますが、今後の展望はどうでしょうか。

エミン 私は、1ドル=150円前後が「ニューノーマル(新常態)」になったと考えています。これは日米のコンセンサスに基づいた、意図的な通貨切り下げに近い側面があります。

――なぜ日米が円安を容認しているのでしょうか。

エミン 最大の理由は「脱・中国」です。サプライチェーンを中国から日本に戻す(リショアリング)ために、日本を「安く商売ができる国」にする必要があった。円安によって海外からの直接投資(FDI)が激増し、日本への投資額は対GDP比で中国を超えました。日本国内に工場を戻し、産業を復活させるための戦略的な円安です。

――一方で、国民は物価高に苦しんでいます。

エミン そこが最大の問題です。日本経済の復活のための円安ですが、国民にはその恩恵が届く前に、食料品などのインフレという形でシワ寄せが行っている。これを高市氏のような「責任ある積極財政」で、戦略分野への投資や国民への還元でいかにカバーできるかが、今後の日本政治の鍵を握るでしょう。

現在の日経平均は「5万円」を固める時期

――投資家が最も気になる株価の展望をお願いします。

エミン 日経平均は1万円刻みで動く傾向があります。2025年に5万円を超えましたが、2026年中はそこを固める「揉み合い」の時期になると見ています。一気に6万円へ駆け上がるには、さらなる材料が必要です。

――歴史的に見ても、急騰の後には調整が必要だということですね。

エミン はい。バブル崩壊のような暴落を心配するより、5万円という新水準で足場を固め、そこから次のステップへ向かうためのエネルギーを蓄える期間になるでしょう。歴史を鑑にすれば、今が「バブルのどの段階か」が見えてきます。冷静に、長期的な視点で向き合うことが重要です。

現代の金(ゴールド)高騰は、中央銀行への「SOS」である

――歴史を振り返ると、現代の状況と重なる部分が多々あります。たとえば近年、金の価格が高値を更新し続けてきましたが(2025年12月時点)、エミンさんはこれをどう見ていますか。

エミン 今の金の高騰は、市場が発している「SOS」だと思います。世界中の中央銀行がお金を刷り続け、法定通貨(ペーパーマネー)への不信感が極限に達している。貨幣の毀損という意味で、ローマ帝国末期と似たことが起きていると思います。

――私たちは、ローマやスペインの二の舞を演じているのでしょうか。

エミン そのリスクはあります。今の「バラマキ」や「対症療法」的な経済政策は、一時的な痛み止めにはなっても、本質的な解決にはなっていません。歴史が証明しているのは、「過剰なマネーサプライで本当に豊かになった国は存在しない」ということです。本当の豊かさは、そのマネーを使ってどんな「価値」を生み出すかにかかっています。

――ビジネスパーソンは、「マネーの歴史」から何を学ぶべきでしょうか。

エミン 私たちは今、経済環境が激しく変化している時代を生きています。経済×地政学を踏まえた歴史知は、重要な局面でどう対応していったらいいのかの大きなヒントになるでしょう。本に詳しく書きましたが、大局的に見て、日本はもう一度成長路線で豊かになっていくと私は見ています。マネーの歴史知は、未来を見極める力を私たちに与えてくれるのです。

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※1裁定取引…同じ価値を持つ商品が異なる価格で売られている際、安い方で買い、高い方で売ることで確実に利益を得る手法。アービトラージとも呼ばれる。一時的な価格のゆがみを突く取引で、結果として市場全体の価格を適正な水準に一致させる役割を果たす。

※2エヌビディア…AIの開発に不可欠な画像処理半導体(GPU)で世界をリードする米国企業。生成AIブームを背景に需要が爆発し、時価総額で世界トップクラスに躍り出た。現代のAI革命において、計算処理の「心臓部」を一手に引き受ける存在である。

※3ドットコム・バブル…1990年代後半から2000年初頭にかけて起きた、インターネット関連企業の株価が暴騰した現象。赤字企業でもネット関連というだけで買われたが、やがて崩壊し、多くの投資家に損害を与えた。期待先行の投資が招く危険性の象徴とされる。

(エミン・ユルマズ/文春ムック)