スマホやAIとうまく付き合うにはどうしたらいいのか。便利なはずのテクノロジーに、いつの間にか振り回されていると感じる人も少なくない。ソニーグループのエンジニア・礒津政明さんは、だからこそ「役に立たないことを愛してほしい」と語る。著書『父が娘と語り尽くす 深く、わかりやすく、とんでもなく熱い テクノロジー全史』(実務教育出版)より、女子高生の娘との対話形式でその真意を紹介する――。
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■スマホに操られる私たち

――うわっ、気持ち悪っ!

どうしたの? 急にスマホを投げて。

――見てよこれ。さっき友達と「ハンバーガー食べたいね」って話してただけなのに、インスタにハンバーガー屋の広告が出てきたんだよ! 私の会話、誰かに盗聴されてるのかな? まるで私の心が読まれてるみたいだし、自分が「操り人形」になった気分……。

あー……あるあるだね(笑)。でもエナ、その「操り人形」という感覚は、決して間違いじゃない。じつは人類の歴史で見てもいま、すごく異常なことが起きているんだ。

――異常なこと?

「石器時代」を想像してごらん。石斧(せきふ)って武器があったけど、あれは人間が「振る」ものだよね?

――当たり前じゃん。石が勝手に「殴りに行こう」とか絶対言わないし。

そう。これまでの数千年の間、常に人間が「主」で、道具(テクノロジー)は「従」だったよね。「人間が命令し、道具が動く」。この関係は絶対だった。でも、いまはどうだろう。エナのスマホ、1日に何回「通知」が来る?

――えーっと、LINEかインスタとか……数え切れない。

その通知が来るたびに、エナはハッとして画面を見る。アプリを開く。返信する。これって、「スマホが命令して、人間が動いている」状態じゃないかな?

――言われてみれば! 私、スマホの呼び出し音にめっちゃ従ってる。

そうなんだ。生成AIの登場で、それは決定的になった。AIが提案(指示)して、人間がそれを実行する。有史以来初めて、「主と従の関係」が逆転し始めているんだよ。

■テクノロジーはすべてを資源化する

――うわぁ……。スマホに使われる人間かぁ。なんか情けないね。

いまから70年も前に、ある哲学者が「テクノロジーが進化すると、人間はただの『在庫』になる」と予言していた。それがここにつながるんだよね。

――人間が在庫? モノ扱いってこと?

その哲学者の名前は、マルティン・ハイデガー(注1)。20世紀を代表する知の巨人さ。彼はテクノロジーの本質を「ゲシュテル(総駆り立て体制)」(注2)という難しい言葉で表現したんだ。

――ゲシュテル? ドイツ語?

そう。「世界を『資源』として見る枠組み」のことさ。わかりやすく言うと、テクノロジーというメガネをかけると、世界のすべてが「役に立つか、立たないか」だけでしか見えなくなってしまう病気みたいなもの。

注1 マルティン・ハイデガー(1889ー1976)
20世紀ドイツの哲学者。主著『存在と時間』で知られる。後期の思想では、近代技術(テクノロジー)の本質を鋭く批判し、「技術は単なる道具ではなく、人間や自然を『利用可能な資源(用象)』として駆り立てるシステム(ゲシュテル)である」と論じた。AI社会となった現代において、その警告の重要性が再評価されている。

注2 ゲシュテル(Gestell)
ドイツ語で「架台」や「骨組み」などを意味する言葉だが、ハイデガー哲学では「集めること(Ge)」と「立てること(stellen)」を組み合わせ、「総駆り立て」や「集立」と訳される。自然や人間を、いつでも利用可能なエネルギーや資源として「徴発」し、管理・支配しようとするテクノロジーの本質的な動きを指す。

■人間は「データ資源」

――どういうこと?

例えば、エナは「森」を見てなにを思う?

――え? きれいだなーとか、トトロがいそうだなーとか?

