低迷する朝ドラ『風、薫る』、人気アーティストの主題歌に「既視感」のワケ…“一人勝ち”が引き起こした皮肉な現状
見上愛、上坂樹里のダブル主演で話題のNHKの朝ドラ『風、薫る』。文明開化の明治時代に、当時はまだ馴染みのなかったナースとして生きる女性の奮闘ぶりを描いています。
そんなヒロインたちの背中を押す主題歌が、Mrs. GREEN APPLEが歌う「風と町」です。<私は奇跡の愛で生まれて思い返す 大切な日々を 風はただ知っている>、<風が唄う この町で私は確かな強さを学んで>といったポジティブな歌詞と、優しさと壮大さをあわせもったフォーク風のメロディも、主演の二人のイメージにぴったり。
近ごろ流行りの“ドラマに寄り添う主題歌”の最適解だと言えるでしょう。
◆でも、どっかで見たことあるような…
しかし、このハマりすぎていることで、逆に印象が薄くなっていると感じました。なぜなら、『風、薫る』のオープニングは、ほとんどプロモーションビデオやCMだからです。
木々の緑の映像とアコースティックギターを基調としたフォークソング。歌うのは大森元貴。あれ、どっかで見たことあるような……。そう、キリンビールの淡麗グリーンラベルです。あのCMのメインキャラクターは多部未華子。
ここから、『風、薫る』と淡麗グリーンラベルに共通する、緑、フォークソング、女優、大森元貴という方程式があることがわかります。ドラマとCMというフォーマットが違うだけで、表現には大差がないのです。
つまり、「風と町」は、『風、薫る』のための特別な楽曲というよりも、Mrs. GREEN APPLEの活動の一環という色合いが濃くなっているのです。
◆“一人勝ち”が引き起こした皮肉な現状
もっとも、これこそミセスが一人勝ちしている理由であるとも言えます。ドラマ、映画、CMと、あらゆるメディアを飲み込んで、“ミセス”印を刻んでいくアーティストパワーは群を抜いています。その中で一定のクオリティを担保して、感動を供給していく。その媒介として、目下彼らの右に出る存在はいません。
ただし、彼らのように短期間で安定的に納品するシステムは、頻度が高ければ高いほどインフレを起こします。飽きられるのが早いのです。
ファンは彼らが短いスパンで新曲をリリースするほど喜ぶでしょう。しかし、それ以外の人たちにとっては、なんとなく心地よいミセスの音楽が、次第に当たり前の日常になる。刺激であったはずのものが、いつの間にか空気になってしまうのです。
皮肉なことに、彼らがクオリティを満たすごとに価値が薄まっていく。なぜなら、価値とは、常にそこにあることではなく、むしろいないことによる欠乏によって高められるからです。
◆日本のエンタメの「ミセス依存」
そう考えると、毎日ニュースで見ない日がないミセスがやっていることはその真逆です。「風と町」も、その“良質な繰り返し”を超えるものではありませんでした。
同時に、いまの日本のエンタメがいかにミセスに依存しているか、一極集中に陥っているかを示している一例だとも言えます。
ミセスそのものがどうこうというよりも、視聴者が好む作風や表現がビッグデータ的に“ミセス的”なものに収斂されていく。
ミセス無双は、そんな世知辛い世相を映し出しているのかもしれません。
それこそが、朝ドラにビールのCMが憑依した『風、薫る』が放つ、いつものあの匂いなのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
