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2024年10月26日23時前、千明(ちぎら)博行被告(当時49歳)は一人で東京・新橋のガールズバー「H」に来店した。それから約7時間、ほとんどAさん(当時18歳)とだけ話していたという。

ガールズバーは、女性バーテンダーとカウンター越しの接客が基本だ。客の隣に座って接客するキャバクラなどと違い、風俗営業の許可が必要なく、深夜営業もできる。このお店も24時間営業だった。

5時40分頃、千明被告は突然カウンターを乗り越える。Aさんに馬乗りになって、持参したナイフ(刃渡り9.1㎝)で何度も刺した。殺人と銃砲刀剣類所持等取締法違反で現行犯逮捕された。

その凶行は凄まじいものだった。Aさんの傷は36か所に及び、顔面に5か所の傷、首の傷は深さ6センチで頸椎(けいつい)の完全骨折も認められるほど。病院に運ばれたAさんは、約1時間後に出血性ショックで死亡が確認された。

千明被告は、それほどの殺意をなぜ抱いたのだろうか――。

二人は出会い系アプリで知り合った。当初はガールズバーに勤めていたことは知らなかったという。現金を渡して6回ほど会ったが、Aさんから「外では会いたくない」と言われて、連絡できなくなった。千明被告はガールズバーに通うようになった。

ガールズバーには5回ほど来店して、計130万円を超える代金を支払った。店長とAさんが1本25万円のシャンパンを勝手に注文したり、代金を水増ししたこともあったという。

千明被告は、犯行の理由を供述した。「外で会いたくないと言われ、カネばかり取られた」「連絡を絶たれたことに納得できなかった」「カモにされたのが許せなかった」と。

犯行前に携帯を解約し、母親に謝罪の手紙

事実関係に争いがなく、裁判の争点は量刑になった。検察官は強い殺意に基づく犯行だと主張した。

「死という回復することのできない重い結果。事件前日、ナイフの柄を滑りにくくするために、自宅で布テープを巻いた。ジャケットの中に隠し持っていたナイフで、いきなり多数回刺した。犯行前に携帯を解約し、自動車登録を抹消して、母親に現金や通帳を渡した。『最高の親不孝を許してください』と、親を看取れないことを謝罪する手紙を書いた。重大な犯罪を決意した証拠」と。

検察官の求刑は懲役20年。

「被害者の身体的苦痛や恐怖、18歳で命を奪われた無念さは計り知れない。被害者は現金を受け取っていて、高額なシャンパンをねだるなどの行為もあったが、被告人が嫌であれば店に行かなければいいだけの話。

49歳の被告人が買春を持ちかけ、性交に向けて現金を支払った。大金を使ったのは違法な買春をするためで、身勝手極まりない目的。被害者から連絡を絶たれたのも自業自得。犯行は計画的で強い非難に値し、殺人を正当化する理由はない。示談や賠償金の申し出すらない」

被害者代理弁護人も厳しい言葉で被告人を糾弾した。

「被告人には反省が見られない。被害者はとてつもない恐怖心を抱いたまま、この世を去った。その無念さはあまりある。被告人は形式的な反省の弁を述べているだけ。被害弁償の話を弁護士から聞いていないといい、言葉の意味が分からないとも。遺族の処罰感情や精神的苦痛にも鑑み、最大限に重い刑罰を望みます」

一方、千明被告の弁護人は懲役10年が相当と主張した。

「2人はディズニーランドやディズニーシーにも行き、ラブホテルで性行為も。被告人はAさんに恋愛感情を持っていて、関係がなくなるのは辛いと思った。正式な恋愛ができるかもと思っていた。被害者からは『また会いたいと思っている』『結婚したら尻に敷かれるよ』とのメールも。もともとは買春目的だったが、Aさんの言葉や態度は交際の進展を期待させるものだった。

Aさんにとって被告人は、店の客でありお金をくれる人だという認識だった。被害者にも一定の落ち度があったのではないか。犯行は決して許されるものではないが、感情的な犯行。自らの行為を後悔している。裏切られたことで許せないという気持ちになった」

「許して欲しいと思ってはいけないですか?」

2025年9月17日。東京地裁で下された判決は懲役19年。

裁判長は「マッチングアプリで知り合い、高額な飲食費と現金を渡していた。被害者は性交を求めるなら、他の女性のところに行った方がいいと拒絶した。被害者にも一定の落ち度があったかもしれないが、まだ18歳で未熟。店から促されていた可能性もある。

被告人は30歳以上年上で、分別のある大人。当日7時間お店に滞在するなど、犯行は衝動的なものではない。強い殺意があった。前科ナシ。被害弁償も試みていない。反省がない」と。

千明被告は控訴した。控訴理由は「量刑不当。懲役19年は重い」と。

東京地裁での判決後、双方の弁護士が話し合い、被告人側と被害者遺族とで文書を交わした。その合意書の賠償金額は5019万円。千明被告は親戚の人から借りて、一部の500万円を支払っていた。

控訴審第1回公判。弁護士が「合意書には『許す』という文言がないが」と被告人に質問した。

「(被害者遺族に)許していただけなかった。やはり私のしたことがあまりにひどいことだったので。反省文は受け取ってもらえませんでした」と。

検察官が千明被告に質問する。

「弁護士同士の話し合いで、合意書に『宥恕(ゆうじょ・許すという意味)』という言葉を入れてほしいと。なぜ繰り返して、その言葉を求めたのですか?」

千明被告の無言が続く。

「質問の意味は分かりますか?」
「(小さい声で)はい」
「謝罪するからには、許して欲しいという話ですか?」

千明被告はぼそぼそと何か答えたが、聞き取れない。裁判長からも「よく聞こえません」と。

千明被告は「質問の趣旨が良く分からないのですが」と答えてから、次の言葉が出ない。しばらく黙っていたが、ほとんど聞こえないほどの小さな声で「許して欲しいと思ってはいけないですか?」と。

確かに被害者側の処罰感情は被告人の量刑に影響する。しかし、千明被告の犯した犯罪は殺人だ――。

2026年3月11日、東京高裁で控訴審の判決が下された。「原判決を破棄する、懲役18年に処する」と。地裁判決の懲役19年を18年に減刑した。

裁判長は判決理由を説明した。

「店長と共謀して、高額なシャンパンを注文させ、代金を水増しして、5回の訪問で130万円を超える金銭を支払わせた。ただ殺害に至るまでには、依然として大きな飛躍がある。しかし被害者遺族との間に5019万円の支払い義務があるとして、すでに500万円を支払っている。一部にとどまっているが、少額とはいえない。刑期がやや重すぎる」

被告人は顔を少し左に傾けたまま、まったく動かさず、裁判長の判決を聞いていた――。

文/青山泰 内外タイムス