死者が生きたまま埋葬される可能性はあるのか?「髪や髭が伸びていた」「棺の中で姿勢を変えていた」法医学医の見解は…
ベルギーを代表する法医学医のフィリップ・ボクソさんは、これまで6000体を超える検案、4000体以上の司法解剖を執刀してきました。そのなかには<一見すると不可解な死>もあるそうで……。そこで今回は、フィリップさんの著書『死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』から一部を抜粋し、実際に起きたミステリアスな事件をご紹介します。
【書影】1万体以上を検死・解剖してきた法医学医が、実際に起きたミステリアスな事件を解き明かす。著:フィリップ・ボクソ、訳:神田順子『死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』
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美しい死
「もしもし、先生ですか? 女性の死体を調べてもらいたいのですが。ご覧になれば分かると思いますが、これは特殊なケースです」
電話をかけてきた検事補は動揺して気もそぞろだった。なぜ「特殊」なのかを私に説明する余裕もなかったようだ。
現場に着いた私は、死者の住まいの玄関に黒幕がすでに取りつけられていることに驚きを覚えた。この地方では葬儀社の手際がよいのだな、と感心していると、1人の警察官がやって来て事情を説明してくれた。信じられない話であり、実際に立ち会わなかったら私だって本当の話だとは思えなかっただろう。
リュセットは85歳で自然死を遂げた。「美しい死[大往生を指すフランス語表現]」だったそうだ(なお、この表現を聞くたびに私は苦笑する。美しい死というものがあるとは思えないからだ)。主治医が死亡を確認し、死亡診断書を作成した。遺族が呼んだ葬儀社が遺体に湯灌をほどこし、服を着せ、棺に納めた。そして棺は、自宅に設置された安置台の上に置かれた。
死んだ私に、会いに来てくれたの
その日のうちに弔問客が訪れ始めた。隣人であり、小学生のころからずっと仲がよかった友人のジャニーヌも、親友にお別れを告げるためにやって来た。そして、ジャニーヌが棺の前に立ったとき、突如として棺の中からリュセットが起き上がって「あら、ジャニーヌ、会いに来てくれてありがとう」と言った! なんと、驚愕したジャニーヌは心臓発作を起こして、その場に崩れ落ちて亡くなってしまった。
リュセットは長時間にわたるカタプレキシー[筋力が抜ける発作]を起こしていたのだが、主治医も葬儀社の職員も死んだものだと思い込み、疑いもしなかったのだ。
カタプレキシーは今でも一部の人に見られるもので、生きたまま葬られるのでは、という恐怖と結びついている。この恐怖はヴィクトリア時代(1837〜1901)のイギリスで頂点を極めた。
この恐怖を払拭するため(本音を言うと利益追求のため)、一部の棺メーカーは想像力を発揮し、内側から開けることができる棺や、小さな鐘を鳴らすための紐を内側に備えた棺を商品開発している。
棺の中から聞こえた「死者のジョーク」
生きたまま埋葬される可能性に言及する話はごまんとある。

(写真提供:Photo AC)
何らかの事情で死者を掘り起こしたところ、
・髪や髭が伸びていた
・死者が棺の中で姿勢を変えていた
・棺の蓋の内側に、爪で引っ掻いたような跡があった
などの話は誰もが耳にしたことがあるだろう。
これら全部が嘘ではない。例えば、人が亡くなっても、すべての細胞が同時に死ぬわけではなく、髪や髭をつくる皮膚細胞は活動を継続するので、人が死んだ後も髪や髭は数ミリ伸びる。頭を剃っていない限り髪の毛の伸びは目立たないが、髭をたくわえていない男性の場合、死後に髭が数ミリ伸びれば気づかれる。
死者が棺の中で姿勢を変えたとしたら驚きであるが、これも説明が可能だ。運搬時の揺れを主な理由として、埋葬時の死体の姿勢が棺を閉じる前とは違っていてもおかしくない。私は若いころ、コワント教区でミサの侍者を務めていた。地下の納骨堂に埋葬する場合、狭い入口を通すために棺を横に傾けることがあったのを覚えている。
ただし、棺の内側の引っ掻き傷は一度もお目にかかったことがない。
これは都市伝説だろう。
そうは言っても、仮死状態で埋葬された者が墓場から出てきたら……と恐れる読者は安心していただきたい。生きたまま葬られた人間は15分以上、生き延びることはない。我々の体が生き延びるためには酸素が不可欠だからだ。地表から少なくとも1メートル半の深さに埋葬された棺の中では、空気は循環しないし、換気も不可能だ。体が酸素を消費するにつれて血中の二酸化炭素濃度は上昇し、やがて人は意識を失い、心停止によって死が訪れる。墓穴から脱出して、葬儀に来てくれた人々に一言でも礼を述べようと思っても、時間切れになることは確実だ。
死が私たちに微笑みかける前に
時は2019年10月12日。場所はアイルランドの小さな墓地。シェイ・ブラッドレイという人物の埋葬が執り行なわれていた。寒いが、太陽は燦燦と照っている。
棺が墓穴に降ろされたところで、「お〜い、お〜い、お〜い、出してくれ!」とシェイが叫ぶのが聞こえた。
会葬者たちは一瞬戸惑ったが、笑い出した。
冗談好きだったシェイは、長患いで死を覚悟したときにこれを録音し、葬式で流すように家族に頼んでいたのだ。「Shay Bradley」でネット検索すれば、シェイの埋葬の様子を映した動画を見ることができる。
死が私たちに微笑みかける前に、こちらから死に微笑みかけるべきだ。だがシェイは、それ以上のパフォーマンスをやってのけた。
死後に自分の死を笑い飛ばしたのだから!
※本稿は、『死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
