じつは「病気の子ども」はこんなにいる…3歳までに「見えないように治療される」小児外科の衝撃の現実

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今、小児医療の現場が危機的状況にあるという。小児科、とりわけ小児外科の医師が減っているというのだ。出生率が低下している現在、今ある命を失わないためにも小児医療は重要なポジションにある。そんな小児外科の知られざる現場にスポットを当てたのが、医療小説『朝日のあたる病院』だ。

多くの取材を踏まえて生まれたこの小説からは、幼い命を救う医師たちの熱い思いが伝わってくる。小児外科医はどのように日々治療に取り組んでいるのか? 子どもを持つ親が知っておきたいことは? 「取材を通して多くの気づきがあった」という、著者の本城雅人氏に伺った。

熱い想いで医療に取り組む小児外科医を描きたい

〈『朝日のあたる病院』あらすじ

私立の青藍医科大学の小児科が入っている煉瓦造りの旧館は、東側に建つ本館と新館の陰になっている。このほの暗い旧館を、小児外科教授の外木場(そとこば)誠二は「朝日のあたる病院」と呼ぶ。毒舌と完璧主義で知られる外木場は、「朝日は、子どもの未来を照らす」という信念のもと、幼い命を救うために祈りのような執念をもって治療にあたっている。とりわけ若い専攻医を厳しく指導するのは、過去のつらい出来事によるものだった――〉

――本城さんは、これまでスポーツ小説や推理小説を多く書かれています。今回、小児医療をテーマにした小説を書こうと思われたのはなぜですか。

本城雅人さん(以下、本城):以前、胃カメラ検査を受けた時に、大学病院の消化器外科の元准教授の医師にいろいろ話を伺いました。診察のたびに質問していると、他の医師も紹介してくれるようになり、そのなかに小児外科医が数人いたのです。

紹介された小児外科医に連絡すると、「大晦日なら時間が取れる」と言うのです。快諾して、大晦日の夕方6時くらいから深夜2時くらいまで、深夜営業しているお店で、熱く語り続ける先生の話に耳を傾けながら一緒に年を越しました。

続いて、元旦の夜には別の外科医に会って話を聞きました。

翌2日、大晦日に会った医師から電話があり、「話の続きをしますので、よかったらうちに来ませんか」とお招きされたのです。おそらく、僕が先生の話を理解不能な顔をしていたのが気になったのでしょう。お言葉に甘えて、1月4日にご自宅にお邪魔して話を伺いました。

――初対面なのに、年末年始休みに医師が会ってくれるのですか? 驚きです。

本城:まず2人の医師に話を聞いて考えをまとめてから、執筆を始めました。でも、書き進めるにつれてどんどん疑問が生じてきて、他の小児外科医たちにも連絡を取って話を聞きました。みなさん会ってくれるのは日曜日か祝日。おそらく「平日は急患などで時間が読めず、会う約束を守れないかもしれない。それなら休日に」と配慮してくれたのでしょう。

大晦日の医師にも、その後も何度も話を聞きました。5月5日の祝日にも、昼間にオペをこなしてから、夜は僕と会ってくれたのです。

僕にとって、医療の世界は謎だらけ。なかでも、まったく知らないのが小児外科の世界でした。「たった2000gくらいの赤ちゃんをどうやって手術するんだろう?」など、つぎつぎと疑問が湧いてくる。

医師たちにとってはごく当たり前のことまで、僕は質問攻めにしました。それに答えてくれる医師たちは、みんなとても熱く語ってくれる。小児医療に取り組む熱量は半端ないものでした。

「私たちは、子どもの命を預かっているのだから」と――。それを聞いて、僕は「この世界を小説にしたい」と思ったのです。

今ある子どもの命を減らさないために

――大人と違って、子どもは自分が病気であることを伝えられませんよね。

本城:そうなんです。小児外科の難しさは、まず「子どもの病気に、親やまわりの人たちが早く気づいて病院に連れて行けるか」にかかっていることです。「具合が悪いようだが、まあ大丈夫だろう」と放置していたために、手遅れや治療が困難になってしまう子がたくさんいます。子どもの病気を発見してくれる人に出会えるかどうか。まずはそこからがスタートです。

――『朝日のあたる病院』の中にも、病気の子を紹介してきたクリニックに、大学病院の医師が「このような症例の子を紹介してくださってありがとう」と感謝の手紙を送るシーンがあります。両親をはじめ、幼稚園や保育園の主治医、近所のクリニックなどが大事な存在ですね。

──私の長女は生まれつき内臓に疾患があり、1歳になるのを待って大学病院の小児外科で手術を受けました。入院していた小児病棟には小児がんや生まれつき奇形の子などがいて、たくさん病気の子どもがいることに驚きました。おおむね幼稚園や保育園に入る3歳ごろまでに、病院で目立たないように治療してしまうのですよね。

本城:そうです。そのため、実は病気の子がたくさんいることを多くの人たちは知らないのです。僕は今回の取材を通して、病気の子どもたちを人知れず治療している医師がいることに、もっとも衝撃を受けました。小児外科医は、なんて過酷な仕事なのだろう、と。

――外木場医師が、「治せず帰らぬ人となった患者の方が記憶に残っている。もっと勉強していれば違う結果になったかもしれない」と言うシーンがあります。

本城:今、少子高齢化で子どもが減っています。社会環境が変わり、昔のように多くの女性が20歳前に結婚して、子どもを何人も産むなどということはもうありえません。

この状況の中で、せっかく生まれた子どもたちの命を減らさないようにする。病気の子どもの命を救って、元気に育てていく。それを担っているのが小児科であって、外科的アプローチを任されているのが小児外科です。これは国の政策として取り組んでもいいくらいの仕事ですよ。

――ほんとうにそうですね。

…つづく『「まっすぐ勃たない」で苦しむ子ども…成功した手術後にも問われる「小児外科医の判断」という重圧』では、手術時には見えない「子どもの未来」を考え抜いてオペにあたる小児科医の現実に、作家の本城雅人氏が迫ります。

【つづきを読む】「まっすぐ勃たない」で苦しむ子ども…成功した手術後にも問われる「小児外科医の判断」という重圧