それが「人間的な」見方。森はそこに存在するだけで神秘的で、美しい。でも、テクノロジー(産業)のメガネをかけたとたん、森は「木材資源・500トン」に変わる。「どれくらい紙が作れるか?」「いくらで売れるか?」という、効率的に消費するための「在庫」にしか見えなくなるんだ。

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――あー……。自然破壊って、そういうことか。

そう。川は「水力発電のエネルギー源」になり、山は「レアメタルの採掘場」になる。ここまではまだいい。「自然」が資源になるだけだからね。ハイデガーが本当に恐れたのは、そのレンズが「人間」に向けられることなんだ。

――人間に向けられると……どうなるの?

いまのエナの状況だよ。「エナ」という個性的な人間が消えて、「10代女性、東京在住、ハンバーガーの購買意欲あり」という「データ資源」として扱われるようになる。

■「効率化」「最適化」というテクノジーの罠

――うっ……。まさにさっきの広告の話じゃん。

企業やAIにとって、エナが泣こうが笑おうが関係ない。重要なのは「クリックしてくれるか」「課金してくれるか」という効率だけなんだ。これを会社では「人的資源(ヒューマン・リソース)」なんて言うけど、言葉通り、人間が「材料」や「燃料」になっちゃってるんだよ。

――なんかムカついてきた。私は電池じゃないし!

でもね、本当に怖いのはここからだ。最近の僕たちは、AIに支配されている感じでしょ。それがもし「自分から喜んで支配されに行っている」としたら?

――えっ?

エナは「タイパ(タイムパフォーマンス)」を気にするでしょ? 映画を倍速で見たり、要約サイトで読書感想文を書いたり。

――う……それは、効率よく宿題終わらせたいし……。

そう、それこそが「ゲシュテル」のワナなんだ。「効率」や「最適化」こそが正義だと思い込まされて、ムダな時間や回り道を許せなくなっている。その結果、人間自身が「高速処理できる機械」になろうと努力し始めてるってわけさ。

■恋愛や友情もデータ処理に変わる

――言われてみれば……YouTubeも最初の3秒で面白くないとすぐ飛ばしちゃうし、友達とのLINEもスタンプだけですませちゃう。ムダ話するのが面倒くさいとき、あるかも。

でしょ? 恋愛だってそうだよ。マッチングアプリを使えば、年齢や身長でフィルターをかけて、効率よく「理想の相手」を探せる。でもそこには、「偶然の出会い」とか「ダメな部分も含めて好きになる」という人間らしいドラマはない。あるのは「スペックの照合」というデータ処理だけなんだ。

写真=iStock.com/RyanKing999
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――うわぁ……。なんか、すごく冷たい世界だね。

もっと極端な未来の話をしようか。もしエナが親友と大ゲンカしたとする。気まずくて謝れないとき、AIが間に入ってくれたらどうする?

――間に入るって?

「いまこのタイミングで、この文章でLINEを送れば100%仲直りできます」って、AIが代筆して送信までやってくれるとしたら。

――えー……それは、ちょっと助かるかも(笑)。面倒なケンカがすぐ終わるなら。

だよね。でもそれだと「親友との関係」を築いているのはエナじゃなくて、AIのアルゴリズムってことにならない?

■これからの思考力は「選ぶ力」

――うっ。

最近の大学生のレポートもそう。いまはAIに下書きを書かせて、それを直して提出するのが当たり前になりつつある。

――それってカンニングじゃないの? ズルでしょ。

ここが難しいところでね。これからの時代は、それを「ズル」とは呼ばなくなるかもしれない。

――どういうこと?

「書く」ことにおいて、昔は「ゼロから文章を書く力」が思考力だった。でもこれからは、AIが出してきた複数の案から「どれが一番イケてるか」「どれが倫理的に正しいか」を判定して選ぶ力、つまり編集長のような能力(問いを立てる力・価値を判断する力・責任を引き受ける力)が、新しい思考力の定義になっていくんだ。

写真=iStock.com/Thai Liang Lim
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■やがてアルゴリズムに「選ばされる」

――ふーん……。「書く人」じゃなくて「選ぶ人」になるってこと?

