なぜ私たちはゴッホの絵に感動するのか?作家・小川哲が考える「人間にできて、AIにできないこと」

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本屋大賞受賞作『君のクイズ』の映画化を5月に控え、新書『言語化するための小説思考』が10万部を超えるベストセラーとなるなど、いま最も注目を集める作家・小川哲が、初のエッセイ集『斜め45度の処世術』(CEメディアハウス)を刊行した。

「今日暑いですね」という雑談は意味がなさすぎて恥ずかしく、「とりあえず生ビール」は思考停止に思えて腹が立つ。そんな日常のモヤつきを、「ひねくれ界のひねくれ者」の独特な視点で綴った本書は、タイトルに「処世術」とありながら、世間一般のビジネスマナーや世渡り術とは一線を画す内容だ。

内面では完璧にひねくれつつも、社会生活を「オトナ」として飄々と生きる小川氏。苦笑いと共感が止まらないショートエッセイ集から、その真髄を紹介する。

生成AIは小説家の仕事を奪うか

取材などで、記者から生成AIについて聞かれることが増えた。生成AIとはさまざまなコンテンツを生成することのできるAIのことで、文章を生成するチャットGPTや、画像を生成するステイブル・ディフュージョン、音楽を生成するアンパーミュージックなど、多岐にわたるジャンルの創作物がAIによって生成されている。

僕は生成AIについて、楽観的に考えている――生成AIは限定的にしか小説家の仕事を奪うことはなく、むしろ業務を手伝ってくれる存在になるのではないか。原稿用紙に手書きをしていた時代から、PCによって執筆が可能になった。それと同じように、メールの返信やスケジュール管理、資料集めや簡単なプロット作成など、生成AIが仕事を支援してくれるのではないかと期待している。現時点では生成AIがつくる小説の質があまりよくない、という点ももちろん無関係ではない。

とはいえ、生成AIが生み出す作品の質は、今後もよくなっていくだろうし、特定のジャンルの小説であれば、人間の作家を凌駕する可能性も出てくるだろう。それでも僕が「小説家の仕事が奪われる」とそこまで心配していないのは、そもそも「小説とはなにか」という点で人間のほうが有利だと考えているからだ。

たとえば僕たちが米を買う時と、絵を買う時になにが違うのかを考えてみたい。多くの場合、僕たちが米を買うのは米を食べたいからだ。僕たちは米という物質に対して代金を支払っている。一方で、絵を買う時に、僕たちはなにに対して代金を支払うのだろうか。絵を構成する物質 ――つまり額縁や絵の具に対して代金を支払っている、というわけではないように感じる。

人間にできて、AIにできないこと

ゴッホの絵を見て僕たちが感動するのは、もちろん彼の絵が魅力的だからなのだが、それだけが理由ではないはずだ。絵の背後に、僕たちはゴッホという作家自身のストーリーを重ね合わせている。神経質な彼の性格のことや、自らの耳を切り落としてしまった話などが、彼の大胆で繊細な色づかいにつながっているのかもしれない、などと考えながら作品を楽しんでいる。つまり、僕たちは絵の内容と同時に、その外側の物語も体験しているのだ。

これは絵に限った話ではなく、音楽や映画、小説についても同じだと思う。僕たち人間は、個々の作品の内容だけを綺麗に取り出して、単体で楽しむことができるほど純粋な鑑賞者にはなりきれない。作品と同時に、その作品を残した人物のことや、その作品が生まれた時代の背景のこと――もっというと、その作品と出合った時の自分自身のことや、その作品について友人と語り合ったことなども含め、総合的な体験として作品を楽しんでいる。

生成AIは作品を生成することならできるが、作品の外側の物語を生成することはできない。人間は日々頭を抱え、何度も失敗を重ねながら、AIからすれば非常に長い時間をかけてひとつの作品を生み出している。僕たちはその苦悩の過程や失敗の痕跡を含め、有限の寿命をもった人間が作品を残したことに感動し、その体験に対して代金を支払っているのではないか。

隙のない能力をもった生成AIの登場は、相対的に僕たち人間の弱さや愚かさの価値を上げてくれるかもしれない。手痛い失敗をしたり、大きなミスをしてしまったりした時は、「AIにはできない経験をした」と前向きに考えてみるのもいいだろう。僕たちが間違えるのは、僕たちが人間だからで、人間としての価値をAIが代替することはできないのだから。

■刊行記念サイン会開催決定!■

【日時】2026年4月26日(日)13:00開始

※参加グループにより集合時間が異なります

【場所】紀伊國屋書店新宿本店 9階イベントスペース

【参加費】「対象書籍付き参加チケット」1,850円(書籍代『斜め45度の処世術』1,650円+販売手数料)

【申込方法・詳細についてはこちら】

紀伊國屋書店ホームページ:https://store.kinokuniya.co.jp/event/1774786023/

※申込は4月7日(火)正午開始

※ウェブのみの受付。店頭や電話ではいっさい承ることができません

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