荻野は現在チェコでプレー(C)日刊ゲンダイ

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 日刊ゲンダイではこれまで、多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者として直接接してきたからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係が、ありありと浮かび上がる。

 今回は昨オフロッテを退団し、現在チェコでプレーする荻野貴司氏について綴られた元ロッテ西村徳文氏による「野球人生七転八起」(第42回=2021年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。 

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■「野球人生七転八起」(第42回=2021年)を再公開

 入団1年目から盗塁王獲得は間違いないと確信した。トヨタ自動車から2009年ドラフト1位で入団した荻野貴司である。

 今もレギュラーとしてチームを牽引する荻野の1位指名は、私の要望とフロントの方針が一致したものだった。

 1番にはキャプテンに指名した西岡剛を起用し、2番にも足の速い即戦力の外野手を置きたいと考えていた。1、2番に足を使える選手を置くことで、打線に厚みを持たせたかった。

 とはいえ、1年目から2番を任せられるようなアマ選手は、なかなかいるものではない。09年ドラフトを迎えるにあたり、球団内には目玉選手だった花巻東高の左腕・菊池雄星(現マリナーズ)を推す声もあった。そこで私は、関西地区担当スカウトとして今江や西岡を発掘したスカウティングスーパーバイザーの松本尚樹(現球団本部長)に相談。スカウトも荻野の1位指名をプッシュする方針だったようで、「荻野ならいけます。素晴らしい足があります」と推薦してくれたことで、指名が固まった。

 キャンプで一目見て、足は本物だと思った。「50メートル5秒台」などという触れ込みでプロ入りしても、実際にベースランニングなどの動きを見ると物足りなさを感じるケースは少なくない。

 しかし、荻野はモノが違った。1年目から56盗塁した小坂誠(現育成コーチ)とタイプは違うが、何より走り出してからの加速が素晴らしかった。当初はスタートに課題はあったものの、経験を重ねるごとに向上した。

 こうして開幕戦から「2番・中堅」として起用することになるのだが、オープン戦当初は物足りなさも感じていた。打撃で結果が出ないこともあったのだろう。思い切りに欠け、遠慮がちにプレーしているように映った。3月初めにはこんな話をした。

「どこか遠慮しているような感じに見えるぞ。ユニホームを着たら、先輩後輩は関係ないというくらいの気持ちで、自分の思うようにやれ。でないと、自分の良さを発揮できないぞ」

 私の言葉が全てではないだろうけれど、荻野はその翌日に安打が出て吹っ切れたのか、それまでとは違った姿を見せた。

 開幕スタメンに抜擢するにあたり、私の中ではたとえ結果が出ないことが続いたとしても、この試合までは何があっても使うと線引きをしていた。でも、その必要は全くなかった。3、4月は32試合出場で打率.341、14盗塁、15犠打をマーク。5月に入ってますます盗塁のペースは上がった。どこまで盗塁数を伸ばすかと思っていたさなかの5月21日ヤクルト戦(千葉マリン)、二盗を試みてスライディングした際に、右ひざを故障。スライディングのタイミングがベースに近すぎたことが要因だった。

 荻野は以降、シーズンを全休することになってしまったが、5月終了時に12個の貯金をつくれたのは彼の存在が大きかった。もし荻野がいなければ日本一になれたかどうか分からない。これからもケガをすることなく、一年でも長くプレーしてほしいと思う。

▽にしむら・のりふみ:1960年1月9日、宮崎県生まれ。右投げ両打ち。福島高(宮崎)、国鉄鹿児島鉄道管理局を経て、81年ドラフト5位でロッテ入団。プロ通算16年で首位打者1回、盗塁王4回。二塁と外野でそれぞれベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。97年現役引退後、ロッテでヘッドコーチなどを歴任し2010年監督就任。1年目にリーグ3位から日本一を達成した。16年からオリックスでヘッドコーチ、19年から監督を務め、20年限りで退団。

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