簡単に言うと、そういうことだね。

でも気をつけないと、選んでいるつもりがいつの間にか「AIが選んだものにただハンコを押すだけの人」になっちゃう。それがさっき言った「人間がシステムの一部になる」ってことさ。

――私たち、便利になりすぎて、逆に自分たちを機械にしてたんだ……。

その通り。AIが人間に近づいているんじゃない。人間がAIに近づいているんだ。就職活動でも、最近はAIが履歴書を採点するくらい。「このキーワードが入っているから合格」とかね。そうなると学生たちはAIに気に入られるために、自分の個性を消して「検索されやすい人間」になろうと必死になる。

――それって、人間がシステムの一部になってるってことじゃん。ハイデガーの予言、的中しすぎてて怖い……。

じゃあ、どうすれば「人間」を取り戻せると思う?

■資源から人間に戻る方法

――えっ、スマホを捨てる? 森に帰る?

(笑)。テクノロジーを捨てる必要はない。大事なのは、「役に立たないことを愛する」ことさ。

――役に立たないことを愛する……?

効率的じゃないこと。ムダなこと。すぐお金にならないこと。例えば、目的もなく散歩するとか、下手くそな絵を描くとか、友達と何時間も中身のない話をして大笑いするとか。AIやテクノロジーは「ムダ」を嫌う。だからこそ、「ムダ」の中にしか、人間らしさは残らないんだ。

――そっか……。タイパを気にして倍速で映画を見るより、つまらない映画に怒って「金返せー!」って叫ぶ方が、人間らしい行動なんだね(笑)。

礒津政明『父が娘と語り尽くす 深く、わかりやすく、とんでもなく熱い テクノロジー全史』(実務教育出版)

その通り(笑)。意味のない時間こそが、人生を豊かにする。エナ、これからはAIのおすすめだけじゃなく、たまにはあえて「星1つ」の店に行ってみるとか、AIのアルゴリズムに逆らってみなよ。

――いいね! AIに「このユーザー、予測不能でコントロール不能」って思わせてやる!

よし、今日はハンバーガーのつもりだったけど、あえてAIが絶対すすめない「激辛パクチーラーメン」を食べに行ってくる!

すばらしい反骨精神! ……でも、パパもママもパクチー苦手だから、一人で行ってきてね(笑)。

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礒津 政明(いそづ・まさあき)
ソニーグループ Corporate Distinguished Engineer
1975年千葉県銚子市生まれ。東京工業大学大学院修了後、ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社。ソフトウェアエンジニアとして、ソフトウェア・ネットワーク・Web関連の研究開発に携わる。専門領域は、クラウドアーキテクチャ、Webアプリケーション。2012年ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)に異動し、新規事業創出に従事。教育分野における独自のビジネス構想を実現させるため2015年、ソニーグループ初の教育事業会社・(株)ソニー・グローバルエデュケーション(SGE)を設立、代表取締役社長に就任。2016年にロボット・プログラミング学習キット「KOOV®」でグッドデザイン賞金賞受賞(経済産業大臣賞)、2018年に「KOOV for Enterprise」の国内外展開により、日本e-Learning大賞(最優秀賞)受賞。2022年6月より会長。技術と思想面から、教育分野でのイノベーションを追求している。現在は、ソニーグループ株式会社においてDistinguished Engineer(ディスティングウィッシュトエンジニア・卓越した業績を認められたエンジニア)としてWeb3領域での事業活動に従事し、レイヤー2ブロックチェーンであるSoneiumや暗号資産交換所の開発をリードしている。また、(株)銚子電気鉄道において社外取締役も務める。著書に『2040 教育のミライ』(実務教育出版)、『5分で論理的思考力ドリル』(ソニー・グローバルエデュケーション著・学研)シリーズがある。
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(ソニーグループ Corporate Distinguished Engineer 礒津 政明)